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「はだしのゲン」書架に残る

原爆投下の朝8:15で止まった時計。

原爆投下の朝8:15で止まった時計。広島平和記念資料館にて、flickerユーザーFidel Ramos撮影 (CC BY-NC-SA 2.0)

被爆した少年ゲンの成長を描いたマンガが、松江市内の小中学校の図書館で閲覧が制限された問題をきっかけに、原爆投下から68年目のこの夏、熱い注目を浴びることになった。

マンガ「はだしのゲン」

はだしのゲン」は1973年から1985年まで連載されたマンガで、作者中沢啓治自らの被爆体験が元になっている。小中学校では通常、娯楽的マンガは学習を阻害するものと考えられ、学校図書館にもほとんど置かれないことが多い。しかし原爆の残虐さ・平和の大切さを伝えるこのマンガは例外であり、80年代から現在に至るまで、小中学校の図書館に置かれた数少ないマンガとして、抜群の知名度を誇ってきた。 戦争を知らない世代の子どもたちは、堂々と読めるマンガを手にとり、その内容に驚愕することになった。

マンガを読む子どもたち

マンガを読む子どもたち、広島市まんが図書館にて。flickerユーザーRyan Latta撮影 (CC BY-ND 2.0)

そこに描かれるのはこんな情景だ。 1945年8月6日の朝、2年生のゲン一家の住む広島の街は一転する。火の迫る瓦礫の下で「あんちゃん、逃げるのか、ずるいぞ!あついよー」と泣き叫ぶ幼い弟。燃える家族を救いだせず半狂乱のあまり笑いだす身重の母。ぼろ布のように熔けた皮膚をまとい水を求めてさまよう大勢の人々。なんとか生き延びた後もゲンたちを襲う、深刻な食糧難、すさまじい被爆者差別、孤児を食い物にするヤクザ、原爆後遺症。視覚的な衝撃もさることながら、苦労してやっと手に入れたミルクが間に合わず、死体となった赤ん坊の妹の口に流し込みこぼれ出すシーンなど、想像を絶するエピソードの衝撃も大きい。作者はこれでも読者を考慮して「かなり抑えて描いた」と言っている。 しかし、このマンガの描写の生々しさに、トラウマになった、うなされたという声は多い。

閲覧制限の要請の経緯

昨年12月から、松江市の教育委員会が市内の小中学校に、教師の許可なく自由に閲覧できない閉架措置を求め、全校が応じていたことが発覚、8月16日各紙で報道された。松江市には、全国から2,200件以上の抗議や意見が寄せられ、教職員組合などからも、制限の撤回を求める申し入れが相次いだ。

事の起こりは2012年8月、ある市民活動家の男性が「間違った歴史認識を植え付ける」として学校図書室から撤去を求める陳情を市議会に出したことである。12月、陳情は却下されたが、市教委があらためて「描写が過激」であることを問題視し校長らに閲覧制限を要請した。ここで「過激」とされた描写は、実は原爆のシーンのことではない。市教委が問題とした描写は、単行本全10巻のうちの最終巻で、「旧日本軍の残虐行為」としてゲンが力説している内容のことである。

「はだしのゲン」は当初の少年向き流行誌から1975年以降教育関係者向け雑誌などに連載の場を移した。戦後を描く後半部分では、ゲンはティーンエイジャーに成長して、天皇の戦争責任を厳しく批判し、旧日本軍の残虐行為を糾弾するようになった。

閉架を支持する意見

中国商品の不買運動を展開する保守系のブロガーのぼやきくっくりは「はだしのゲン」は偏った思想だとし、子どもの目に触れさせることについて問題視してこう書いた。

 今回は残虐な描写のみが問題にされたようですが、それよりも、「日本軍がアジアで3000万人以上の人を残酷に殺した」とか、朝鮮人を“強制連行”したとか、支那軍お得意の「三光作戦」を日本軍がやったと断定するなど史実に反するセリフ、また、君が代斉唱を妨害したり、天皇を「殺人者」「戦争犯罪者」と呼ぶなど極端に偏った思想が語られていることの方が、大きな問題ではないでしょうか。 […]まだ判断力のつかない子供たちが、偏った歴史観や思想を刷りこまれないかと心配です。

また、教育の場でマンガを見せようとすることに反感を覚えるという声もある。ツイッターユーザーの‏@Feynman_Lはこうつぶやく

また映画のレーティングのような制限を設けるなど、子どもの目に触れる本は吟味されるべきとの声もある。ITジャーナリストのまつもとあつしは、ダ・ヴィンチ電子ナビのまとめ記事の中で次のように書いている。

残虐な表現やあるいは性的な表現についてはどうでしょうか? […] 幅広い年齢の子供達が利用することになり、また蔵書点数に限りがある学校図書館に、どのような内容の本が備わっているべきか、は吟味されるべきです。 […]『はだしのゲン』だけに限った話ではなく、広く図書全般について、どのような本を備え、どのように読んでもらうのか、今回問題となったクローズドな形ではなく、オープンに議論し、検討が続いていくべきではないかと考えています。

過激だから見せるべきではないのか?

一方、閉架に抗議する声もある。中でも、過激な描写を子どもの目から遠ざける、という発想に疑問を抱く意見が目立つ。12歳の人気ブロガー、はるかぜちゃん✿春名風花@harukazechanは、子ども自身の判断に任せるべきだと言う

先天性四肢欠損の作家で元小学校教諭、乙武洋匡@h_ototakeも隠蔽体質をこう皮肉る

また原爆の描写がショッキングだからこそ、平和教育のために見せるべきだという声も強い。はてなブックマークでfulciはコメントする

ケロイドまみれの人とかヒロポン中毒者とか、発達期の子供が読むとトラウマになる描写ばっかだからいいんじゃん。おかげで子供ながらに戦争・原爆とか絶対ダメだこれって思えたよ。

トラウマになる描写の押し付けは感心しないが、子どもたちには被爆の現実を伝えたい。複雑な心境のコメントも多い。ミュージシャンのライムスター・宇多丸は週刊朝日の中でこう述べている

[…]今の子どもも、少なくとも原爆が投下される前後の部分には触れてほしい。でも先生が読ませるんじゃなくて、小学校3、4年になったとき、うっかり手に取っちゃうところに置いておくのがいいんじゃないかな。

物理学者の菊池誠 @kikumacoは言う

修学旅行先に広島を選ぶ学校は多い

修学旅行先に広島を選ぶ学校は多い。広島平和記念公園にて、flickrユーザーMagalie L'Abbé撮影。(CC BY-NC 2.0)

ネットでの議論の末に

賛否両論のツイート数は16日からの3日間で25万件以上にも上った。「はだしのゲン」の閲覧制限は妥当? と問うYahoo!意識調査は15万票以上を集め、「制限すべきでない」は82%を占めた。閲覧を求めるネット署名も20日までの5日間で1万5000人を超えた。 「はだしのゲン」の愛好家たちは、政治的意見にとらわれずに読むことを勧めている。 評論家の呉智英は「はだしのゲン」を「もっとも不幸な読まれ方をしたマンガ」と形容する。

「はだしのゲン」は二種類の政治屋たちによって誤解されてきた不幸な傑作だ。二種類の政治屋とは、「はだしのゲン」は反戦反核を訴えた良いマンガだと主張する政治屋と、反戦反核を訴えた悪いマンガだと主張する政治屋である。

ブロガーの九郎はブログ「縁日草子」で、「政治性」はこのマンガで描かれた1950年代の「時代の空気」にすぎないと指摘している

[…]それはたとえば平安時代の文学作品に対して「方位や日時の吉凶を気にしてばかりいるのは誤った迷信である」などと批判することが無意味であるのと同様だ。

アニメ評論家の古谷経衡も、ブログ「アニオタ保守本流」で、「はだしのゲン」の歴史的価値を指摘する。

被爆当時、広島市内を撮った写真は当時中国新聞の松重美人記者が残したわずか6枚の写真しかない。当時はカメラ撮影がスパイ行為に当たるとして、写真は厳重な制限があった。[…]当時の実相を伝えるのが最早、証言と絵しかない現在、これを物語にして見せた「はだしのゲン」にどれだけの歴史的意義があるか、計り知れない。

主要各紙などの圧倒的反対意見に押され、市教委は8月26日臨時会議を開き、「手続きに問題があった」「判断は現場に任せるべき」と制限撤回を決定した。この一連の騒動が契機となり、「はだしのゲン」のコミック本や電子書籍は各書店で次々に売れ行きを伸ばし、出版社では例年の3倍となる各巻7000部を増刷した。 世界唯一の被爆国国民として、核戦争の恐怖を次世代に継承するためにマンガの力を借りたいと思う人は、少なくなかったようだ。 ゲン少年も、おちおち書庫の陰で休んでもいられまい。