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いのち支える干潟の息吹

カテゴリー: 東アジア, イラン, ルーマニア, 日本, 市民メディア, 環境, 芸術・文化

じめじめとした湿地。退屈で一見不毛にも見える湿地。そんな見た目とは裏腹に、湿地 [1] は生物多様性に富み、水循環 [2] のバランスを保っている。 日本は、世界2,098 あるラムサール条約登録湿地のうち46 [3] [pdf] の登録湿地を有しており、その保全は必須である。

日本は、一般的に ラムサール条約 [4] の名で知られる「特に水鳥の生息地として国際的に重要な湿地に関する条約 [5]」に加入している。その日本に存在する貴重な湿地には、世界中から強い関心が寄せられている。

しかし日本国内において、貴重な生態系を土地開発や土壌汚染の脅威から守ろうとする保全活動は、草の根レベルで活動を続ける各地域の市民グループによって支えられているのである。

変わりゆく風景

Wajiro Tidal Flat, image from wikimedia commons, photo taken on 2009 (CC BY SA 3.0)

和白干潟 wikimedia commons, 撮影 2009 (CC BY SA 3.0)

福岡市の市民団体 和白干潟を守る会 [6] は、困難な状況に何度も直面しながらも、和白干潟の大切な 資源 [7] を守るために20年以上にわたる活動を続けている。

いくつかの渡りのルートが交差する北部九州に位置し、渡り鳥の重要な中継地・越冬地ともなっている 和白干潟 [8] は、博多湾の東奥部にあり、日本海側では最大規模の干潟である。

干潟を静かにかくまってきた博多湾が急激にその姿を変え始めたのは1994年頃。バブル崩壊による国内情勢の急変を顧みず、行政は博多湾開発を優先した。そして、市民からの環境アセスメントへの疑問は解消されないまま、埋め立て式の 人工島 [9] が着工されたのだ。

建設工事によって 潮流 [10] が変化し水循環が悪化、アオサ [11]腐敗による干潟の部分的ヘドロ化など、以前より懸念されていた問題が生じている。

和白干潟は、2004年に 環境省ラムサール条約登録候補地 [12] に選ばれながら、いまだ認定を受けるに至っていない。ラムサール条約登録湿地に選ばれるためには、地元自治体の積極的な働きかけが必要となる。

'Wajiro Tidal Flat at Sunset' KIRIE-Cutting Paper Art by Hiroko Kusuda used with permission

「和白干潟暮色」 きりえ画 くすだひろこ 掲載許可済

 

1988年に「和白干潟を守る会」を発足させた、きりえ画家くすだひろこは、干潟が有する 実質的な意義と詩的要素 [13] について九州大学広報誌Radixにこう寄稿している。

波静かな和白干潟は,子供たちを水で遊ばせ,人々を恵みの海産物でうるおします。四季を通じて魚貝類,エビやタコ,のり等の食物で人々の命を救い,干潟や浅海域の生物たちの営みで海水を浄化してきました。稚魚や稚貝を育て,和白干潟は生き物たちの命のゆりかごだったのです。
私の命一心も体もこの和白干潟を通して育まれました。自然の美しさや雄大さ,そして厳しさは,感性を豊かにします。和白干潟の自然とのかかわりは,私を創作活動へと導いていきました。大人になった今も,和白干潟は心の安らぎを与えてくれます。

 

'Spring in Wajiro Tidal Flat' KIRIE-Cutting Paper Art by Hirorko Kusuda used with permission

「和白干潟の春」 きりえ画 くすだひろこ 掲載許可済

和白干潟を守る会は、行政機関に対して働きかけを行う一方で、地道な環境保護への取り組みを通じて住民参加型の地域活動も盛り上げてきた。「和白干潟のクリーン作戦と自然観察 [14]」などの定期的なクリーンアップ活動や水質調査・砂質調査を毎月行っており、年に一度開催される「和白干潟まつり」は20年以上も続いている。
地元小学生を招いての干潟観察会も定着し、地域との絆を深めている。守る会メンバーのE.I.は、観察会で干潟と触れ合う子供たちの 様子 [15] をこう書いている。

今日観察した鳥や、植物、貝殻、海藻の紹介の後、子どもたちから拾った鳥の羽の種類の質問や、アシ原になぜカニの巣穴があるの? などの質問が出されました。拾ったピンクや黄色の小さな貝殻は名前がわからないものもあり、守る会の宿題になりましたが、後で調べたら「ユウシオガイ」というそうです。和白小学校4年生の子どもたちの和白干潟での観察会はこれで終わりですが、2月末には学校で1年間の観察会の発表会があります。私たち守る会も毎年学校に出かけ、発表を楽しみにしています。

自然保護活動の盛衰

1991年に発足した 日本湿地ネットワーク [16](JAWAN)は、国際的な湿地保護運動を支援し、ラムサール条約の推進や、湿地・干潟の保護や回復のために活動する市民団体を結ぶネットワーク組織である。全国加盟団体が活動状況や報告を行う、情報交換の場を提供している。

2011年、ラムサール条約は40周年の節目を迎えた。COP11 をひかえた2012年3月、JAWAN アドバイザーである小林聡史氏は、これまでの歩みを 振り返り [17]「ラムサール条約COP11の年を迎えて」と題したJAWAN レポートの中でこう綴っている。

これまで比較的長い間、日本人は高度な技術を制御し、自然を制御しようとしてきた。そしてそれらは制御できるものと思い込んできた。しかしながら、2011年、その思い込みは逆襲される。技術は時に制御できずに悲劇を生むことがあり、自然もまた制御できない側面を持っていることを思い知らされた。
ここで日本人が踏みとどまり、エネルギー政策、国土計画、公共事業の在り方を軌道修正していくことが出来れば、そして世界にモデルを示すことが出来れば、日本人は行動によって世界を変えていくことが出来るのではないか。

2012年7月、日本湿地ネットワーク(JAWAN)のメンバーは、ル-マニア・ブカレストで開かれた ラムサール条約第11回締約国会議 [18] [en] (COP11) に参加した。参加者の一人である小林氏は 会議の様子 [19] をJAWAN レポートに報告している。

会議の運用規則等事務的な手続きが進む中、午前中の最後には条約の科学技術検討委員会(STRP)の議長ヘザー女史からの報告がありました。前回COP10に末娘8歳を連れて参加していたということで、最初にCOP10会議場の前で撮影された娘さんの写真を出しました。おかあさんはどんな業務に関わっているのか知ってもらおうと、会議の最後の方で数時間だけ、末娘に会場後ろの方で聴いていてもらったんだそうです。そして、韓国からの帰りの飛行機で会議はどうだったと尋ねると、「湿地保全の大事さは何となくわかったんだけど、私が大人になったらほとんど湿地が残されていないんじゃないかと心配になっちゃった」と娘さんが言ったんだそうです。「なんだか湿地の保全というのは、あまりにもゆっくりとしか進まなさそうな調子だったし…」と続けられて、COP10が実り多い会議だったと思っていたヘザーさんは、言い返すことができなかったんだそうだ。子供恐るべしですね。

日本湿地ネットワーク(JAWAN)は、毎年春に 「干潟・湿地を守る日」 [20] キャンペーンを実施している。全国の各市民団体が「干潟・湿地を守る日」の名称で自由に自然観察会、シンポジウム、写真展、絵画展、コンサート、映画上演などのイベントを各地で行い、湿地保全への社会意識を高めようというキャンペーンだ。現在参加団体を 募集 [21] している。

記事制作協力 Mari Wakimoto [22], Keiko Tanaka [23]