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子どもの脳に化学物質が与える深刻な影響

カテゴリー: 北アメリカ, 南アジア, アメリカ, インド, 健康, 市民メディア, 環境, 科学, 開発
Tehmina Shekh photographed at the Chingari Clinic in Bhopal, India -- the location of one of the world's worst chemical disasters. Photo by Flickr user Bhopal Medical Appeal. CC-BY-NC-SA 2.0 [1]

Tehmina Shekh撮影。ボパール(インド)にあるクリニック、チンガリ・トラストの写真。この地は、世界最悪の化学災害が起きた現場だ。写真提供: FlickrユーザーのBhopal Medical Appeal。CC-BY-NC-SA 2.0。

この記事は当初 [2]エリザベス・グロスマン [3]によりEnsia.com [4]向けに執筆され、コンテンツ共有の合意のもとにグローバルボイスに転載しています。Ensia.comは世界で取り組まれている環境問題の解決策について中心に扱うニュース・サイトです。

2015年2月16日、目を疑う数字が発表された。米疾病対策センター(訳注: 以下CDC)によると、アメリカで2006年から2008年の間に発達障害と診断された子どもは、10年前と比較して約180万人以上多いという。この間に、自閉症の患者数は300パーセント近く増加し、ADHD(注意欠陥・多動性障害)は33パーセント増加している。また同センターの統計によると、アメリカで生まれる全ての赤ん坊のうち10から15パーセント [5]が何らかの神経発達障害を持つという。神経障害と診断されない程度の障害を持つ子どもたちはさらに多い。

そして、これはアメリカのみに留まらない。世界中の何百万という子どもたちがこうした障害の影響を受けている。数があまりに多いため、内科医であり、この分野の権威である南デンマーク大学およびハーバード大学T・H・チャン・スクール・オブ・パブリック・ヘルスのフィリップ・グランジャンと、ニューヨークのマウント・サイナイ・アイカーン医科大学のフィリップ・ランドリガンは、現状を「パンデミック [6]」という言葉で表現した。

早期において精密な診断が下されるようになったことがこの増加の一因ではあるが、それで全てが説明できるわけではないと、カリフォルニア大学デービス校環境疫学教授であり、MIND研究所長のイルヴァ・ヘルツ‐ピッチョット [7]は言う。グランジャンとランドリガンは、事例の30から40パーセントに遺伝的要素を認めている。しかし、調査サンプル数が急増するにつれ、子どもたちに懸念される神経障害増加の原因は環境汚染にあること がわかってきた。

今、何が起きているというのだろう? そして、私たちに出来ることは何だろうか?

化学物質と脳

例えば、 [8]水銀 [9]、有機リン系農薬などのいくつかの化学物質は、子どもたちの神経系の健康に生涯に渡る影響を及ぼしかねないことが昔から知られていた、とサイモン・フレイザー大学健康科学部教授のブルース・ランパールは言う。アメリカは現在、鉛を含有する塗料を禁止しているが、 多くの人がこういった塗料が塗られた住宅に住んでいるし、世界ではなおも使用され続けている。合衆国法によって使用が禁止されている現在においても、子どもたちがペンキや、おもちゃに使用された塗料や金属などを通じて鉛に触れる可能性がある(きかんしゃトーマス事件 [10]を忘れないこと)。安定剤として鉛が使われたプラスチック [8]や、汚染された土など環境要因への接触も同様だ。水銀 [11]の場合は、ある種の魚や汚染された大気、水銀の使われた古い温度計やサーモスタットが汚染源となっている。これらに触れる機会を減らし、無くしていくために多大な努力が費やされてきたが、不安が去ることは無い。なぜならば私たちは今、これらはごくごく微量でも悪影響を及ぼし得ると知っているからだ。

At early stages of development — prenatally and during infancy — brain cells are easily damaged by industrial chemicals and other neurotoxicants. Photo by Flickr user Jason Corey. CC-BY-NC-SA 2.0

発達段階の早期、つまり妊娠中から幼児期にかけて、脳細胞は工業用化学薬品や他の神経毒物によってたやすくダメージを受ける。写真提供: FlickrユーザーのJason Corey。CC-BY-NC-SA 2.0。

しかし科学者たちはいま、化学化合物は屋外の空気中の排気ガスや細かい粒子状物質などと同様に、屋内の空気中や日用品においても普通に存在し、出生前後の脳の発達に悪影響をもたらす可能性があることを明らかにしつつある。

脳の発達への悪影響が特に懸念されるとして、ランパールがリストアップした化学物質の中には、難燃剤やプラスチック、パーソナル・ケア用品や他の家庭用品に使用されるものも含まれる。

ホルモンの変化を促す化学物質が神経系に影響を与える可能性はますます強まっている、と国立環境衛生科学研究所(訳注: 以下NIEHS)と国家毒性プログラムのディレクターであるリンダ・バーンバウムは言う。発育の初期段階において神経に影響を与える化学物質として現在研究中のものには、家具の詰め物や電気製品など多くの製品に幅広く使用されているPBDEと呼ばれる難燃剤、プラスチックの安定剤や合成香料として広く使用されているフタル酸エステル、ポリカーボネートプラスチックの原料であり一般にBPAとして知られるビスフェノールA、汚れや水や油脂をはじくコーティング材に使用されるペルフルオロ化合物や、様々な殺虫剤が含まれる。

振り付けどおりのダンス

グランジャンやランドリガンが説明するように、容易に胎盤を通過してしまう環境化学物質に対し、胎児は十分に守られてはいない。彼らによると、 神経幹細胞が神経毒物に対して非常に敏感であるということは、生体外実験で証明されていると言う。

In the past 30 to 40 years, scientists have begun to recognize that children and infants are far more vulnerable to chemical exposures than are adults.

科学者たちはこの30から40年来、子どもや乳幼児は成人に比べ、はるかに科学物質による悪影響を受けやすいというという事実を次々に発見している。

乳幼児の脳もまた、そのような汚染物質に対して脆弱である。発達段階の初期である胎児期や幼児期において、脳細胞は産業化学物質や他の神経毒物によって簡単にダメージを受けてしまう。これは脳の構造上・機能上の発達を阻害し、生涯に渡る悪影響を及ぼす結果につながりかねない。

「脳は外界からの刺激に対してこの上なく敏感である」とグランジャンは言う。

従来、化学物質の神経毒性は成人を対象に調査されてきた。その多くが、仕事中の大量曝露から分析されたものだ。しかし科学者たちはこの30から40年来、子どもや乳幼児は成人に比べ、はるかに科学物質による悪影響を受けやすいというという事実を次々に発見している。加えて、発達段階初期おける汚染は、ごく微量でも生涯にわたる深刻な影響をもたらしかねないことが判明した。ほかにも重要な発見がある。乳幼児や子どもが化学物質から受ける影響の大きさは、彼らを単に体の小さな成人として計算した予測値を大幅に上回ることがわかったのだ。発育段階や曝露のタイミングもまた、必ず考慮する必要がある。コロンビア大学メールマン・スクール・オブ・パブリック・ヘルスの環境健康科学科教授フレデリカ・ペレラ [12]の説明によると、脳の発達は初期に「振付どおりにダンスする段階(a very precise choreography)」を含む。「この段階で(脳内の)化学反応を阻害する化学物質は、何であれとても有害なものとなり得る」と彼女は言う。

例えば、カルガリー大学カミング校医学部助教授で、神経学研究専門のデボラ・カーラッシュ [13]は、脳の発達初期段階で神経細胞が形成される際、「タイミングによって神経細胞の行き先が決まる」と説明している。

BPAが神経発達過程にどのような影響を及ぼすかを調査 したカーラッシュの最新の研究を見れば、彼女の言わんとすることがわかる。2015年1月に発表された研究 [14]において、カーラッシュとその共同研究者らは、BPAと、BPAの代替物としてよく利用されるビスフェノールS(訳注: 以下BPS)の神経発達への影響を調査した。これは、BPAやBPSによる被曝の影響を調べたものだ。具体的に言えば、神経細胞が形成されて脳内の適切な場所へ移動する時期、つまり、人間の妊娠中期に当たる発達段階のゼブラフィッシュが、カーラッシュの住む地域に供給される飲料水と同レベルの被曝をした場合の調査である。

Many of the chemicals under scrutiny for their effects on brain development appear to act by interfering with the function of hormones essential for healthy brain development.

脳の発達への影響が調査されている化学物質のうち多くが、健康な脳の発達に不可欠なホルモンの働きを阻害するとみられている。

カーラッシュはこう説明している。「目的地へ向かうバスに神経細胞が乗り込んでいくとして」、BPAとBPSに曝された後は、「早く出発するバスに乗る細胞の数がこれまでの2倍に、遅く出発するバスのほうは半分になるようなものだ」。このような曝露が原因で魚の神経発達に変化が生じ、結果として行動過多になったようだと研究者たちは考えた。今回「ごく微量のBPA」によって生じたこのような変化でも、恒久的な影響を残す可能性があるとカーラッシュは言う。

BPA、フタル酸エステル、ペルフルオロ化合物、臭素系難燃剤や様々な殺虫剤など、脳の発達への影響が調査されている化学物質のうち多くが、健康な脳の発達に不可欠なホルモンの働きを阻害するとみられている。そういったホルモンの一つが、生殖や睡眠、のどの渇き、食事や思春期など多くの生命機能に関わりを持つ脳の一部を制御している甲状腺ホルモンである。

妊娠初期の間、胎児は自身で甲状腺ホルモンを作っているのではない、とマサチューセッツ大学アマースト校分子・細胞・内分泌学研究室長のトーマス・ゼラー [15]は言う。もしこの期間に母親が、例えば汚染水を通じてポリ塩化ビフェニル(訳注: 以下PCB)や化塩素酸塩などの物質に触れる環境にあり、甲状腺ホルモンの生成が阻害されれば、今度は脳の発達の臨界期にある子どもが影響を受けるかもしれない。

ゼラーが内分泌かく乱物質への曝露について考慮すべき事項として他に指摘するのは、アメリカの妊娠適齢期の女性のかなりの割合が、なんらかのヨウ素欠乏状態にあり、これが甲状腺ホルモンを抑制している可能性があるという点だ。このような欠乏状態は、診断を受けるほどの副作用にはつながらないかもしれないが、胎児の神経発達を阻害するには十分であるかもしれない。「安全基準をはるかに下回るレベルで影響が出る可能性がある」とゼラーは言う。そして、甲状腺ホルモンに影響を与えかねない化学物質は非常に多く、妊娠適齢期の女性が触れる可能性があるものとしては、PBDEsやPCBs、BPA、様々な殺虫剤、ペルフルオロ化合物や、ある種のフタル酸エステル [16]などがある。

空気中にあるもの

子どもたちの脳の発達を阻害すると思われる化学物質の出どころとして、特に懸念されているのが大気汚染だ。これは、様々な化学物質や粒子状物質が複雑に混ざり合ったものである。

Research increasingly suggests that airborne contaminants can have subtle but significant effects on early neurological development and behavior.

空気中の汚染物質が、早期の神経発達や神経行動に僅かながら重大な影響を及ぼすとする調査報告は日ごとに数を増している。

ペレラと同僚は最近、多環芳香族炭化水素(化石燃料関連の大気汚染物質。訳注: 以下PAH)への曝露と、9歳時点におけるADHD発病率 [17]の関連性を調査した。結果、妊娠中に高濃度のPAHに触れた母親は、触れなかった母親に比べてADHDを持つ子どもを出産する可能性が5倍となり、しかも症状がより重くなる可能性が高いことが判明した。このような関連性に着目した研究はこれが初めてだが、これはPAH類を含む屋外の大気汚染と、それが子どもたちの脳の健康や発達に及ぼす悪影響との相関を指摘する、日々数を増す研究群に加わるものだ。

大気汚染が脳の健康に及ぼす影響の調査は比較的新しい、とアメリカ国立衛生研究所健康科学担当者キンバリー・グレイ [18]は解説する。彼女が言うには、空気中の汚染物質が、早期の神経発達や神経行動に僅かながら重大な影響を及ぼすとする調査報告は日ごとに数を増している。胎児期のPAH曝露と脳機能損傷との関連性に加えて、研究者たちは現在、黒色炭素、揮発性有機化合物、微粒子状物質といった大気汚染物質に着目し、自閉症や低いIQなどの障害に関連する可能性についても調査を進めている。

2014年12月に発表された研究 [19]の中で、ハーバード大学T・H・チャン・スクール・オブ・パブリック・ヘルス環境産業疫学準教授マーク・ワイスコフ [20]と共同研究者たちは、母親が、とりわけ妊娠後期に高濃度の微粒子状物質(PM2.5: 直径2.5ミクロン以下の粒子)に曝された子どもたちに注目した。調査は全米各地の千人を超える被験者を対象とし、結果としてそのような子どもたちは、そうでない子どもたちに比べて自閉症の発症率が2倍になることがわかった。PM10として知られている、2.5 から10ミクロンの大きな分子への曝露は、自閉症に罹患するリスクの増減には影響しないようだった。

「これは疫学的な視点から見て大変重要なポイントだ」、なぜならばそれは、「母親の曝露に焦点を当てたものだから」とワイスコフは言う。これはまた、 曝露のタイミングが神経発達にもたらす影響の重要性にもスポットライトを当てるものである。自閉症には他にも多くの要因があるが、この研究によって、 環境暴露がその一因となり得ることがより明確になった、とワイスコフは言う。このような影響について他の研究でわかったことに比べると、これはとても小さな貢献のように見えるかもしれないが、「量的に小さく見えるものであっても、脳の発達への影響においては『非常に重要なもの』であり得る」とヴァイスコフは説明する。

コロンビア大学の研究者たちは、最近、一般的な大気汚染物質と子どもの認知・行動障害との関連性について追加研究 [21]を発表した。

広域に渡る汚染

グランジャンとランドリガンが指摘するように、環境暴露や発育に影響する神経毒物に関する最近の発見のうち、気が滅入るものの一つは、広域汚染の現状と、そういった化学物質はどこにでもあるという事実だ。「神経毒性を持つ化学物質が、 どんどん製品に使われるようになっている」とランドリガンは言う。

ポリ塩化ビニルプラスチックに含まれるフタル酸エステルは、プラスチックの安定剤として使われており、合成香料や非常に多くのパーソナル・ケア商品にも含まれている。しかしこれは、幅広く使用されながらも脳の発達に悪影響を及ぼしかねない化学物質に分類されている。コロンビア大学メールマン・スクール・オブ・パブリック・ヘルスの研究者らは最近、出生前にある種のフタル酸エステルに高レベルで曝された子どもたちは、曝露が少なかった子どもたちに比べ、平均して6から8パーセントIQ値が低いことを発見した。IQ値が低かった子どもたちは、ワーキングメモリ [22]や知覚推理に問題があることが多く、情報処理速度が遅い傾向があった。

“Pretty much everybody in the U.S. is exposed.” — Robin Whyatt

「合衆国民全員が汚染されていると言っても過言ではない」―ロビン・ワイアット

この研究で調査されたDnBPやDiBPとして知られるフタル酸エステルは、洗面用品や化粧品 [23]を含む非常に多くの家庭用品に使用されており、その中にはシャンプー、マニキュア液、口紅、ヘアスタイリング剤や石けんはもちろん、ビニルークロスやドライヤー・シート(訳注: 乾燥機用柔軟剤)まである。研究の結果割り出された低IQに影響する被曝量は、CDCが全米で進めている全国健康・栄養調査 [24](化学物質への曝露に関する生態影響評価)で公表したものと同レベルだった。「合衆国民全員が汚染されていると言っても過言ではない」と、論文共著者のロビン・ワイアット [25](コロンビア大学医療センター環境健康科学教授)は言う。

IQのそのような低下はたいした事でないと思えるかもしれない。しかしメールマン・スクールの疫学助教授で、この研究の第一著者であるパム・ファクターリトバック [26]は、集団単位、またはクラス単位で見たときにこれが意味することは、知能検査で高いスコアを出す子どもの数が減少し、スコアの低い子どもの数が増加するということだと言う。「グラフの分布曲線全体が下方向にシフトする」と彼女は説明する。

「IQのスコアが5や6下がってもたいしたことは無いように思うかもしれないが、これはつまり、才能に恵まれた子どもの数が減る一方で、より多くの子どもたちが養護学校に通うようになるということだ」とアメリカ学習障害協会の健康な子どもプロジェクト [27]責任者のモーリーン・スワンソンは言う。「経済に与える潜在的ダメージは甚大だ」とNIEHSのバーンバウムは言う。

ストレス要因

子どもたちの神経障害を助長する原因は「とても複雑だ」とフレデリカ・ペレラは言う。化学物質を調査したり規制したりする際は、一度に一つの物質について調べるのが一般的だ。しかし人々は同時に複数の化学物質に曝されており、それがさまざまな要因をひとつずつ探り出すことをさらに難しくしている。脳発達に関して言えることで、このことをさらに複雑にしているのが、「脳の同じ領域に作用する」社会的ストレスである、とロチェスター大学環境医学教授デボラ・コリースレヒタは言う。彼女と他の研究者たちは、妊娠中の悩みや家庭や地域での悩みなど、化学物質とは関係ないストレス源 [28]もまた、それ独自、あるいは神経毒物と関連して早期の脳発達に悪影響を及ぼし得ることを発見している。

このように、化学物質と、化学物質が原因ではないストレス源との間に明らかに相互作用が見られるのは、「とても厄介であり、かつ非常に大きな意味がある」とバーンバウムは言う。

疫学研究 [29]では、「交絡因子」と呼ばれる条件を補正するのが一般的だ、とデボラ・コリースレヒタは言う。交絡因子とは、観測条件に影響をもたらす可能性のある他の条件のことだ。多くの研究は、「人間を取り巻く環境を正確にモデリングしているとは言えない」という。彼女と共同研究者たちが試みているのは、「人間のコミュニティーで起こっていることを動物実験においても再現すること」であり、中でも社会的ストレス源の悪影響を最も受けやすく、鉛や殺虫剤や大気汚染などの化学汚染物質への接触が最も多いコミュニティーの再現に注力している。

鉛とストレスは脳の同じ部分に作用する、と彼女は言う。そのため、これらは相乗的に働き、年少期から脳の構造に永続する変化を残す可能性がある。こうした変化は低IQや学習・行動面での問題につながりかねない。

コリースレヒタの研究室 [30]は現在、ストレスと長期に渡る貧困状態を動物実験で再現することに取り組んでおり、これらは貧困状態にある共同体を模したものである。実験の目的は、こうした影響がどのように胎盤を通過し、生涯に渡る障害の基礎を胎児にもたらすのかについて理解を深めることだ。彼女と共同研究者たちは、被曝と神経発達の関連性のみならず、胎児が胎盤を通じて影響を受け、生まれながらに障害を持つに至るまでのメカニズムについても調査を進めている。

どうすれば良いのか?

子どもたちの脳をこれ以上傷つけないために、これからできることは何だろうか?

次の一歩として重要なのは、神経発達に影響を及ぼす化学物質を特定する能力を高めるということだ。 新たに開発されたものを含め、人々が触れる化学物質は非常に多いため、高速スクリーニングシステムの使用が理想だ、とバーンバウムは言う。多くの化学物質を迅速に検査する、ロボット技術を用いたプログラム [31]がNIHやEPAなどの連邦機関によって立ち上げられてはいるが、現在使用されている可能性のある化学物質は数万種にも及び、その大半がどういった影響をもたらすかについて十分に検証されていな い。

現時点での被曝量を減らすことを考えると、化学物質のいくらかは消費者の選択によって避けることができる。しかし、たいていの場合、それは難しい。なぜなら、このような化学物質の多くは、レシート用紙のBPAのように、原材料表示シールが貼られていない製品に使われているからだ。大気汚染を含むその他の化学物質を避けることは、それらがどこにでも存在し、なおかつ代替物がないことを考えると一層困難である。そして、モーリーン・スワンソンが言うように、そのような選択肢は全ての経済レベルの人々にとって必ずしも実行可能なものではなく、環境正義(訳注: 環境資源の便益や環境破壊の被害の公平な分配や、適正な意思決定手続きなどを求める理念)の議論が付きまとう。

グランジャンとランドリガンは、発売前の十分な毒性検査を課していないアメリカの化学物質規制 [32]は、化学物質の安全性を事前に確保にするために十分な機能を果たしていない、と指摘する。「検査されていない化学物質は、脳の発達にとって安全だと思われるべきではないし、現在使用されている化学物質や全ての新しい化学物質は、それゆえに、発達神経毒性を必ずテストされなければならない」と彼らはThe Lancet [33]に発表した論文に書いている。

いくつかの神経毒の発生源に対しては、十分な取り組みがされてきたように思えるかもしれないが、それは思い込みである。例えばアメリカや他の国々で、鉛の被曝量の削減は、政策や公衆衛生教育を通じかなりの前進を見せてはいる。しかし実のところ、どんな少量の鉛への曝露でも被害が想定されるというのが現在の認識であり、有害な鉛被曝は続いている。これは特に、鉛入りの塗料やガソリンが現在も使用されている国において顕著である。そして、アメリカでCDCが資金提供している鉛規制のプログラムに対する予算は2012年、大幅な削減をみた [34][deadlink]。

When it comes to protecting the exquisitely sensitive developing brain, the measures currently used to assess chemical risk and set safety standards fall short, says Cory-Slechta.

この上なく繊細な脳の発達過程を守るためには、化学物質のリスク評価や安全基値の設定に使用されている現行の基準値は役に立たない、とコリースレヒタは言う。

一方で、世界中の子どもたちは(裕福でない国においては特に [35])、廃棄物投棄場所や幼年労働を通じて、産業廃棄物から発生する危険な神経毒物に曝され続けている。その例は数多く、アジアやアフリカ各地で行われている電気製品のリサイクルや、鉛や水銀の採掘活動、農薬、重金属で汚染された製品(食べ物や甘いお菓子 [36]を含む)にまで及ぶ。

この上なく繊細な脳の発達過程を守るためには、化学物質のリスク評価や安全基値の設定に使用されている現行の基準値は役に立たない、とコリースレヒタは言う。「第一次予防としての役割が果たされていません」と彼女は言う。

環境医学の必要性を訴える人々の多くが感じているのは、アメリカの連邦規則では化学物質の規制が不十分だということだ。そのため近年、多くの州議会は独自に、有害な化学物質から子どもたちを守るための法整備を進めている [37] [dead link]。多くの州がカドミウム、鉛、水銀などの重金属を中心とした神経毒性を持つ化学物質への対策に取り組んでいる。いくつかの州は、妊婦を化学災害から守るための文言を法律に盛り込んでさえいるが、この暴露のタイミングについては、いまだほとんど取りざたされていない。

いま、私達は発育を阻害する神経毒物について多くのことを知ってはいるが、そういったものに曝される機会は以前にも増して発生している。そして、このような汚染が世界中の子どもたちに害をもたらすという点で、多くの研究者の意見が一致している。

「私にとって明白なのは、将来の優秀な頭脳をしっかりと守るために、新しいシステムを構築する必要があるということだ」とグランジャンは言う。

エリザベス・グロスマン [3]は環境科学を専門にしたフリーの ジャーナリスト、著述家。『Chasing Molecules』(訳注: 邦題『分子を追って』)、『High Tech Trash』、『Watershed』などの著書がある。発表の場は多岐に及び、エンシア、サイエンティフィック・アメリカン、ワシントン・ポスト、TheAtlantic.com、サロン、ネーション、マザー・ジョーンズなど。ツイッターアカウントは@lizzieg1 [38]
校正:Maki Ikawa [39]