私はひとりの怒れるイラン人である。いや、イラン人である前に、ひとりの怒れる男である。テレビでよく見る怒った中東男、握りこぶしにしかめっ面で街頭デモする男たち、あんな感じである。
私は前からいつも怒っていた訳ではない。怒るようになったのだ。私が苦悩し、怒れる男になったのは、まだイランに住んでいたころだった。当然、ある時点で、これ以上腹を立てたら死ぬという限界まで来てしまい、やむをえず笑うことにした。つまり、怒るときはいつも、自分の怒りっぷりを笑いながらじゃないと怒れないのだ。
今では、自分の怒りをコメディに変えて、苦悩を笑い飛ばすことで、生計を立てるまでになった。怒りの種が日々増え続ければ、すなわち笑いの種も増える。私が怒れるイラン人になったいきさつを話すとしよう。
― 路上で取っ組み合いのけんかをしている人をよく見かけたものだ。セラピストに診てもらいに行ったら、そんな場面になったらあなただって暴力を振るうでしょう、と言われた。後に知ったことだが、このイラン・イスラム共和国においては、暴力を振るっても何ら問題ないのだ。
― 「戦争だ、勝利するまで戦争だ!」そんな標語が城壁に書かれていた。セラピストに診てもらいには行かなかった。非国民だと密告されそうだから。後に知ったことだが、このイラン・イスラム共和国において平和を口にすると毒杯を仰ぐことになる。私は平和を語るのをやめ、市内は空襲が来そうなので市外に引っ越した。
― 「アリー(ハメネイ師)の党こそ唯一の政党、セイエド・アリー(ハメネイ師)こそ唯一の指導者!」と巨大な広告板に書かれていた。セラピストに診てもらいに行ったら「シーッ!」と言われた。後に学んだことだが、このイスラム共和国においては市民が「シーッ!」と黙らせ合っても、何ら問題ないのだ。
― テレビで夕方のニュース番組を見ていたら、まるで同じ一言を繰り返し聞かされているような気がしてきた。「あなたがたはバカです! バカですよ!」と。セラピストに診てもらいに行ったら「バカですね!」と言われた。後に学んだことだが、このイスラム共和国においては人々をバカにしても何ら問題ないのだ。
― カイハン紙(Kayhan、訳注:イランの保守系日刊紙)は信頼できるニュースを提供せず、代わりにウソのつき方や偽善者になる方法を教えてくれる。セラピストに診てもらいに行ったら、ドアに「カイハン紙の読者は診察お断り!」とあった。後に学んだことだが、このイスラム共和国においては新聞にウソや汚い偽善が掲載されても、何ら問題ないのだ。
― 新しい脚本を文化イスラム指導省の脚本受付責任者のところに持っていき、上演許可をもらおうとすると、そのたびに、毎回にっこり笑って「明日出直してね!」と言われる。セラピストに診てもらいに行ったら「明日出直してください!」と言われた。後にわかったことだが、このイスラム共和国においては「明日出直して!」も何ら問題ないのだ。
― 私は家賃が払えなかった。セラピストに診てもらいに行ったら、これは「一般的な病」だからご心配なくと言われた。後に学んだことだが、このイラン・イスラム共和国の手当といえば、特定のお気に入りの人たちを、ドバイや中国、マレーシア、ロシア、ベネズエラでの治療に搬送するだけだ。私の病など、何ら問題にならないのだ。
― 女友達と「一緒に歩いていたら」警察に逮捕された。セラピストに診てもらいに行ったら「彼女と結婚なさい、そうすれば一緒に道を歩けますよ」と言われた。後に学んだことだが、このイスラム共和国においては女友達と散歩すると問題になるのだ。
― 映画で表現された理想は私の理想とは違っていた。セラピストに診てもらいには行かなかった。後に学んだことだが、このイスラム共和国において、理想を共有しない私は問題になるのだ。私は、我が国の仮想敵が自分を滅ぼそうとしているんだ、と思いながら生活してみた。敵に立ち向かうため、毎日あれこれ手を尽くさなければならなかった。セラピストに診てもらいに行くと、転院を勧められた。今回は全く学ぶことはなかった。
― このイスラム共和国ではなぜ人によって問題だったり問題なかったりするのか、それを解明しようともしないで、私は苦悩にとらわれた我が身を嘆いて日々を過ごしていた。この苦悩を何とかしようとセラピストに診てもらいに行ったら、こう言われた。「衛星アンテナを買っていらっしゃい! 世界の反対側をご覧になれば、世の中苦悩している人ばかりじゃないとわかりますよ」
私は衛星アンテナを買ったが、私の病に効く番組はひとつも無く、それどころか余計に腹が立ってきた! セラピストのところに戻ると、こう言われた。「そんなものです。私には手の尽くしようがありません。でも、ご自分でただひとりの視聴者に向けてテレビ番組を作って、それを部屋でご覧になってはいかがでしょう! もしかしたら他にも少しぐらいは同じ苦悩を持つ人がいるかもしれないし、その方たちに『きみたちも同病だ、でも克服できるよ!』とお伝えできるかもしれませんよ。」
怒りつつ、また自分の怒りを笑いつつ、私は二度と来るものかと診療室を出て自分の部屋にとんで帰り、テレビに頭から飛び込み、怒りの毒舌風刺番組を作って衛星波にのせ、自分自身や他のイラン人たちの苦悩を癒している、というわけだ。
カンビズ・ホセイニはイラン人政治風刺家で俳優、テレビ司会者、ラジオ司会者でもある。ラジオ・ファーダで放送されている風刺的ニュース番組Poletikの司会者を務め、またイランの人権についての週刊ポッドキャスト、Five in the Afternoonの司会者でもある。彼が共同制作し司会も務めたテレビ番組Parazitは大当たりで評判も良く、ボイス・オブ・アメリカで2009年から2012年まで放映され、全世界で視聴者数が3000万に達した。