国民投票でイギリスのEU離脱が決まった、ブレグジットの翌朝、「離脱派」キャンペーンの主導者の一人が重要な問題について国民を誤解させたことを認め、イギリス社会に衝撃を与えた。EUへ支払われているとされた週3億5000万ポンド(訳注:約480億円)の拠出金を、国民保健サービス(NHS) の財源にするか聞かれ、イギリス独立党 (UKIP)のナイジェル・ファラージ前党首は、「あれは間違いだった」と語った。
ITVの番組グッド・モーニング・ブリテンの司会、スザンナ・リード氏とのインタビューで、ファラージ氏は公約を果たすことは保証できないと語った。そして選挙活動ではこの約束の広告を掲げていたにもかかわらず、約束は公式ではなかったと主張してこの問題をかわそうとした。
これに反応して怒った市民やジャーナリストは、バスの側面など目立つ場所に掲げられた選挙広告の写真をツイートし、この嘘を暴いている。
“The £350m was an extrapolation. It was never total.” -Iain Duncan Smith pic.twitter.com/hqAQuXsuLn
— Ciaran Jenkins (@C4Ciaran) June 26, 2016
「3億5000万ポンドは推定だった。そもそも総額ではなかった。」- イアン・ダンカン・スミス(訳注:EU離脱派の政治家)
今回の出来事は、公共サービスとして、政治的発言の更なるファクトチェック(事実確認)を公的機関が行うことの必要性を示唆している。そういったサービスがあれば、有権者が自分たちの日常生活にかかわる事柄について、確かな情報に基づいて理性的に決定することができるようになるだろう。
政治やメディアの情報操作に対抗、世界に広がるファクトチェック
ファクトチェックは通常のジャーナリズム活動の一部のはずだ。情報収集の際、記者はその真偽を検証するべきだ。その後、その原稿をベテラン編集者が入念にチェックし、必要に応じて情報の訂正や修正を行う。
大手の報道機関には、記者や編集者の原稿をダブルチェックする専門の部署を設けているところもある。このようなファクトチェックの形は、1988年製作の映画「再会の街 ブライトライツ・ビッグシティ」で一般大衆に知られるようになった。この映画では、「ニューヨークの大手雑誌社」に勤めるマイケル・J・フォックスが華やかなファクトチェッカーの役を演じている。
1980年代以降の数十年間、世界のほとんどの報道機関は予算がなかったため(もしくは必要だと考えていなかったため)、ファクトチェック専門の部署を設けなかったばかりか、ニュース編集室で反対意見を述べる役割のチェッカーただ一人を雇うことさえしなかった。
しかし、ファクトチェックの必要性がなくなったわけではない。新たなテクノロジーが生み出した新しい形のメディアにより、あらゆる デマを拡散できるようになってしまったため、その必要性はむしろ増している。オンラインで広まる情報のほとんどは、報道機関からのものであったとしても、チェックを通っていない。というのも報道機関が、他人が発信した「クリックに値する」コンテンツを単純にコピー・アンド・ペースト(盗用している場合もある)しているのだ。政治家や、特にポピュリスト(大衆迎合主義者)たちは、大衆を巧みに操作するためにタブロイド紙の経営者と手を組んだり、自らがメディアのオーナーになるなどしてこの新しいメディアを取り巻く状況を利用している。
近年、政治に関わるファクトチェックのニーズに応えようという動きが出てきた。おおまかに二つの流れがある。一つは何年も第一線で活躍し、学問の世界にも入り、自分たちの職業の水準を維持しようと努力するジャーナリストたちだ。もう一つは、新たなテクノロジーを利用して、政府に透明性の確保や説明責任の遂行を余儀なくさせ、民主改革を起こすことで、政治の腐敗に対抗することを目標にする市民社会団体だ。そういった市民活動とメディアの発展が結びついた数多くのプロジェクトが世界中で生まれている。
最近 アルゼンチンのブエノスアイレスで開催された「世界ファクトチェック・サミット」に、40の国々から100人を超えるファクトチェッカーが参加した(#GlobalFact3、6月9-10日)。アメリカの ポインター研究所 (訳注:メディアの専門教育研究機関)により主催され、集まりは同機関の国際ファクトチェック・ネットワークを強化する役目も果たしている。(情報開示:筆者はサミットに、メタモルフォシス基金の代表として出席した。同団体はマケドニアで、「真実メーター」と「 メディアのファクトチェック・サービス」という2つのファクトチェックに関するプロジェクトを運営している。)
ファクトチェックに関わる団体はまず、分析結果を導き出すのに必要な設計図にあたる、方法論を編み出すことから始める。世界ファクトチェック・サミットの重要な議論の一つは、ファクトチェッカーにこれまでにない透明性を持たせ、ファクトチェックという装置に対して読者の信頼を強固にするような共通の規範を作ることについてだった。
次の課題はテレビのファクトチェック
ファクトチェック活動のプライマリー・オーディエンス はオンライン上にいる。マケドニアで実施された調査によれば、ファクトチェックに関するコンテンツのターゲットは、中でも教育水準の高い若者たちであることが示唆された。しかしながら、世界的にこのカテゴリーに分類される人口層は、投票権を持つ市民のごく一部だ。幅広い層の人々に知ってもらうために、ファクトチェックのプロジェクトは他のメディアと連携している。
ファクトチェックのプロジェクトの中には、高齢者層や教育水準が低い層の世論形成にいまだ強い影響力を持つメディア、テレビへと切り込んでいるものもある。スペインのエル・オブヘティーボ やイタリアの ヴィールスなど成功例と言えるテレビ番組もいくつかある。これらの番組は、高品質の番組制作ができれば、ファクトチェックは一般受けする エデュテインメントとなれることを示している。
最も重要なことは、こうした活動の参加者は自分たちの知恵を共有する用意ができていることだ。2016年5月、毎年恒例の ポイント協議会の一環として、サラエボでワークショップが開催された。ここには、各地でファクトチェックの活動に参加している編集者やジャーナリストと共に、演説の内容が正確かどうかをファクトチェックする、ヨーロッパで最も人気のあるテレビ番組のプロデューサーたちも顔を揃えた。 協議会の主催者であるNGO団体のホワイ・ノット(ボスニア版の真実メーターも運営している)が、テレビのファクトチェックにおいて様々な状況があることをまとめた、 オンライン公開の短いドキュメンタリーを制作した。
動画の中で、ポインター研究所の アレクシオス・マンザリス 氏は、最終目標はファクトチェッカーの手助けをすることだと説明している。「ファクトチェッカーがオンラインで行っていることを、テレビ受けするような素材に変換する手助けをしたいと思っています。[中略]つまり、もともと好奇心が強く、真偽の検証に高い関心を持っているのですが、テレビに映らなければ知る機会がないかもしれないという人々にも、ファクトチェックというコンテンツを知ってもらえるよう行動を起こすことが大切なのです」
チャンネル4・ファクトチェックのパトリック・ウォラル氏は以下のように話す。
We need fact-checking for a number of reasons. One, politicians tell lies, unfortunately. They always have and they always will. And people sitting at home often want to check what politicians are telling them, and they don't have the time and resources to do all the hard work. So people like us are supposed to go out and check them. And we know, there's some evidence, that when people in the public life are fact-checked regularly, they become more honest, they become more careful about what they tell the public.
ファクトチェックをする理由は数えきれないほどあります。まずひとつ、残念なことに政治家は嘘をつきます。これまでもそうでしたし、これからも嘘をつきます。家でテレビを見ている人は政治家が嘘を言っているかどうかを確認したいと思っても、それにかかる膨大な作業に費やす時間もリソースも持ち合わせていません。ですから私たちのような者が出向き確認するべきなのです。ファクトチェックを常に受けている公人が、より正直に、より公的な発言に気を付けるようになることは、私たち誰もが知っていますし、またそれを裏付ける証拠もあります。