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「”モカ”のコーヒー豆を、世界へ」 若きイエメン系アメリカ人の格闘

イエメンのコーヒーを世界に広めるため、昨年来、カリフォルニア在住のモフタール・アーハンシャリ氏は現地のコーヒー農園と手を結んで活動している。モフタール・アーハンシャリ氏の厚意により、PRIの許可を得て掲載。

イエメンのコーヒーを世界に広めるため、昨年来、カリフォルニア在住のモフタール・アーハンシャリ氏は現地のコーヒー農園と手を結んで活動している。モフタール・アーハンシャリ氏の厚意により、PRIの許可を得て掲載。

本記事およびラジオレポートは、 モニカ・キャンベル がPRI.orgの製作するニュース番組である The World寄せたもので 、2015年4月9日に公開された。 コンテンツ共有の合意のもと、グローバル・ボイスに転載。

一年ほど前、筆者は友人の誘いを受けてサンフランシスコのコーヒー店の奥で開かれたカッピング (試飲会) に参加したことがある。コーヒーの専門家たち、中には飛行機で来ている人もいたのだが、彼らはコーヒーを小さなカップでほんのひとくち口に含んではマグに戻して、その味や香りを論じ合っていた。

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「こんなの初めてだ !」「すばらしい」などと感嘆の声があちこちから聞こえてきた。しかしそれと同じくらい筆者の印象に残ったのは、彼ら高品質コーヒーを扱う専門家たちが「野生のコーヒーの木」の生えている場所はないかと世界中を探しまわっているという話や、彼らの間では質の高いコーヒーを作りだすために世界中の様々な場所のコーヒー農園と連携する動きがあるといった話だった。

今回お届けするのは、こうしたコーヒーの専門家のひとり、モフタール・アーハンシャリ (Mokhtar Alkhanshali) 氏へのインタビューである。彼は26歳で、Qグレーダーの資格を持った専門家、つまりコーヒー鑑定のプロで、そしてイエメン系のアメリカ人だ。コーヒー農園の家系に生まれたことにはじまり、サンフランシスコのヒルスコーヒー等での受付業務につくなど長年コーヒーに深くかかわってきた彼はいま、オークランドを拠点とするコーヒー会社、 モカ・ミル (Mocha Mill) を共同経営している。彼がどんなふうにイエメンでの仕事を進めているか、そして、情勢の悪化するイエメンからやっとのことで出国した際に旅行鞄の中に何を入れてきたのか、話を聞いた。

Q : アーハンシャリさんの、コーヒーにまつわるいちばん最初の記憶を教えてください。
イエメンの中でももっとも古くからコーヒーを栽培してきたのが、私の家族が代々住んでいたところでした。もっと若かったころには、私はイエメンの家に行くといつも祖母と一緒にコーヒーの実を摘んで乾かしていました。祖母はそのあと、コーヒーの実を加工場に持って行って外皮と果肉の部分を取り除き、粉にして、コーヒーを入れました。つまり、私にとってコーヒーというのは自分の一部のようなものなのです。祖母とコーヒーの豆摘みをしていたことに始まり、以来私はコーヒー業界に様々な仕方で関わるようになって、とうとうコーヒー鑑定士の資格までとりました。資格試験のために、コーヒーの香りを36種類も覚えなければならなかったんですよ。

Q : コーヒーのプロとしてイエメンに初めて行ったのはいつでしたか。それはあなたが大人になってからの、家族を訪ねる旅とはどんなふうに違っていたのでしょうか。

約1年前に行きました。そのときは、私は32か所もの地域を回ってコーヒーの世界に没頭する日々を過ごしました。それぞれの地域は互いに非常に隔たった場所にあり、そこに暮らす人々も隔離されたような状態で生活しているので、私はこの仕事をしていなかったら知り合えなかったような人たちに会うことになりました。そう、私はこのときの旅を通して、栽培地の高度や土壌の種類がさまざまだということを知ることができました。でもそれ以上に大きかったのは、それぞれの土地の人たちから、彼らの祖父母がどんなふうにコーヒーを育てていたかとか、彼ら自身が今どんな問題に直面しているのかといったことについて、話を聞くことができたということでした。彼らが直面していることというのはつまり、政治の問題や情勢の不安定さのことであり、私たちアメリカ人も関係しているようなことです。私自身がイエメン人であり、そしてアメリカ人でもあることで、私は二つの異なった顔を持つことができました。つまり、一方で私は資格を持ったコーヒー鑑定士ですが、同時に私自身がイエメンの一部族の者であり、部族側の人間としての顔を持っているのです。ですから私はイエメンに行くときは、外国人としてではなくイエメン人として行きます。そして、現地ではイエメン人の服装に身を包んで、現地の言葉で話しています。

モフタール・アーハンシャリ氏はサンフランシスコのベイエリアに住んでおり、そこでイエメンの豆を専門に扱うコーヒー会社を共同経営している。彼は自分のルーツであるイエメンを頻繁に訪れている。モフタール・アーハンシャリ氏の厚意により、PRIの許可を得て掲載。

モフタール・アーハンシャリ氏はサンフランシスコのベイエリアに住んでおり、そこでイエメンの豆を専門に扱うコーヒー会社を共同経営している。彼は自分のルーツであるイエメンを頻繁に訪れている。モフタール・アーハンシャリ氏の厚意により、PRIの許可を得て掲載。

コーヒーの製法を何百年も変えてこなかったような僻地の村に行って、最新式の乾燥床 (訳注 : 収穫したコーヒーの実を乾燥させるための設備) を人々が使うところを見るととてもわくわくします。私が乾燥床の使い方を教えたんです。また、彼らはコーヒー豆を適度に乾燥させるのに、私がイギリスから持ち込んだ新型の湿度分析器を活用しています。コーヒー精製のための、最新の科学技術に基づくこうした設備や機器はブラジルやペルー、エチオピアで見られるのですが、いまやイエメンでも使われているのです。

私はまた、イエメンでコーヒー生産に従事する人の多くは女性であると見ています。ですから私は現地の農園と手を組む時、その農園の役員の半数が女性であることを提携条件の一つにしています。

Q : イエメンのコーヒーの特徴について教えてください。
生育環境や生育場所の微気候 (訳注 : 地面近くの気層の気候。地表面の状態などの影響を受けた、狭い領域の気象) によっても異なるのですが、伝統的に言ってイエメンのコーヒーはモカの風味が強いです。なにしろ、 「モカ」 という名前は元々、この国の地名ですからね。チョコレートの風味があって、色が濃くて、厚みと甘みを持っています。とはいえ、私の扱っているコーヒーの一つはチョコレートの風味を残しつつもまるでサクランボのようですし、また別のコーヒーはとても口当たりが軽くすっきりしています。つまりイエメンのコーヒーが全体としてはどんなものなのか、本当のところは誰も知らないのです。イエメンのコーヒーの顕著な特徴をひとつだけ挙げることはできません。というのも、純粋な品種というものは今まで誰も手に入れたことがなく、どの品種ひとつとっても何かしら他の地域の品種との交雑を経ているからです。こういうイエメンのコーヒーの多様性や歴史についての話なら、面白いから何時間でも話せますよ。

イエメン系アメリカ人のモフタール・アーハンシャリ氏。イエメンのコーヒー豆を専門に扱うコーヒー会社をカリフォルニアで共同経営している。コーヒー豆を求めて、彼はイエメンの辺鄙な場所にも足を運ぶ。モフタール・アーハンシャリ氏の厚意により、PRIの許可を得て掲載。

イエメン系アメリカ人のモフタール・アーハンシャリ氏。イエメンのコーヒー豆を専門に扱うコーヒー会社をカリフォルニアで共同経営している。コーヒー豆を求めて、彼はイエメンの辺鄙な場所にも足を運ぶ。モフタール・アーハンシャリ氏の厚意により、PRIの許可を得て掲載。

Q : カート (khat) についてはどうお考えですか。イエメンではコーヒーと競合する作物ですが。
カートとは闘っていきたいと思っています。カートはイエメン国内で、興奮薬として消費されています。アメリカなど多くの国では違法薬物とされており最近ではイギリスでも禁止されましたが、他方イエメンを含め多くの場所では合法です。なによりまず、この植物はイエメンでは商品作物でありお金になるのです。カートは年に3,4回の収穫が可能で栽培も容易ということもあり、コーヒーや他の作物が押しやられてしまっています。私の目標は、コーヒーをカートに代わる、より大きな利益を出すものにすることです。現に、すでにハイマという地域では農民たちがカートの木を引き抜いたところにコーヒーを植えています。次の段階として私たちは、この地に苗床をつくって、コーヒーへの転換を希望している農家に無料で苗を配布したいと考えています。

Q : イエメンは隣国のエチオピアとともに、たいへん長いコーヒーの歴史を持っています。しかし現在、私たちがイエメンについて多く耳にするのはコーヒーのことよりも武力衝突のことです。このことをどう思っていますか。また、この状況でどうやって活動しているのでしょうか。

私の一番大きな目的は、イエメンの農家の人たちと世界との間に橋を架けることです。ドローン (小型無人飛行機) や戦争やニュースの大見出しではなく、皆が知っていて大好きなもの、つまりコーヒーによって、イエメンとアメリカとをつなげたい、私はそう願っています。

とはいえ、私たちの計画に情勢の不安定さがついてまわるということは承知していました。でも、こんなにも大変なことになるとは思ってもいませんでした。いまイエメンで起きていることは、たった数か月前とは大きく変わってしまっています。

モフタール・アーハンシャリ氏 (26歳) 、彼の経営するコーヒー会社、モカ・ミルにて。モカ・ミルはオークランドを拠点にしており、イエメンから輸入したコーヒー豆を専門に扱っている。モフタール・アーハンシャリ氏の厚意により、PRIの許可を得て掲載。

モフタール・アーハンシャリ氏 (26歳) 、彼の経営するコーヒー会社、モカ・ミルにて。モカ・ミルはオークランドを拠点にしており、イエメンから輸入したコーヒー豆を専門に扱っている。モフタール・アーハンシャリ氏の厚意により、PRIの許可を得て掲載。

Q : アーハンシャリさんは戦闘状態のイエメンから脱出してきたばかりだそうですね。現地では主要な飛行場は爆撃に遭い、港も存続が危うい状態が続いています。釣り用の小さなボートでモカの小さな港からジプチに逃れたとのことですが、そのときは何を持ち出しましたか。

コーヒー豆のサンプルを、旅行鞄二つにいっぱいに詰め込んで持ってきました。イエメンで最も清浄な、異物をできるだけ取り除き虫害もなくカビも生えていない状態の、焙煎前の生豆です。イエメンの農園の人たちとやってきた一年の仕事の成果です。私は今週開催される、この シアトルの大きなイベント (訳注 :米国スペシャルティコーヒー協会 (SCAA) が主催する世界最大級のコーヒーイベントを指す。2015年は4月9日から12日まで開催) に出品するために、サンプルの豆を持っていく必要がありました。そのため私はコーヒー豆を旅行鞄に詰め込み、また、仲間たちと共に豆を小分けにしてそれぞれ袋に入れ青いシートでぐるぐる巻きにして、運んで来ました。

私たちはイエメンで進めてきたことを続行するつもりです。コーヒー農園の人たちはいまも収穫を続けています。工場は私のコーヒー豆を加工するためにいまも稼働していますし、豆の選別作業も続けられています。私はすべてが通常通り進行しているかのように行動しなければなりません。一か月後には、あるいは一か月半後にはイエメンの港が再開することを、そして私のコーヒーを売り続けられることを願っています。そもそも、立ちはだかっている問題すべてを直視していたら、私はこの計画に到底着手していなかったでしょう。

校正:Masato Kaneko