6年前(やはり同じ火曜日だったのは皮肉か)、四機の民間航空機を15人がハイジャックした-二機は世界貿易センタービルに突っ込み、このビルは3000人の犠牲者と共に、最終的には炎に包まれて崩壊した。一機はペンタゴンを狙い、私の家族の友人が何名か亡くなった。もう一機は、93人の乗客が機体の操縦を守ろうとして、ペンシルバニア州の空き地に墜落した。数多くの人が1941年の真珠湾攻撃と比較するが、真珠湾攻撃によって多数の米国人が国境外で起きた事件に愕然としたという点で、911は米国史上、象徴的な事件だ。これをきっかけに、何年も続く戦争が始まり、外交政策が根本的に方向転換した。
しかし、この事件の米国側からの見解を読みとると、911以降の政策をめぐって大きくなった幾重にも重なる政争を考えると、これはもはやそれほど意味のあることではない(New Yorker in DC は、親切で前向きの言葉をかけてくれるが)。しかし、米国が最初に注意を向けた目的といえばアフガニスタンだが、前国防長官ドナルド・ラムズフェルドは「大成功」だと発言した。Nasim Fekratは、これが彼自身にとってどういう意味を持つものか、気持ちが動かされる投稿をしている。
もし911が起きていなかったら、今日のアフガニスタンは野蛮で残虐なタリバン政権下にあることだろう。国土の約9割をタリバンが支配していたのだから。今日、多くのアフガン人が、ツイン・タワーを攻撃し、炎に包まれていたこの国に注目を集めさせたオサマビン・ラディンに幸あれと言い、また、私たちの命を救い、民主主義、自由、治安の改善をもたらした米国に幸あれとも言う。私はNATO軍や国際連合軍がどのように任務を果たし、どれほど成功するのかについて書くつもりはない。911がアフガニスタンやアフガン人にとってどれほど意味があったのかについて語るつもりだ。ニューヨークのツイン・タワーやワシントン郊外にあるペンタゴンで、911によって何名が犠牲になったかということは私たちにとって重要ではない、重要なことは米国が私たちの命を救い、この国を解放したことなのだと言うアフガン人は多い。
この意味するところを理解しようと、Fahim Khairyは、タリバンによるテロに満ちていた一年という状況に911をあてはめてみる。
アフガニスタンにはもう一つ、テロリスト攻撃があった。それは、アフガン中部にあるバーミヤン渓谷の崖をくりぬいた中に作られた仏像を破壊したという事件。この仏像は6世紀に作られたもので、ガンダーラ美術の代表的様式を象徴する仏像だった。
モロッコ系ベルギー人だと主張するアラブ人2人が自爆し、反テロの第一の指導者であって、北部同盟を代表していたアフマド・シャー・マスードを暗殺した。その後、2人のパスポートは盗難されたもので、国籍もチュニジア人であったことがわかった。2人はマスードにインタビューを申し込み、その最中に、ビデオカメラかカメラマンのベルトに仕掛けた爆弾を爆発させた。マスードはソビエトとアルカイダ、タリバンと戦ってきた人物だ。彼は生涯、妻と4人の子どもと一緒に土の家に住んでいた。
アフマド・シャー・マスード-パンジシールの獅子。ソビエトをてこずらせた人物。タリバンに立ち向かった最後の男(もちろん、イスマイル・カーンを除いてだが)。僕は最近、彼の回想を書いたばかりだ。
実際のところ、北部同盟指導者、1980年代の米国に対する反感、1990年代初めのカブールで指揮した大虐殺、ファイザバード郊外で行なっていた大規模なアヘンの密売以上に、マスードの生涯は複雑だ。国のために何かをしたからということよりも、国民的英雄は殺害されるのだとしても、そういう英雄が待たれていたから、彼は聖人のようにあがめられた。とにかく、マスードは尊敬に値する。他のことはともかく、秀逸な戦闘能力や戦略というだけでも。
失礼な書き方があれば許して欲しいのだが、マスードは記念すべきだと思う(少なくとも、市民社会を醸成するのには役立つ)。しかし、アフガニスタンでは、物事は妖精やらユニコーンといったきれいな話ではない。ブログComment is Freeで、Conor Foleyはアフガン人の友人から聞いた悲惨な話を伝えている。
「状況は悪くなる一方だ」と、彼は言った。「反政府が国の半分を仕切っているし、欧米の支援がなかったらカルザイ政権は終わりだね。アフガン国軍や連合軍が昼間警備をしている地区のほとんどでは、夜間はタリバンが警備をしているんだよ。彼らはモスクや村の長老のところに行って、自分たちだけが能力のある軍だから、何か問題があったらこちらに来いというわけさ。」
「誰もがタリバンについて語るけれども、反乱はそれよりずっと大きな問題だ。ほとんどの地域で事件を起こしているのはグルブッディン・ヘクマティヤルのヒズビ・イスラムだ。彼らはタリバン以上に幅広い基盤と支援を得ている。地理的にも、民族的にもね。だから、北部と西部で攻撃が起こるわけだ。他の政治軍閥も、ヘクマティヤルは将来、同盟関係を結ぶ可能性があると考えている。ヘクマティヤルは国会が決めた恩赦法に守られている。この法律は、この国の軍閥指導者が犯した罪に問われることがないように彼らを守っているんだ。」
「イスラム協会は以前は政府を仕切っていたけど、今は反体制派だ。この組織はタリバンを負かした北部同盟の主流派で、カルザイ大統領が彼らを遠ざけているのはリスクが大きいね。同時に、この組織の戦闘員だった輩は、国際支援団体職員の誘拐といった事件の多くに関わっている。問題は、カルザイが独立した支援基盤を持っていないことと、彼自身の出身地が現在タリバンの勢力下にあるってことだ。」
軍閥やタリバンだけが事態を悪化させているわけではない。もっとも恥ずべきことは、学校を閉鎖し、国の将来をぶち壊していることだ。国際識字デーその日に。
9月9日の国際識字デーに、アフガニスタンの反政府勢力が行動を起こした南部の州では、治安悪化を理由に数百もの学校の閉鎖が続くのではなかろうかと懸念された。
「ヘルマンド州、カンダハール州、ザブール州、ウルズガン州の少なくとも300校が、治安悪化のため再開されないだろう」と、教育省副大臣Siddiq Patmanは話した。これに加え、反乱勢力によって180校が放火された。
教育省によると、国全体で600万人を超える学生が登録しており、そのうち38%が女性で、南部で登録しているのはそのうちの40%だという。南部では登録率は高いが、退学率も高いため、高等教育では生徒が少なくなる。また、9年生に進学するのはわずか4分の1だけだ。さらに、学童年齢の女児の半分以上は登録していない。
反乱にからんだ暴力やその他の問題などもあって、2006年は南部州にある350校が閉鎖された。
こうした全部が実にひどすぎる現実だ。しかし、911のそもそもの戦場においては、ささやかな勝利に出会わないというわけでもない。Abu Muqawamaは、欧米がゆっくりとではあるが着実に正しい方向に歩みつつあるという明るい話題を提供してくれている。この他にも、こうした話はあるに違いない。その上、運の悪いことに(よくあることだが、惜しいことに)ドナルド・ラムズフェルドが大言壮語をはいたものの、アフガニスタンでは各地で改善を垣間見ることもある。
悲しむべきかな、イラクが粉々になり続ける限り、米国にとってアフガニスタンは二の次の問題にすぎない。運が悪い。なぜなら、過激思想やテロリズムを巡る戦いの出発点はここであり、現在も、そして十中八九、今後も、この戦いは続くだろうから。
原文:Joshua Foust