マリーヌ・ル・ペンが蒸し返すヴェル・ディヴ事件の責任とは?

(原文掲載日は2017年4月17日です。またリンク先には英語とフランス語のページも含まれます)

ドランシーの捕虜収容所で、ユダヤ人の集団を監視する仏警察官(画像はドイツ連邦公文書館の厚意により掲載)CC-BY-SA 3.0

フランス大統領選の戦いも最高潮に達し、いよいよ第1回投票が4月23日、第2回投票が5月7日に行われる。立候補者たちは目下、決選投票へ進める2位までの座を争っている。その2位までに入れそうな4人の候補者とは、政治運動「前進!」の設立者エマニュエル・マクロン、極右政党国民戦線(FN)党首マリーヌ・ル・ペン、左派「不服従のフランス」リーダーのジャン=リュック・メランション、中道右派共和党のフランソワ・フィヨンである。

投票意向に関する世論調査の大半が、第1回投票でトップに躍り出るのはル・ペンだと何か月も示してきた。しかし、現在はマクロンとル・ペンが首位に並んでいる。BBCのこちらの記事を読むと、主要4候補者のうち誰が失速しているかが分かる。

混乱した選挙戦となる中で、ル・ペンは若いライバル候補に対して数々の個人攻撃を行った。その中にはヴェル・ディヴ事件に関するものもあった。第二次世界大戦中、ナチ占領下のフランスにおける暗黒の一幕と言える事件である。

1942年7月、2日間にわたってこの惨劇は繰り広げられた。パリで1万3000人以上の人々が検挙され、その約3分の1は子どもたちだった。検挙された人々は、あちこちのドイツの強制収容所へ送られた。パリにあるショアー記念館の公式サイトには、この恐ろしい事件についての記述がある

Les 16 et 17 juillet 1942, les forces de l'ordre françaises arrêtaient plusieurs milliers de juifs pour les déporter vers les camps d'extermination allemands. l'occupant nazi décide de rafler, en zone nord comme en zone sud, les hommes jusqu'à 60 ans, les femmes jusqu'à 55 ans et les enfants de 2 à 16 ans. Ces opérations, programmées par les nazis, sont menées avec la complicité du gouvernement de Vichy et constituent la plus grande rafle de Juifs organisée sur le territoire français durant la guerre.

Cet épisode connu sous le nom de rafle du Vél'd'Hiv est commémoré à plusieurs occasions, et dans de nombreuses communes de France.

1942年7月16日から17日にかけて、仏警察は、ドイツの絶滅収容所へ追放する目的で数千人のユダヤ人を検挙した。ナチ占領軍は、北部および南部地域から、60歳以下の男性、55歳以下の女性、および2歳から16歳の子どもを対象としたユダヤ人の全てを追放すると決定した。「春の風」作戦と称するこの計画は、ナチスとヴィシー政権との共謀のもとに遂行された。第二次世界大戦下の仏国内において、最大規模のユダヤ人検挙事件である。

俗に「ヴェル・ディヴ事件」と呼ばれるこの出来事に対して、フランスでは様々な地域であらゆる機会に追悼を行っている。

しかし、4月9日の選挙演説でル・ペンは次のように語った

La France n’est pas responsable du Vél’ d’Hiv’. S’il y a des responsables, c’est ceux qui étaient au pouvoir à l’époque, ce n’est pas la France. La France a été malmenée dans les esprits depuis des années. On a appris à nos enfants qu’ils avaient toutes les raisons de la critiquer, de n’en voir les aspects historiques que les plus sombres. Je veux qu’ils soient à nouveau fiers d’être Français.

フランスはヴェル・ディヴ事件の責任を負うべきではありません。誰かが責任を負わねばならないなら、当時権力を握っていた者が負うべきです。それはフランスではありません。長年の間、記憶の中でフランスは不当な扱いを受けてきました。現在この国が子どもたちにしている教育は、自分たちの国を批判していい、歴史は最も暗い部分以外見る必要はない、というものです。私は、子どもたちにフランスに対する誇りを取り戻して欲しいのです。

ル・ペンの発言に対し、「ユダヤ人の離散」を研究する哲学教授のアンドレ・セニクは、フランスのニュースサイトcauseur.frに寄稿し、この50年間ヴェル・ディヴの悲劇がフランスの政治からどのように扱われてきたかを語った

Il n’a pas fallu moins de 50 ans pour que la demande soit explicitement formulée. C’est seulement en 1992, soit cinquante ans après la rafle du Vel’ d’Hiv’, qu’une pétition lancée par  le comité Vel d’Hiv’ 42 et soutenue par 200 personnalités parut dans Le Monde, pour demander au président de la République de reconnaître au nom de la France, que « l’État français de Vichy a été responsable de persécutions et de crimes commis contre les Juifs de France ».

Cette demande émanait de citoyens français juifs et non juifs. Elle ne demandait que la reconnaissance d’une vérité historique dûment établie par les historiens, en particulier depuis les travaux de Robert Paxton en 1972.

Mitterand refusa de répondre à cet appel, en s’appuyant sur le mythe entretenu conjointement par les communistes et les gaullistes selon lequel la France ayant été résistante, et la République ayant été supprimée par le régime de Vichy, ni la France ni la République n’avaient le devoir d’assumer et de condamner les crimes commis par l’État français de Vichy, son chef, son gouvernement et son administration, au nom de la France légale.

この問題が認識されるまでに少なくとも50年が費やされた。ヴェル・ディヴ42委員会が200人の署名を添えて、ル・モンド紙に請願書を掲載したのは、ヴェル・ディヴ事件から50年後の1992年だった。内容は、フランス共和国大統領に「ヴィシー政権のフランス国は、フランスのユダヤ人に対する迫害と犯罪の罪を負う」ことを、フランスの名において認めよと求めるもの。

この請願書には、フランスのユダヤ人もユダヤ人ではない人も同じように名を連ねた。また、この要求は、歴史家が正式に提唱した歴史的真実(ロバート・パクストンの1972年の著作など)の承認を求めているにすぎなかった。

しかし、当時の大統領ミッテランはこの請願への返答を拒否し、共産主義者とド・ゴール主義者が抱いている神話を守った。当時、フランスは抵抗勢力であり、共和国はヴィシー政権に取って代わられたのだから、フランスの名において、フランスにも共和国にも、この事件について非難したり、ましてや責任を負ったりする義務はない。罪を犯したのは、ヴィシー政権下のフランス国であり、当時の指導者、政府、行政である、というのだ。

エッセイストであり、仏リベラシオン紙の記者でもあるカマル・アレフは、こうした認識の問題について、「あっちかこっちかという問題ではない」とブログ「カイロ通信(Courrier du Caire)」で述べている

Les pages sombres de l’histoire, comme on dit, cessent de l’être quand on a le courage de reconnaître ses fautes, ses peurs, ses faiblesses. La France ce sont ceux qui ont résisté. La France ce sont [ceux] qui ont collaboré. La France ce sont ceux qui sont morts dans les camps. La France ce sont ceux qui, 53 ans plus tard, ont reconnu leur faute irréparable.

人々が勇気を持って自らの過ちや恐れ、弱さといったものを認めたとき、歴史の汚点と呼ばれるものは存在しなくなる。フランスは抵抗した。しかし、フランスは協力もしたのだ。収容所で命を落とした人々もフランスだ。つまり、フランスは最大の過ちを認めるのに、53年もかかったということだ。

アレフはさらにこう問いかける。

La consternation est-elle de mise? Quand les représentants d’un parti à l’histoire si nauséabonde se posent subitement comme ceux qui auraient été les remparts contre le nazisme et l’antisémitisme, ne faut-il pas tout simplement se rouler par terre de rire?

On l’aura bien compris: Marine Le Pen essaye de nous faire croire qu’elle est juste Marine Le Pen, et non LE Pen, c’est-à-dire Jean-Marie, ce boulet qui lui casse sa baraque à chaque fois qu’on évoque son nom ou d’autres détails.

Mais on ne rit pas, et on aurait 13000 fois tort de rire quand, de façon cavalière, Marine Le Pen évoque «Le Vel d’Hiv”, sans avoir la décence de prononcer le mot “rafle”, en mémoire des 13000 Juifs, hommes, femmes et enfants qui ont été envoyés à la mort.

しかし、私たちはうろたえるべきなのか? そんな腐敗した歴史を持つ政党の代表が、突如、ナチスや反ユダヤ主義に対する堅牢な防波堤であるかのように振る舞い始めたとき、笑ってはいけないのだろうか?

忘れてならないのは、マリーヌ・ル・ペンは自分のことを単なるマリーヌ・ル・ペンであると思わせようとしているということだ。あの「ペン」ではない、つまり父親のジャン=マリ・ル・ペンとは違う、と。父親の名が出るや、彼女の計画はすっかり狂ってしまう。

けれども、笑ってはならない1万3000の理由がある。マリーヌ・ル・ペンは無神経な方法でヴェル・ディヴの名を持ち出した。そこには礼儀はなく、大人も子どもも死へ追いやられた1万3000人のユダヤ人を追悼する「検挙」という言葉は使われていなかった。

ジャン=マリ・ル・ペンは政策や発言において問題が多く、「共和国の悪魔」と呼ばれていた。ジャン=マリはフランス社会の意見を分裂させた人物である。娘のマリーヌは、2015年に父親を国民戦線から除名したが、自身の政治的キャリアが父親と関連づけられないように神経をとがらせている(といっても、娘の方の政策にも問題はあるのだが)。そんな風に避けていたにもかかわらず、マリーヌ・ル・ペンの言葉はソーシャルメディア上にさまざまな反応を引き起こした。以下にいくつかのツイートを紹介する。

注意:ナチスは大人のユダヤ人を捕まえるよう命じた。仏警察は子どもたちも捕まえた。#veldhiv(ヴェルディヴ)#LePen(ルペン)

父親の幻影。この親にしてこの娘あり。

ヴェル・ディヴの犠牲者は永遠の眠りから呼び戻され、知性にもモラルにも欠けたひどい政治家たちによって選挙戦略の道具にされた。

ル・ペンの説く自由な反ユダヤ論に扇動された何者かによって、ニースのシミエ地区にある墓地でユダヤ人の墓がいくつも破壊されたところを監視カメラがとらえていた。この街は極右政策を熱心に支持していることで知られている。

校正:Masato Kaneko

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