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カリフォルニア環境新法で「不平等」は解消されるか

カテゴリー: アメリカ, 健康, 市民メディア, 環境
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ロサンゼルス・ウィルミントン地区の製油所群。写真:クリス・リチャード CC2.0

この記事はクリス・リチャード [2]の執筆によるもので、国際的な環境問題解決の取り組みに焦点を当てた雑誌、 「エンシア・ドットコム」  [3]に 原文が掲載 [1]されました。コンテンツ共有合意の一環として、グローバル・ボイスにて再掲載しています。(グローバル・ボイス英語版の掲載は2017年5月11日)リンク先には英語やリンク切れも含まれます。

1年でもっとも申し分ない季節のはずだった。

暖かい風とともに、南カリフォルニアはゆっくりと春の訪れを迎えていた。芝生は茶色から鮮やかな緑色へ転じていた。冬にはくすんで堅い表情を見せる空も、今は柔らかなブルーに変わっていた。

ロサンゼルスのウィルミントン地区にあるジョン・メンデズ球場ではバッティング練習の音が響き渡っていた。近くには子どもたちを青い芝生の上で走らせたり、遊ばせたりしている人々がいた。

だが、こんな日でもカリフォルニア的牧歌風景と呼ぶには何かが足りなかった。

球場の外野フェンスの向こうには石油掘削装置が鎮座していた。その姿はぼんやりどころかはっきりとしている。装置は巨大な姿でガスを吹き上げていた。瞬く間にポンプが動き、油で汚れた空気が吹き出す。これがこの装置の仕事なのだ。時々刻々、毎日毎日、毎年毎年、去年も今もガスをはきだし続けている。

春風は臭かった。

「あの装置のことを考えない日はない」とエステバン・エスケーダは言う。彼は地元シェットランドリーグ所属の5、6歳児少年野球チーム、カブスのコーチを務めている。

ウィルミントンは米国最大の稼働量を誇る港に隣接するブルーカラーの街である。 街には4つの製油所があり、住宅のすぐそばに油井や貯蔵タンクが点在している。

「あの臭いを嗅ぐたび、思い浮かぶのは健康を損なう住民のことだ」エスケーダは言う。

サンドラ・セプルベーダも同様の不安を抱えている。ウィルミントンに10年以上住み、2人の幼い息子を持つサンドラは言う。「私たち、この空気を毎日吸っているんですよ。いったい体にどんな影響があるの?誰が分かるというのかしら」

カリフォルニア州議会は、大気排出物質と地球気候変動に関する国家政策を先頭に立って進めようと提議している。これを受け環境活動家たちは、もっと生活者に寄り添ってサンドラの疑問に答えてほしいと求めている。

2016年9月、ジェリー・ブラウン知事が州上院法案第32号 [4](SB32法、カリフォルニア州新地球温暖化対策法)に署名し、州内の温室効果ガス排出量を2030年までに1990年比40パーセント削減することが義務付けられた。

すでにカリフォルニア州では2006年の州下院法案第32号 [5](AB32法、カリフォルニア州地球温暖化対策法)の通過により、炭素排出量の規制が実施されている。この歴史的立法では、州内の炭素排出量を2020年までに1990年レベルに削減することが義務付けられている。

AB32法によって新たな規定や環境政策が次々と誕生した。カリフォルニアにおける キャップ・アンド・トレード [6] 工業炭素排出規制法や、 太陽光システム [7] の導入および 電気自動車・燃料電池自動車 [8] の購入に伴うリベート(払戻金)制度などである。

専門家によれば、今回の州新地球温暖化対策法(SB32法)では更に徹底した変化が求められるという。「産業界は凄まじいほどの力づくで努力を強いられるでしょう」ジム・スウィーニー(スタンフォード大学プリコート・エネルギー効率センター [9]長)は語る。「おまけに家の改修や車の買い換えといった私事に立ち入る規則を課さなければならなくなる。誰がその費用を全部負担するのでしょうか?労働者はいったいどのように資金繰りをするというのでしょうか?」

また、カリフォルニア州が推進する気候変動対策にどう対応していくのかと、エスケーダやセプルベーダのような人々は次第に疑問を持ち始めている。 今までは、温室効果ガス削減を目指す法規制が、マイノリティーを主とした低所得コミュニティにも利益をもたらすとうまく主張してきたカリフォルニアの環境活動家たち [10]もいる。法規制によって最悪の大気汚染地域で呼吸器系の病気が減るという理由からだ。歴史的に見ると、カリフォルニアの活動家たちはより厳しい環境規制を支持してきた。だがエスケーダたちは、カリフォルニア州が地球温暖化減速のために行ってきた取組みを今でも歓迎しつつ、よりいっそうの環境改善を見たいのだ。自分が住んでいる地域でもっともっと実感したいのだ。そして厳しさを増す温室効果ガス規制に対応できるような、地域の人々の手に届くような取組みをもっと求めているのだ。

二次汚染を食い止めよ

カリフォルニア州の温室効果ガス排出削減への取り組みの核となるのは、州独自のキャップ・アンド・トレード制度だ。「キャップ」とは、特定業種による温室効果ガスの州全体での排出量に制限を課すことであり、徐々に厳格化が進んでいる。州の制限値を達成するため、企業には3つの選択肢が与えられる。1)排出量を削減する、2)アローワンス(割り当て量)を購入 [11]し、引き続き温室効果ガスを排出する。3)オフセット(相殺) [12]を取得することで、特定の地域での大量排出を、他の地域での排出削減で埋め合わせとする。

しかしながら3つ目のオフセット制度については、州内で環境上有益となることは求められていない。(訳注 この記事は2017年5月の執筆)

南カリフォルニア大学の研究結果 [13]によれば、2013年初めにキャップ・アンド・トレード制度が始まって最初の2年間で、オフセット制度の4分の3以上は州外の取組みに使われた。一方で温室効果ガス排出継続の権利を購入した工場では、それに比例した量の「二次汚染物質」を排出している。実際、研究結果を見るとキャップ・アンド・トレード制度実施後最初の数年間で、工業地区周辺のコミュニティで排出量は増加していた。

カリフォルニア州の法律では、アローワンス売却で得た収益は、必ず温室効果ガス排出削減のためのプログラムに使わなければならない [14]。2012年、州上院法案535号(SB535) [15]が成立し、収益の4分の1が「受難のコミュニティ」の環境保全に有益な取り組みへの助成金と定められた。2016年の法改正(州下院法案1550号、AB1550 [16])ではいっそう強化され、売却資金の25%を当該コミュニティ内で使うことが義務づけられた。

州ではコンピューター分析ツール [17]を用いて、カリフォルニア州全域の国勢統計区ごとに環境・健康・人口統計・社会経済のデータを評価し、この制度の対象となる地区を指定している。資金は、もっとも被害の大きな地域のプロジェクトに充てるとされている。だがその配分には一部で疑問の声も上がっている。

州下院議員のクリスティーナ・ガルシアは話す。「我が地区でも一部で州最悪の汚染が見られます。しかしキャップ・アンド・トレード制度からは、問題解決のために最低レベルの金額しか受け取っていないのです。こんなことを続けていてはだめです」

ガルシア議員は州下院天然資源委員会の議長である。州内重度汚染地区出身者から成る新議員連合のリーダーでもあり、環境正義 [18]を支持して、補助金をもっと拡大させようとしている。

2017年4月末、州下院法案378号(AB378) [19]が天然資源委員会の審議を通過した。この法案では、州のキャップ・アンド・トレード制度の一部として正式に大気汚染規制が含まれている。そして州大気資源局に対し工場ごとの大気汚染の制限実施を求めることになる。

州上院議長代行、ケビン・デ・レオンはこう語る。「我々はずっと大きな懸念を抱いていました。二次汚染物質の矛先を過剰に向けられている地区へ、キャップ・アンド・トレード制度の収益は果たして投資されているのだろうかと。この制度を拡大していく際に非常に重要なのは、有害排出物との闘いに必要な資金が該当地区に投入されることです」

デ・レオンやガルシアの例のように、議員が州新地球温暖化対策法(SB32)について議論するにあたり、この論争へ言及する事例は増えている。ジェリー・ブラウン州知事は、州の目標達成のためにキャップ・アンド・トレード制度の継続は不可欠であると明言している。一方で課税制限を求める活動家団体は、この制度は憲法違反だと主張している。州議会は当初、制度を単純多数決により通過させたが、本来課税のためには過半数の賛成が必要なはずだというのだ。しかし先だって州控訴裁判所は この主張をしりぞけ [20]、「オフセット購入や特別排出権(アローワンス)購入は任意であり、したがってキャップ・アンド・トレード制度は税金にはあたらない」と述べた。知事は今後の更なる困難を予期し、この制度拡大の承認を得るために州議会の3分の2の票数獲得を目指している。

このような過半数獲得は非常に難しいものだ。重度汚染地区選出議員らは、選挙区の有権者にとって有益な制度を推進するために、その票を切り札として利用しているのだ。

「カリフォルニア州の気候変動関連法は、『トリクルダウン [21]環境政策』と呼ばれてきました」そう話すのは、2016年に 新法 [22]通過を勝ち取ったエドゥアルド・ガルシア州下院議員である。この新法では、州の新温室効果ガス規制を新たに州議員の監視の元に置くことになった。そして単に州全体の排出削減を目指すというより、工業施設周辺の汚染をもっと重要視するよう求めている。

「かつては、環境への恩恵が実際に『トリクルダウン』したかもしれません。しかし充分には行き渡りませんでした。我々はいわば逆トリクルダウンを実施して、州の住民がみんな恩恵に与れるようにするのです」

エコカーを全ての人に

環境政策が全員に確実に届くよう、住民は活動している。州の環境政策への参加拡大もその選択肢の1つである。2014年、デ・レオン議員の主導によって新法 [23]が通過した。この法律では州の規制当局に対し、低所得者コミュニティでもっとクリーンな交通機関を利用できるような制度創設を規定している。 また、2025年までに150万台の電気自動車または水素自動車の利用実現 [24]目指している [25]

デ・レオンは語る。「炭素排出は地球規模の問題であり、これを本当に削減するつもりなら、労働者世帯でもこんな自動車にきちんと手が届くようにしなければならないのです」

この法律の試験的運用 [26]が行われているのが、カリフォルニアを拠点とするコミュニティ住宅開発公社(CHDC)、「リッチモンド」である。CHDCでは、州内北部6地区の低所得者に向けて中古のハイブリッド自動車、電気自動車、燃料電池自動車の取得費用の助成拡大を行っている。CHDCのプログラム責任者、ビビアン・ラーワンジは、州全体へのサービス拡大に取り組んでいる。

これとよく似た動きとして、環境NPO団体バレー・クリーン・エア・ナウ [27]の活動がある。カリフォルニア州サン・ホアキン・バレー地域の低所得者層を対象に、キャップ・アンド・トレード制度の収益を自動車下取り用のファンドとするものだ。理事長のトム・ノックスによると、メンテナンスに費用がかかる旧式のガソリン自動車やディーゼル自動車から、もっと新式で信頼性の高い中古の電気自動車へ買い替える顧客をコンスタントに世話しているという。

こんな買い替えは全米で起こっているはずだ、とノックスは言う。

州内のリベラルな地域をひとつ引き合いに出し、彼はこう話す。「我々はサンタモニカ沿岸のようなタイプと取引している訳ではないのです」彼が言うにはそんなリベラル派の孤島よりも、例えばカンザス州などのもっと保守的な地域の方が、サン・ホアキン・バレーの文化や経済に比較的近いという。

「このサン・ホアキン・バレーが他と違う点は、キャップ・アンド・トレード制度があり、それが全米的に議論の的になってきたことです。しかし資金源が何であろうと、このような自主的な奨励プログラムの資金を持つことは非常に効果的であると言えるでしょう」

バーラム・ファゼリはロサンゼルスでNPO団体「環境向上コミュニティ(Communities for a Better Environment [28])」の政策研究所長を務める。彼はこのようなプログラムの劇的な拡大を求めている。

ファゼリは話す。「確かに今日のサクラメント市では、電気自動車の推進政策にかかる法律を知らない人はいないようです。とはいえ増加数はまだ緩やかであり、我々は政策を柔軟に運用していかなければなりません。特にロサンゼルス南部ではそうです。2030年目標に届こうとするならば、従来通りのやり方では不可能です」

エイミー・バンダーワーカーは活動家団体「カリフォルニア環境正義連合(California Environmental Justice Alliance [29])」の共同責任者だ。彼女はそのような柔軟なメッセージをもっと幅広い聴衆に届けたいと思っている。彼女の話を聞こう。「私たちが心から願っているのは、特に連邦政府に関連しては今日の気候問題対策の実態を明らかにすることなんです。そしてカリフォルニアや全米に対しては、環境正義と平等性を中心に据えた政策です。そうすれば、この州は先頭に立ち続けることができます」

新しい風を感じて

アイコ・シェーファーはフロント・アンド・センタード [30](ワシントン州を拠点に活動する環境・経済正義団体の連合)のコーディネーターだ。彼女たちはカリフォルニア州の例に触発されて、炭素税法 [31]を支援することになったと話す。また彼女の話では、その法律は明らかに汚染被害がひどい地域に直接、経済支援を行うことを規定している。

「カーボン収入を汚染比率の高いコミュニティに再投資するという、カリフォルニアモデルのこのアイディアは、紆余曲折を経て今では全米各州で政策に取り入れられていることがわかります」シェーファーは話す。

レーフ・アンダーソンは、ウィルミントン地区の隣町、サンペドロ市の住民である。彼は先ごろ、拡張計画が発表された製油所の近くで行われた気候マーチ [32]というデモに参加した。アンダーソンは、汚染対策は汚染元の会社にさせる以外、筋が通る道はないんじゃないかという。

彼の話はこうだ。「この町に住んでごらんよ。たとえば朝起きて外へ出ると車にはすごいススが積もっているんだ。おまけにあんたはそのススを吸っているんだよ」話は続く。「この汚染の元凶たちに、『みなさんがこの地球を台無しにしていく様子を多少は注視していきましょう。でも全部見張るわけではありません』なんてなぜ言えるのか。僕には想像もつかないね」

そこから数ブロック向こう、あの石油掘削装置がぼんやりと見えるウィルミントンの野球場の近くで、サンドラ・セプルベーダは風の臭いを感じていた。とある土曜日のことだ。いつもはハリー・ブリッジ通りで数珠つなぎになっている輸送トラックも、週末のため今ではもうまばらになっていた。

その日は渋滞もなかった。排気ガスの臭いはしない。すがすがしい風が、油井からやってくる悪臭を吹き飛ばしていた。

潮の香りがする。気持ちのよい香りだ。

環境政策と社会正義の新しい融合を進めてきた人々。彼らの望みは風向きまかせの新しい空気よりも、環境の完全破壊を止めること、それが恒久的に続き、自分たちのコミュニティへ変革をもたらすことである。  

クリス・リチャード [2]はロサンゼルスを拠点とするフリーのジャーナリスト。刑事司法、健康、環境の分野で執筆を行う。ザ・カリフォルニア・レポート、ザ・カリフォルニア・ヘルス・レポート、グリスト、ザ・クリスチャン・サイエンス・モニターに掲載歴がある。

校正:Yasuhisa Miyata [33]