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日本人ジャーナリスト津山恵子、アメリカ関連の記事執筆で形勢逆転!

リンク先の言語は日本語または英語です。原文掲載日は2005年9月14日。

Japanese journalist Keiko Tsuyama in New York City. Photo used with permission.

日本人ジャーナリスト、津山恵子。ニューヨーク市にて。写真は許可を得て使用。

ジャーナリスト津山恵子は、日本とアメリカの架け橋として素晴らしいキャリアを築いてきた。母国日本では、管理職に就任する女性の割合は一般的に3%以下、フルタイムの女性ジャーナリストの割合はたった15%ということを考えると、彼女は実に特筆すべき存在である。日本最大の情報サービス会社である共同通信社で国内初の女性ビジネス・ライターとなったのだ。

また、他国に比べ外国語を話す人が少ない日本において、彼女は流ちょうな英語とフランス語のおかげで世界に独自の考察を与えることができる。ウォールストリートジャーナル日本版の寄稿者を経て、津山は現在、日本で最も広く読まれる週刊誌の1つAERAの定期的寄稿者である。

ニューヨークを拠点に活動する津山に、キャリアや母国について、そしてFacebookの創始者マーク・ザッカーバーグ氏にインタビューしたときのことについて聞いた。

ネヴィン・トンプソン(以下NT):自己紹介をお願いします。

Keiko Tsuyama (KT): I am a journalist, writer, author, and photographer, and am the City of Nagasaki’s Peace Correspondent. I live in New York City, and so I write what Japanese readers want to know about the United States.

My focus is on human interest stories, technology, and the media scene.

津山恵子(以下KT):ジャーナリスト・ライター・作家・写真家であり、長崎市の平和特派員でもあります。ニューヨーク市に在住で、アメリカについて日本の読者が関心のあることを書いています。

社会面記事や科学技術、メディア・シーンを中心に扱っています。

NT:もともとは日本出身ですね。何がきっかけでニューヨーク市を拠点にするフリーランスになったのですか。

KT: I used to work for Kyodo News. It’s Japan’s largest newswire with about 900 reporters. From 2003 to 2006 I was Kyodo’s news correspondent in New York.

In fact, I didn’t want to be sent to New York at all in 2003 – it was right after President Bush launched his war in Iraq. But once I landed in New York City I really loved being there.

KT:以前は共同通信社で働いていたんです。約900人の記者を抱える日本で最大の情報サービス会社です。2003年から2006年まで、ニューヨークの特派員を務めていました

実を言うと、2003年の時点ではニューヨークに行きたいとは全く思っていませんでした。ブッシュ大統領がイラク戦争に着手した直後だったんです。ですがニューヨーク市に着くとすぐに、そこが大好きになりました。

NT:フリーランスとして働くということは、共同通信社でのキャリアを手放したことになりますね。なぜですか。

KT: I stayed on in New York City as a freelancer because I had some story ideas that I really wanted to write about. As a staff reporter, there are always deadlines to meet with little time to write feature stories.

Although I did write a lot of feature stories while I was with Kyodo in New York, there were always had more stories I wanted to write.

So, in 2006 when Kyodo reassigned me to Tokyo and it was time to leave New York City, I decided to stay on and keep exploring story ideas.

NT:ニューヨーク市にフリーランスとしてとどまった理由は、本当に書きたいと思える記事があったからです。木会社勤めの記者というのは、常に締め切りに追われていて特集記事を書く時間がほとんどないんです。

共同通信社のニューヨーク支社に勤めている間には、たしかにたくさんの特集記事を書きましたが、書きたいと思う記事はもっとたくさんあったんです。

だから、2006年に東京への異動辞令が出たとき、ここに残ってもっと記事のアイディアを探ることに決めたんです。

NT:急にフルタイムでフリーランスになるということは簡単でしたか。

KT: I didn’t know any editors in Japan, and as a matter of fact the first assignment I got was from Newsday in New York. It was an English-language piece about the Iraq War. It was my debut as a freelancer.

Little by little through my network I was introduced to Japanese editors and radio show directors (I am often asked to appear as a radio commentator), and then AERA.

KT:日本に知り合いの編集者もいませんでしたし、実際、最初にもらった仕事がニューヨークのニューズデイからだったんです。イラク戦争についての英文記事でした。それが私のフリーランスとしてのデビューだったんです。

色々な人とのかかわりを通して、徐々に日本人の編集者やラジオディレクターに紹介してもらえるようになりました。私はよくコメンテーターとしてラジオへの出演を依頼されるんです。それからAERAに紹介してもらいました。

NT:AERAについて説明していただけますか。

KT: AERA is the Japanese equivalent of New York Times Magazine. It’s a weekly glossy that is published by Asahi, one of Japan’s largest news organizations.

KT:AERAとは、日本版ニューヨーク・タイムズのようなものです。日本最大の報道機関の1つである朝日新聞社が出版している、写真掲載の多い週刊誌です。

NT:AERAから仕事を受けることは、フリーランスへの転身を後押ししたのでしょうね。

KT: All the editors want someone who can use their professional experience and training to write a “real story.”

AERA told me, “You’re great, because your stories never need to be corrected in terms of company names and figures.”

KT:プロとしての経験を積んでいて、「現実味のある記事」を書ける人材は引く手あまたです。

AERAの編集者は「あなたの記事は素晴らしい。企業名や数字を直す必要が全くありませんよ」と評価してくれました。

NT:フリーランスとしてのキャリアの中で、一番印象に残る仕事は何でしたか。

KT: I interviewed Mark Zuckerberg a couple of years ago. It was out of the blue – it was in the lead-up to Facebook going public, and Zuckerberg was doing events aimed at investors. Facebook wanted to provide one exclusive interview for Japan, and AERA got it.

KT:2、3年前に、マーク・ザッカーバーグ氏を取材したことです。本当に急な話でした。Facebookが上場の準備を始めていたころで、ザッカーバーグ氏は投資家向けの説明会を重ねていました。Facebookは日本にアピールするため独占インタビューを考えていました。その権利をAERAが勝ち取ったんです。

NT:ザッカーバーグ氏へのインタビューはどんな感じでしたか。strong>

KT: He speaks really fast. I really enjoyed it, but he’s really different than my regular interviewees. I would ask a question, and then Zuckerberg would want to know why I had asked the question, the context and rationale behind it.

He would then look at me carefully as though there was an insect on my nose while he considered his answer. And then would start speaking really fast.

However, whatever Zuckerberg talked about, he made clear points. I could see he brain was running really fast, and I could tell by the words he selected that he was quite intelligent, and was a good choice for leading Facebook.

KT:彼はとにかく喋るのが早いんです。とても楽しめましたが、今まで担当した「いつもの」インタビューとは全く違っていました。ある質問をすると、なぜその質問なのか、背景となる文脈や論拠を知りたったのです。

それに質問に対する答えを考えている間、鼻に虫でも乗っているかのように、じっと私の顔を見ていました。それからすごいスピードで話し出す。

それでも、話の論点は的確でした。頭の回転が把握、言葉遣いからは知的であることがうかがえました。まさにFacebookのトップだと思いました。

NT:あなたは長崎平和特派員でもありますね。長崎出身なのですか?

KT: No, I’m from Tokyo. However I started my career with Kyodo in 1988 as a crime reporter in Fukuoka and Nagasaki (neighboring cities on the island of Kyushu), and I kept in touch with the people I met there.

More recently, I have worked as volunteer translator for hibakusha (the surviving victims of the atomic bombings of Hiroshima and Nagasaki) who visiting New York City for events.

So that’s how I came to be appointed as Nagasaki's Peace Correspondent. As part of my role, I contribute to eliminating nuclear weapons, and I speak overseas for the people of Nagasaki.

KT:いいえ。出身は東京ですが、1988年に九州にある長崎県とその隣の福岡で、犯罪報道記者として共同通信社でのキャリアをスタートさせました。その時に出会った人たちとは連絡を取り続けていたんです。

ここ最近では、イベントのためにニューヨーク市を訪れる被爆者―つまり広島と長崎への原爆投下の生存者たちのことですが―の通訳としても活動しています。

そういうわけで、長崎平和特派員に任命していただけることになりました。私の役目の一環として、核兵器の廃絶を訴え、長崎の人々に代わって海外に声を発信します。

NT:現在、世界が注目すべき日本の話題は何ですか?

KT: The decision to construct a US military base in Henoko and Oura Bay in Okinawa Prefecture. If this sort of project were planned for the East Coast or the West Coast of the United States, it would never be tolerated by Americans. Why Henoko?

The decision to construct a US military base on Henoko will cause a lot of environmental destruction. People here in the US are more conscious of the environment.

However, this project is happening in Okinawa, far from the US, and I want people to know, and so I am creating a video in English that will be uploaded to YouTube.

KT:沖縄県の辺野古と大浦港へのアメリカ軍基地建設決定にについてです。もしこのような計画がアメリカの東海岸や西海岸で起こったら、アメリカ国民は大反対すると思います。なぜ辺野古なんでしょう?

辺野古へのアメリカ軍基地建設は、たくさんの環境破壊を引き起こします。アメリカの人々は環境に対してより意識が強いですよね。

しかしこの問題はアメリカから遠く離れた沖縄で起きている。だからアメリカ人々に知ってもらいたくて、英語で動画を作成してYouTubeにアップしようと思っています。

NT:グローバル・ボイスの読者が興味を持ちそうな日本人ジャーナリストは誰ですか?

KT: Tanaka Ryusaku (@tanakaryusaku), Ugaya Hiro (@hirougaya), and Iwakami Yasumi (@iwakamiyasumi) are all doing interesting work at the moment. If you can read Japanese, check them out! Otherwise, hopefully GV will translate some of their posts!

KT:田中龍作(@tanakaryusaku) 、烏賀陽弘道(@hirougaya)、 岩上安身 (@iwakamiyasumi)は面白い記事を書いています。日本語が読める人は、ぜひチェックしてみください! もしくは、グローバル・ボイスで彼らの記事を翻訳してくれれば良いですね!

津山は9月20日ニューヨーク市にて、映画製作者である想田和弘とのディスカッション・イベントで司会を務める(訳注:原文掲載日は2014年9月13日。)映画「ベアテの贈り物」についての内容で、この映画は舞台芸術監督であるベアテ・シロタ・ゴードンが戦後日本の「平和憲法」にどのような影響を及ぼしたかを探る。津山のツイッターアカウントはこちら:@keikoworld

校正:Ikuya Ebina