インド:村に救急隊ができるまで

(原文掲載日は2017年8月7日)

インドでは救急車が十分に配備されていない。画像はFlickrユーザーのジェニー・マックネスから。CC BY-NC 2.0

この記事はアランクリタ・アナンドによるものである。インドを拠点とし受賞歴もある国際コミュニティメディア組織、ビデオ・ボランティアーズに当初投稿された。編集版はコンテンツシェアの同意のもと、以下に公開されている。

インドでは、救急医療(EMS)が田舎でも都会でも著しく不足している。田舎やへき地においては、安価な救急隊が不足しているために重篤患者が命を危険にさらしている。この記事では、救急隊不足の問題についてビデオ・ボランティアーズの現地記者ビカシュ・バーマンが動画で報じ、その動画の力で近隣の医療施設に救急車を配備することができたいきさつを伝えている。

重篤患者の治療の遅れ

妊産婦が死亡する主な原因は、公立医療施設への到着や診察、適切な治療の遅れだとされている。2015年の持続可能な開発目標における第3項目、ターゲット3.1が求めるのは「2030年までに世界の妊産婦の死亡率を出生10万人あたり70人未満に削減する」ことだが、この目標をインドが確実に達成するためには、こうした遅れに取り組まなければならない。 世界保健機関は、平地で10万人ごとに1台、より人口の少ない地域で7万人ごとに1台の救急車を配備すべきとしているが、全インド医科大学(AIIMS)の研究によれば、ニューデリーでは14万4,736人ごとに1台であることが明らかになった。首都から遠く離れた田舎は、さらに劣悪な状況にある。

西ベンガル地方には、理想台数である913台に対して788台の救急車がある。プルリア県での研究によると、医療施設で亡くなる妊婦は60%以上だが、12%は到着時に死亡宣告されていることがわかった。これは行政による救急隊の不足や効率の悪さによるものだという。クーチ・ビハール県カルパニ村では、救急隊不足のために自宅出産率が高い。リスクの高い妊娠の場合、自宅出産では母子の命が危険にさらされる可能性がある。村は三方をトルサ川に囲まれ、雨期はボートの定期運航がない。プライマリーヘルスセンターもなく、雨期の月には、最寄りの病院でも行くのが困難になる。女性にとっては妊娠中の健康管理サービスを受けることが特に難しくなる。

動画が変化を起こした

2016年12月11日、カルパニ村の住民ミノティ・カルジに陣痛が始まった。救急車を呼ぶため、何度も108に電話したがつながらず、結局大半の村民にとっては大金である700ルピーで一般車両を呼んだ。妊娠中と出産前後の死亡に関するユニセフの研究によると、高額の移動費によって貧しい家庭が健康管理サービスを受けづらくなることが多いという。緊急の場合、一般車両を呼ぶかどうかを決めるために貴重な時間が無駄になり、そのタイムロスが死につながるのだ。

カルジの場合、家族がどうにか間に合うように病院に連れていったが、まだ分娩まで1か月以上あると告げられ、痛みが続いていたにもかかわらず翌朝帰された。カルジはその夜遅く、赤ん坊を出産した。最初の病院にたどり着くため相当の出費をしたにもかかわらず、リスクの高い自宅出産を強いられたことにカルジは怒りを感じた。病院に行くのに別の一般車両を呼ぶだけの手持ちがなかったため、自宅で出産したのである。

ビカシュ・バーマンがこの村における妊娠中の健康管理の問題を取り上げたのは、この出来事の後である。まず最初は2016年12月、救急車の配備不足の問題について動画を通して取り上げることに決めた。

その後6か月かけて、ビカシュとホワイトリボン・アライアンス(WRA)の支援も受けて、村がこの件を進めた。WRA(訳注:途上国の妊産婦を支援するネットワーク)は非営利団体で、カルパニ村での自宅出産率が高い問題にも取り組んでいる。作成された動画は、広く出資者を募るための重要なツールになった。最初は村長が出席したグラム・パンチャーヤト(村議会)で流された。まもなく、村長はカルパニ村出身のコミュニティヘルスワーカーとWRAと協議して、地元出身の国会議員であるパーサ・プラティム・ロイにこの問題を持ちかけることにした。パーサはグラム・パンチャーヤト(村議会)に申請書の提出を求め、その申請書は2月に提出された。3月までに年中無休の救急車が導入され、2017年6月2日にいよいよサービスが開始した。車の購入と登録に時間がかかったとビカシュは言うが、サービスを利用できるようになったことでカルパニ村の住民はとても安心している。カルジはいつでも妊娠と育児のケアを受けられることを大いに歓迎している。

カルパニ村の話は、コミュニティがどのようにして市民社会や前向きな国の支援を得て、最奥のへき地であっても妊娠中の健康管理サービスを確保できるかという例である。カルパニ村の場合は政府当局が動いた。一方、地域によっては、国からの支援がなくてもいかにコミュニティや組織が別の手段を思いつくかを見ることができる。チャッティースガル州ビラースプルでは、ジャン・スワスティヤ・サハヨグ(JSS)が1キロメートルあたり40パイサ(1セント)で村とヘルスセンターを結ぶバスを運行している。官民協力のモデル事業は、他にもいくつかの州で見られる。ディーパック基金はグジャラート州政府と協力し、バローダの妊婦向けに救急隊を派遣している。公的救急サービスに代わる対策は、実践的なものから衝撃的なものまで幅広い。マハーラーシュトラ州ナンドゥルバル県では、住民が手当てを要する人を運ぶため、この上なく原始的な方法を編み出した。『救急竹』、すなわち竹製ストレッチャーだ。遠隔地ではこの種の発明が広まるものの、それがあるからといって公的サービスが不要ということにはならない。

カルパニ村に専用の救急隊がある現状にミノティは安心している。YouTubeのスクリーンショット。

さらに、救急車の利用は問題のひとつに過ぎない。上記の動画でビカシュが報じているように、村には民間の診療所がなく、川には住民が町へ行くための橋がない。カルジはなんとか自力で病院にたどり着いたが、その時のことにしても、手抜き医療のいい例だ。彼女は陣痛を起こしているのだとコミュニティヘルスワーカーたちが主張したにもかかわらず、医者は彼女を追いやり、尋ねた。「医者は私か、あなたか?」明らかに医療倫理に違反していることはここではっきりしている。貧しいへき地から来た患者を医者がどのように扱おうが、それに対してなすすべはないのだとビカシュは言う。

世界保健機関によると、インドでは出産の合併症で毎時5人の女性が亡くなっており、その大半は防げるものだという。カルパニ村の例は最初のサクセスストーリーだが、妊娠中の健康管理にはさまざまな側面から注意を払わなければならない。政府の妊産婦死亡割合削減プログラム「ヤナニ・スラクシャ・ヨジナ」は、「救急隊は妊婦の電話を受けてから30分以内に到着すること」とうたっている。これは最初の一歩にすぎず、もし病院に必要な設備がなかったり、患者のニーズが無視されたりすれば、無駄なものに終わってしまう。

ビデオ・ボランティアーズは、インドでもっとも貧しくメディアの目の届かない地域から幅広く取材することに特化した、インド唯一の報道ネットワークを運営している。
校正:Yuko Aoyagi

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