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トルコ:サンタクロースと文化遺産は建設業界の餌食になってしまうのか

カテゴリー: トルコ, 市民メディア, 歴史, 環境, 経済・ビジネス, 芸術・文化, 開発, 架け橋

(原文掲載日は2015年1月13日です。また、記事中のリンク先には日本語以外のページも含まれます)

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デムレの聖ニコラオス教会の天井フレスコ画(撮影:Jiuguang Wang)

クリスマスに来る伝説の人物サンタクロースは、年に一度の大仕事を終えて一息ついているところだろう。しかし彼のモデルとなった1700年前の聖人は今、なりふり構わず経済発展を追求するトルコ政府の餌食になりかけている。

トルコ共和国の中心地であるアナトリアは、これまでに数多くの帝国の支配下に置かれてきた。アッカド人、トロイア人、ヒッタイト人、アッシリア人、フリギア人、キンメリア人、スキタイ人、ギリシャ人、ペルシア人、さらにギリシャ人、ローマ人、アルメニア人、ビザンツ人、モンゴル人、そしてオスマン人と、様々な時代に多数の民族がこの小アジア領土を占領した。アナトリアの風景の中には、これら多民族の文化遺産が散らばっている。そして現在トルコ政府は、この豊富な文化遺産を利用して、急成長している観光産業を後押ししようと試みている。

トルコの経済は過去10年間で、建設業と観光業を中心に急激に拡大した。イスタンブールの人口は現在1500万人を超え、2014年にはトリップアドバイザーのランキング [2]で、世界で最も人気のある観光地に選ばれた。政府は観光収入から利潤を増やそうと目論んでおり [3]、そのためアナトリアの古代文化遺産を近代的な観光名所として作り替えようとしている。しかし、開発を急いで突き進んだ場合というのは、往々にして文化遺産の保護費がかさむという結果に陥るものだ。

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デムレの岩窟の家(撮影:Caleb MacLennan)(CC BY-SA 2.0)

サンタクロースのモデルとなったのが、紀元4世紀頃、地中海沿岸のトルコの都市ミュラ(現デムレ)にてギリシャ正教主教を務めた聖人ニコラオスである(もっとも、サンタクロースができるまでに北欧神話 [5]コカ・コーラ社 [6]のエッセンスが加えられたが)。聖ニコラオスはニカイア公会議 [7]に参加するなど、正統教義の熱心な支持者であり、また密かに贈り物を与えることでも有名であった。

聖ニコラオスの遺体の大部分は1087年に海賊によって教会から略奪され、イタリアへ運ばれた。当時は、セルジューク朝トルコが衰えゆくビザンツ帝国へ侵攻を進めていた。そして2012年になり、トルコ政府は、聖ニコラオスの遺骨をデムレに返還 [8]させるべく、ミュラ研究で権威ある考古学者に支持を求めた。

当然ギリシャ正教会は、聖ニコラオスをギリシャの人物としておきたいため、自国の歴史に組み込もうとするトルコ政府の試みに対しては、大いに不満を抱いている [9]

古代ギリシャ・ローマ時代の円形闘技場や、岩壁に切り込まれたネクロポリスなどの古代遺跡と並び、アナトリアはオレンジとザクロの栽培でも有名な地域である。現在、自治体は建設会社に対し、ホテルやその他施設の建設許可を与える手はずを整えている。これは6階建までの建造物を許可するとともに、通常制限されている海岸から200m以内での建設を例外的に認可するものである。

エルドアン大統領と彼の率いる公正発展党は、過剰な開発や建設業界との癒着関係に対する非難の声を打ち消してきた。しかし、イスタンブールの第三空港やボスポラス海峡第三大橋の建築、さらに住宅建設機関TOKIの活動など、論争の的となった大規模インフラ事業 [10]を政府が支援してきたことは、トルコ市民の警戒を高めることとなった。

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アポロ神殿跡、シデ(撮影:Heribert Pohl)(CC BY-SA 2.0)

Hotel development in Side, Turkey. Photo by Samuel Schultzberg (CC BY-SA 2.0).

シデにおけるホテル開発(撮影:Samuel Schultzberg)(CC BY-SA 2.0)

文化財保護よりも経済的発展を優先する方針を取ったのはエルドアン内閣が初めてではない。これまでも歴代の政府が、トルコの遺跡に対して他国の文化が持つ役割を軽視してきた。しかし「トルコ化」を公然と推進する政策は、過去10年の間影をひそめてきた。これは公正発展党が政治的基盤として民族意識ではなく宗教的帰属意識を利用しようと試みたためである。実際、1950年代までイスタンブールの人口の約30%は外国人であり、歴史的な教会がモスクとして再利用されるというケースも多かった。トルコには有名なイスタンブールのハギア・ソフィアの他にも、同じ名前の教会がトラブゾン [12]イズニク [13]に存在しているが、このどちらもが近年モスクとして改装された。実は「イスタンブール」という名前も、ギリシャ語の「街の中」というフレーズが由来となっている。

注目を集めたトンネル開通事業「マルマライ・プロジェクト [14]」では、建設中に何千年も昔の歴史的遺物が出土し、この出土品の保護のために建設が長引いた。当時エルドアン大統領はこれに関し、「たかが考古学のモノ」が原因で工事が遅延してはならない、と述べた [15]。また、イスタンブールの地下鉄も著しい拡大を遂げたが、地下鉄建設による周辺地域への影響について、自治体の配慮が不足していると、ユネスコから批判を受けた [16]

これに加え、ハルフェティダム [17]建設などの数多くの建設プロジェクトが、環境や文化遺産に悪影響を与えうるとして批判の的となってきた。例えばアナトリアでは、何千種もの固有の動植物が大規模事業によって危機にさらされている。またチグリス川に建設中のイリスダムは近隣するハサンケイフ [18]の街を浸水させる恐れがある。何百もの考古学的遺跡が破壊され、住民2万5000人が退去を余儀なくされる [19]ことになる。さらには洞窟の家 [20]で有名なカッパドキアのギョレメ [21]、黒海沿岸のスメラ [22]修道院、そして地中海に臨むファセリス遺跡 [23]、このどれもが観光関連の新規開発事業によって脅かされている。

以下のドキュメンタリー映像はハサンケイフのユネスコ指定世界遺産への登録を訴えるものであり、チグリス川のダム建設が考古学と環境に与える影響について解説している。

さらにシデ [24]の古代遺跡においても急速なホテル開発が進められている。また、文化財保護グループがユネスコ世界遺産への登録 [25]を望んでいるギョベクリテペ [26]の古代寺院にも注目したい。これらの遺跡、さらにはチャタル・ヒュユク [27]ハットゥシャ [28]の遺跡がホテルに囲まれ、メッカのカーバ神殿 [29]のような「歴史のディズニーランド」に変貌してしまうまで、あとどれくらいの猶予が残されているだろうか。

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チャタル・ヒュユクの古代都市の発掘(撮影:Scott Haddow)

現状からすると、トルコ政府がアナトリアの古代史によせる関心は、目先の利益の追求から来るものである。過剰な開発に伴う犠牲に対し、大手メディアの関心が薄いことも、状況を助長させている。先だって、デムレのサンタクロース産業についてBBCが報道 [31]をしたが、聖ニコラオスの遺産を利用することで環境や社会に悪影響が及ぶかもしれないという問題意識を高めるには至らなかった。

例として、スルクル・ビーチを挙げてみよう。聖ニコラオス教会があるデムレの街に残る、数少ない砂浜海岸の一つである。この海岸は近年、文化観光省によってアンドリアケ・ビーチクラブに譲渡され、ビーチクラブは2013年よりここに5つ星ホテルの建設 [32]を開始した。地域住民は当初、雇用機会の増加を期待してこの計画を喜んでいたが、現在は大手企業が地域住民の暮らしを犠牲にして土地を入手したことに対して憤りを示している。この地域には、さらに6軒のホテルが建設される予定である。

トルコ政府は、大部分が外国由来の歴史遺産を中心に自国の観光産業を発展させようとしている。政府のこの矛盾した性格は、近代トルコの実態を明らかにしている。社会は保守主義、愛国主義と宗教意識を支持しているが、何よりも、大きな経済的前進をもたらした国家主導の資本主義に傾倒しているのである。宗教的保守主義と資本主義という相反するものの融合を何よりも克明に表しているのは、中に店舗を備えた何千もの新しいモスクだろう。

エルドアン大統領と公正発展党は12年間にわたって政権を握っており、次期政権への移行がどのようになされるのか、政府を支持する新聞社のコラムニストたちまでもが疑問を呈し始めている [33]。公正発展党は憲法改正 [34]を可能にするべく、今年の総選挙において過半数を大きく上回る票の獲得を狙っている。この憲法改正によって新たな大統領制が導入されれば、これまで大統領の権力への最後のブレーキとなっていた司法・立法機関までもが、エルドアン氏の手中に置かれることとなる。公正発展党のトレードマークとなってしまった向こう見ずな開発事業に対し、環境・遺産の見地から反対する人々にとっては、2015年は非常に重要な一年となるだろう。

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カスのモスク、中には店舗が入居している(撮影:John Lubbock)

校正:Maki Kitazawa [35], Rie Tamaki [36]