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ハイチ:「生まれて8日が経った」

1月21日掲載記事
この記事はハイチ地震(2010)の一部です。

大地震が発生して世界がハイチに注目し始めてから、8日が経った。未だに死亡者数の全容は明らかではなく、ポルトープランスとその周辺地域では救済活動は続いている。1月20日の早朝に起きた余震は人々を心配させたたが、新たな被害は比較的少なかった。ハイチ人の多くは、引き続き生活の建て直しに集中し、救済ワーカーは、各コミュニティに食糧・飲料水・医療品の調達に没頭している。

この地震がハイチの歴史において大きな略路であり、ある意味「再起動」でさえある、と感じた人もいた。Twitterで@yatalley(Yael Talleyrand)は以下のように言った:

私は、生まれてから8日経った。ハイチも今日で8日目だ。私たちは全員、8日目だ。全員、これから将来を築くのだ。

救済活動や情報共有について溜まっているフラストレーションをオンラインで発信している者もいる。@carelpedre(ラジオ・ジャーナリストのCarel Pedre氏)は、「5Wと1H」を問う:

一つ目のW:Who – ハイチにおける食糧・飲料水・医療品の分配は、誰が取り仕切っているのか?

二つ目のW:What – 政府は、人道支援で何をするのか?

三つ目のW:When – いつになったら、正しく援助が行き渡るようにしてくれるのか?

四つ目のW:Where – 私たちは、どこに行けば食糧と飲料水を手に入れることができるのか?

五つ目ののW:Why – なぜ8日たっても、大統領は国民に対して正式な発表をしていないのか?

そしてH:How – お腹が空き、喉が渇き、全てを失った今、どうして我々に我慢しろ、と言えるのだろうか?

そしてこう付け加えている:

大統領か首相に会うジャーナリストに、ぜひ次回彼らの会うときに訊いてもらいたい。.

@Jcastera (Jean-Marc Castera氏)も同様の意見を述べた。「誰かが指揮をとって、ここから進む方法を計画立ててくれたら良いよね」安定した生活が緊急でない者にとっても、懸念が広がっている。「とにかく終わって欲しい。もう限界だ。狂いそうだ。」と@yatalleyは言う。

公式の救援活動と平行して、多くの小さな組織がけが人やお腹を空かせた人びとを助けようと苦闘していた。ブログLivesay [Haiti] Weblogで慈善団体職員のTara Livesayは、仮設診療所の何人かの重傷患者を、飛行機で米海軍の病院船へ搬送するという、異例の(そして最終的には成功に終わった)試みについて書いている

突然、どこからともなくヘリコプターがやって来て、1~2回上空を旋回し、そして急降下した。ヘリは私の目の前に着陸した。2人の男らしい兵士が歩いてきて、4人連れて行けると言った。私たちは一番重傷の4人を選んだ。彼らは他の人も運ぶために、10分ほど戻ると話した。私たちはその時起きていたことが信じられなかった。彼らは、戻ってきた。 Simon Peleの人びとのために、病院船まで3往復。私には正義のように感じられた

もう一人の慈善団体職員でPwoje EspwaのMarc Boisvert牧師は、ポルトープランスの刑務所を訪れ、危機的状態を目の当たりにした

刑務所の三分の二は破壊されている。壁には外側まで穴が空いていて、屋根には、囚人が逃亡するのに使った穴がある。今すぐ必要なもの:食糧、衣類、応急処置、衛生用品。残っている囚人は、4つの監房に閉じ込められている。非人道的であり、嘆かわしい!

各独房には60から75人の囚人が、残酷にも閉じ込められている。と彼は後に付け加えている。Pwoje Espwaは、刑務所に、 食糧を届け、囚人が配給を手伝った。.

ポルトープランス南部に位置するジャクメルでは、慈善団体職員のGwen Mangine氏 —彼女の団体は、街の滑走路に届く物資を分配するために長時間働いている— は、活動のペースについて考えをめぐらせている。

これが継続可能であるとは思っていない。そのことは、全員分かっている。しかし、これは我々のコミュニティが迎えている危機であり、幸いなことに、神様が随所で手伝ってくださっているのだ。(資源分配のために)さまざまなシステムやプロセスを確立させるために、最初の二週間は、全員が全力で働いている。二週間ほど経ったら、シフト制を導入して、休日がとれるようになるだろう。終わりがないプロジェクトが始まったのだと認識している。

多くの地域で、緊急の援助が追いついていない。@troylivesay(ボルトープランスを拠点にしている慈善団体職員Troy Livesay)は、次の様に書いている:「私たちの行くすべての地域では、テント/ビニールシート/シーツの街ができていて、重傷人は何の治療も受けていない。」彼は、物資を取りにいくために山の中を運転してドミニカ共和国との国境まで行くと書いている。彼の妻Taraは後にLivesay [Haiti] Weblogで、次のように書いている

なぜだか分からないが、大きな組織は小さなNGOに手を貸さないので、自分たちで物資を調達したり、人の手を借りたりしてる。上の方で起きている政治的な動きで遅れが起きているのは明らかだ。これには落胆させるが、他の小さなNGOと協力して、大きな援助団体の冷遇を受けてもうまくやる方法を見つけている。ハイチでは、「Degaje net」だ(Degajeはクレオールで「うまくやる」という意味の表現。netはクレオールで「かなり」の意味)。

ポルトープランスに戻ったTroy Livesayは、「こんなに静かな街に夜戻ってくるのは気味が悪かった」、そして「国連は米軍の活動を管理・制限している。夜に出ていかせない。海兵隊は怖がっていないと思うけど」とコメントしている。

@RAMhaiti(ミュージシャンでホテルオーナーのRichard Morse)は、援助政治に厳しいコメントをしている。

援助と援助の分配は政治だ。経験上、政治は終わることがない。どの家族が援助を受けている?

捜索救助活動は、アメリカ人が優先のようだ。

誤解しないでほしい。私は聞いたことを言っているだけ。Search & Rescueはまだここにいる。良い兆しだ。彼らと2回出かけた。

私は不満を言っているわけではない。何が起きているのか完全に理解したいから、質問をしている。質問することで、結果が向上する。

一方で、多くの国際メディアの報道では、市街での暴力が救援活動を阻害していると示唆している。HaitiAnalysis.comは、この考えに反論して英国のアナウンサーAndy Kershawの記事を投稿している

海外の記者団は、この安全上の脅威があるという想定をまったく疑うこともしないし、ハイチとハイチ人の性格についても知らない。特にテレビ記者は、瓦れきの映像というネタも使い果たして、「治安」だ、「混乱」だ、「暴力」だと盛んに報道している。入手できる証拠はそんなことは何も示唆していないのに。

@troylivesayも同様の意見を見地から伝えている:「私たちは暴力はほとんど目にしていない。暴力は孤立して限定された地域で起きている。ここでの暴力や犯罪は、アメリカの主要都市よりも少ない。

そしてカナダ人ジャーナリストNico Jolliet — 記事やクリエイティブ・コモンズのライセンスでビデオ映像をInside Disasterというウェブサイトに掲載しているグループのメンバー — は、ポルトープランスの丘の上にあるSte. Thereseのキャンプを訪れた。そこでは、家が壊れたり被害を受けた人びとが避難している。「ここには4000人ほどいる」と彼は書いている。

間に合わせにビニールシートやシーツで作ったテントの中は、耐えられない暑さだ。中で料理をしているとなおさらだ。

でも驚くのは、トイレやゴミ捨て場などは何もないのに、きれいに保たれているということだ。人びとはフレンドリーでやさしい。子どもたちが遊んでいて、女性たちはプラスチックのたらいで洗濯したり、残りの食べ物を石炭ストーブで料理したりしている。けが人には出きるだけの手当てをする。それでも、まだ彼らのところには支援は届いていない。私が見たのは、家から持ち出した本の少しの道具だけで仕事をしていたハイチ人医師一人だけだ。こんな災難に遭った後でも、彼らはしっかりと持ちこたえているようだ。

YouTubeに投稿されたかれのビデオレポートには、食糧が底をつきそうだと言いながらも陽気に家族は何とかなりそうだという気でいる女性とのインタビューが含まれている。
この記事はハイチ地震(2010)の一部です。

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