2012年にタナ湖の湖面で外来種のホテイアオイの群生が確認された。その後も繁茂を続け、今では数100平方キロメートルの範囲にまで広がっている。同湖に隣接する湿地帯や牧場でも同様にホテイアオイの繁茂が確認されている。
ドイツの環境NGOで、生態系保護と持続可能性確保の観点からタナ湖一帯の環境にも関心を寄せているドイツ自然保護連盟(NABU) [2] によれば、エチオピア国民の内おおよそ200万人はタナ湖と同湖に隣接する湿地帯や牧場と深く関わった生活しているため、ホテイアオイが増え続けることによりタナ湖周辺地区は大打撃を受けている。特に同湖から生活の糧を得ている漁民や農民それに牧畜関係者が住む東岸地区がこうむっている打撃は深刻である。
タナ湖はエチオピア第2の面積をもつアムハラ州の山岳地帯にあり、約2200平方キロメートルもの広大な面積をもつ同国最大の湖である。ここには生態学や文化、歴史など関心を引きつける魅力がぎっしり詰まっている。
生態学的に見ると、カンムリヅルなどの希少鳥類や絶滅危惧鳥類の生息地であると同時に何種類かの渡り鳥の飛来地となっている。
また、青ナイル川の源流としても知られている。青ナイル川はこの湖に源を発し西方に流下した後、スーダンの首都ハルツームで白ナイル川と合流する。
青ナイル川と白ナイル川は、世界最長級のナイル川の2大支流である。両川が合流した後、ナイル川はさらに大小の河川を合わせつつ北流しエジプトに流入する。それでも、ナイル川の総流量のうち80パーセントは青ナイル川からのものだ。著名な冒険家であり、地球物理学者であるパスクアレ・カスターロ [3]は、タナ湖の偉大さを称えて次のように 述べている [4]。「エジプトの豊かさは、タナ湖の賜物である」
しかし今や、タナ湖はこれまでの偉大さを全く失ってしまった。人口の急増にともない、あらゆるものが必要とされる中で、タナ湖の天然資源は危機に瀕している。
最初、2012年にホテイアオイの花が一面に咲いているのが確認されたとき、その群生域はタナ湖東岸に限られていたものの、浅瀬や岸辺など約200平方キロメートルの範囲に及んでいだ。その後、ホテイアオイは急速に数を増し、湖面の大部分を覆い尽くすほどになった。地元住民が国営メディアに語ったところ [5] によると、エチオピア西方のデンビア郡ではホテイアオイが繁茂を続け、水面の見える範囲は絶え間なく縮小してきたということである。
また専門家は、ホテイアオイが繁茂するスピードは、少雨傾向が認められた2016年の冬期には鈍化したものの、2012年と比べるほぼ倍増しホテイアオイが広がる面積は約400平方キロメートルにまで拡大したと政府系報道機関に述べている。
この外来種の浸食拡大を招いたのはタナ湖周辺の人間活動といえる。2名の学者が共同執筆した論文 [6]では、人口密集地からの生活排水や農業排水といった栄養分に富んだ排水の流入や工場廃水に含まれる物質が浸食拡大の原因と指摘している。ハワッサ湖 [7]やジウエイ湖 [8]などのエチオピア国内のほかの湖 [9]でも同様に、ホテイアオイの拡散が危惧されている。
NABUも加わって生物圏保護に取り組んだ結果、タナ湖は2015年にユネスコ(国連教育科学文化機関)から生物圏保存地域(ユネスコエコパーク)に認定された。また、タナ湖に浮かぶ島々には、エチオピアコプト正教会にまつわる歴史、文化、宗教的価値があることも評価されている。
島々には歴史のある修道院や教会が残っている。これらの史跡は、島内の比較的人目につきにくい場所にあったので保存状態は良好である。タナ湖の水面を埋め尽くすほどにホテイアオイの群生域が拡大してしまうと、タナ湖の近くに住みこの湖から得られる天然資源に頼っている人たちの生活も脅かされるようになるばかりか、これら史跡の保存も危ぶまれるようになる。