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ナイジェリア:選挙後の暴動により数百人死亡

論争の的となった地方選挙が行われた11月28日金曜日、数百人が中央ナイジェリアのプラトー州ジョスで勃発した暴動により死亡したと伝えられている。


写真:市民ジャーナリズム・ポータル サハラ・レポーターズ(Sahara Reporters)より

ジョスの宣教師サラリン(Saralynn)は土曜日、暴動の状況を下記のように語った

私は今日、家を捨てて逃げた。

ディビッドは6時45分頃、私を起こしこの場に留まるのは危険だと言った。寝ている間にも騒音が聞こえていたし、銃撃が始まったことにも気付いた。騒音はどんどん広まっていた。昨日この地域で地方選挙が行われ、政府は治安維持のため軍隊を派遣した。しかし、それは昨日のことだった。(・・・)

両親の園芸屋兼運転手が8時45分頃やって来た(・・・)。彼は私たちに路上の若者たちのことや燃えていたタイヤのこと、兵士のこと、ナイフや大きな杖を持った人びとのことなどについて話した。

Naijablog のJeremy Weateは、ブロガーTalatu-Carmenが他の百人と一緒に家に閉じ込められている伝えた。彼はまた、ジョスの様子を取引先に知らせるためザマニの農民が送ってきた手紙も投稿した。

2人の配達人(運転手のAuduと配達助手のAdo)は、家が焼かれ全ての所持品を失った。私はこの日の午後、軍隊によって町から人々が避難させられた後、その町の付近に設置された難民キャンプのどこかにいる彼らの家族を探すためジョス中を運転してまわった。私たちはようやく彼らの家族を見つけ出し、私の家まで彼らを連れてきた。そのため現在、私たちの家には25人の難民がいる。 [..]

ジョスの中を行き来することは容易ではなく、いつ状況が平常に戻るかも分からない。私たちは今日、多くの道が閉鎖されジョスの一部では24時間外出禁止令が出されているため、(家から30キロ離れた)農場へ行くことが出来ない。幸いにも農場では全て正常であり、ジョス付近の田舎では今のところ暴動は起きていない。しかし、誰も農産物をジョスまで配達してこないため、玉ねぎやじゃが芋などの農産物を入手することが不可能になっている。店や市場、銀行などジョスの全てが閉鎖し、町は完全に活気を失っている。住民はみな家に閉じ込められている。

The Glory O Nigeria….!のブロガーAdeola Aderounmuは、「ナイジェリアでは、政治家はここ数年、政治と宗教を融合することに尽力してきた」、そしてナイジェリアの政治は「勝者独り占めゲーム」であると考えている。そのために、暴動による殺害の加害者に対する処罰が見過ごされるだろうと彼は考えている。

ナイジェリアのジョスでは、宗教色を帯びた選挙のため、おそらく何百もの人びとが死亡した。無知が武器となって無実の人びとを早死に追いやってきたということは想像できるだろう。凶悪な行為の加害者は決して追跡されない。彼らは決して責任を問われることはない。ナイジェリアでは、このような殺害が不道徳な政治家の協力によって当たり前のように起きている。加害者は特権的な保護や匿名性を利用しており、野放しにされて将来も同じような危害を繰り返す。これが宗教的暴動ないし宗教と絡んだ政治的暴動がナイジェリアで繰り返し起きている理由である。

一方でMy NigeriaNaija Punditは、今回の暴動が宗教に起因するとは考えていない。

国民民主党(PDP)と全ナイジェリア国民党(ANPP)は、原理主義的基盤を有するが、政党の政策や活動に関してはこのような宗教的色彩を基準とするのではなくむしろ除外している非宗教的政党である。

現在ジョスで起きていることは、政治による公民権の略奪に対するものであり、宗教に起因するものではない。

[…]

ナイジェリアの新聞は暴動は不正な選挙が行われた結果であると報道しているが、BBCはこのことを手玉に取り、キリスト教対ムスリム教の問題へと結びつけて、明らかに西側諸国では受けが良いが、宗教的関係を大きく後退させるような話に変えてしまうのだ。

[…]

西欧メディアが言っていることは・・・、私が思うに、今度イギリスで経済に対する不満がわきあがった時に、ナイジェリアのメディアはアングロ・サクソン系白人と大陸ないし島で以前に支配されていた人々との人種戦争だと報道すればいい・・・

MootboxのOsize Omoluabiは、「ナイジェリアで起きる紛争と同じように、関係するすべての陣営が紛争の性質について一致していないようだ」と指摘する。

政治的目的を達成しようとする一部の教父によって操られている悪党の一団によるものだと言う者いれば、この暴動は宗教的、民族的暴動だと言う者もいる。私は、10年前に一人の賢い老人が言った言葉を信じる。彼は、「ナイジェリアにおける派閥に関する暴力は、結局、全て経済に起因している。」と言った。

そして彼は次のように締め括っている。

ジョスでの騒乱が広まる中で、ジョスではキリスト教徒とムスリム教徒は隣り合って暮らしており、このような生活はそれぞれの宗教がこの地域に伝わった時からずっと続いていることを心に留めておくことは特に重要である。さらに興味深いことは、この騒乱が一度過ぎ去ると人びとの生活は普通に戻り、何もなかったかのように人びとはまた仕事と礼拝に従事するということである。

[…]特筆すべきことは、全ての政党が協力し、政府のための構造基盤を整え、地域社会を構築し、異なる宗教組織のために草の根レベルでのネットワークを構築することができたならばジョスの町は、今のような状態にはなっていなかっただろうということである。どうして皆が協力することができないのだろうか?皆に行き渡るだけの十分な資源はないのだから。

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