パラグアイの首都開発 排除される住民たち

(訳注 この記事は2017年11月に原文が掲載され、記事の内容は当時の状況を反映している。)

アスンシオン市では、中流世帯が住宅エリアから去り、最貧困層が川岸に住み着く現象が起きている。
(写真:フアンナ・バレート。使用許可済み)

パラグアイの首都かつ最大の都市、アスンシオン市では、ここ数年で大規模開発が進む中で、弱い立場の住民たちが犠牲になっている。次の話はフリオ・ベネガスの執筆で、変化に直面する彼らの不屈の力、団結の力に焦点を当てたものである。原文は『カルチュラル』に2017年11月13日に掲載。許可を得てグローバル・ボイスに再掲載している。

「開発者にとって、私たちはこの街にいらない存在なのです。彼らはアスンシオンを別物に造り替えようとしています。そして貧困層が視界に入らない街を造ろうとしているのです」冷静で、油断のない口調でミルタ・チャベスはそう語る。あたかも、何度も考え抜いてまとめ上げた考えを吐露するような口調だった。パラグアイの首都アスンシオン市のサン・ホルヘ地区で、ミルタは成り行きで議長役を務めている。木やレンガ、トタン造の家々の並ぶこの平たい路地では誰しもミルタを議長と呼ぶから、公式な任命はいらないのだ。「私はここの住民のために最大限を尽くします。政治家とは妥協も交渉事も一切しません」自らの役割をミルタは誇らしげに語る。

アルティーガス通りからパラグアイ川岸に広がるこの地区では、工場、食肉加工と販売、リサイクル収集や家庭内の重労働に従事する人々が暮らしている。その中でも比較的収入の多い人々は強固な地面の上に住む。収入が少ないか、ほぼ無収入の人々は脆弱な地面の上に住み、そのほぼ全員がアルミ、ペットボトル、缶の収集で生計を立てている人々だ。川に近づくほどに貧困の度合いが増すのである。

ミルタは湿地帯の縁に住んでいる。湿地帯とは地理用語でいえば、つまるところアスシオン市内の「洪水時浸水想定区域」である。ここに居住する人たちは水道、電気、道路、学校など、自分たちの生活に必要な施設を自らの力で造ってきた。

2012年の国勢調査によれば、アスンシオン市の5人に1人が北部および南部の湿地帯に住んでいる。1980年代から1990年代にかけ、地方から都市へ移住した者の多くが南部の湿地帯に住み着いた。北部の湿地帯ではこういった現象は起こっていない。この湿地帯にはリカルド・ブルガダ(チャカリータとも呼ばれる)という古くからの街区がある。ここにはかなり以前から人が住み着いている。20世紀始めに、比較的地盤が高く堅固な地域に食肉加工産業、工場、港湾、そして今日では廃止された駅やバスターミナルで働く人々が住み始めたのだ。

ミルタは35歳。親兄弟と同じく、この湿地帯北部との境界地区に、生まれてこのかたずっと暮らしている。

2014年から2015年にかけてパラグアイ川はたびたび氾濫を起こし、該当エリアの全住民は自宅から立ち退くこととなった。これらの氾濫の結果、数ヶ月のうちにおよそ2万世帯が移動を余儀なくされ、国は救援のため2000万ドル(訳注 約22億円)を費やした。これは、コスタネラ高速道路の第一区間の建設費と同額である

だがその中で新しく登場したものもある。その一つが、ミルタが皆のヒーローとして頭角を現したことだ。ミルタは住民をまとめあげ、金属シート、クギ、大鍋、非常用キットを捜し出した。高台から来た住民たちが臨時キャンプの場所について異を唱えると、ミルタは話し合いの場を設けて対処し、広報役としての立場も確立した。

インフラ事業で閉じこめられた地区

表に現れていない目下の脅威は、砂と石とタールマック舗装である。つまりコスタネラ・ノルテ事業に伴う脅威である。この事業はホラシオ・カルテス政権が打ち出したアスンシオン市の最重要プロジェクトのひとつで、アスシオン市の中心部とルケ市およびマリアノ・ロケ・アロンソ市の間に高速道路建設し各都市を互いに結びつけようとする事業である。この事業によりアスンシオン市中心部における手のつけようのない交通渋滞が緩和されると見込まれている。この高速道路の建設工事により、すでに巨大な壁が築造され、湿地帯北部の住民は閉じこめられた状態となっている。

壁の建設が完了すれば、今後はパラグアイ川から水が流入しなくなるだろう。だが雨水の排出先もなくなるだろう。結果として、住民たちは、ある種の巨大なダム、人造池の横に住むこととなる。まだ、だれも経験していないが、そのようなところに住めばどのようなことが起こるかは想像に難くない。

住民たちは組織を作り、政府主導プロジェクトに対する代替案「コースタル・ディフェンス」を作成した。この案は技術者リカルド・カネセ、工業技術者メルセデス・カネセの設計で、運河システムと揚水ポンプを用い、壁の下に埋設したパイプを通して水を川へ戻すものだ。これで彼らの居住地が水浸しになるのを避けられる。 住民たちにとっては、自分たちの住む場所から川が見えなくなり、また、川へ直接行き来することもできなくなるが、この地区は何も損なわれず、場所を移る必要もなくなるだろう。

2014年9月、アスンシオン市当局が、湿地帯内に工業団地を建設する計画案を作成しているさなか、何千人もの住民が市庁舎入口を封鎖した。彼らを待ち受けていたものは暴力による鎮圧だった。ミルタは背中など複数を殴られその場を立ち去った。「こんなことをしていたら、君はいつか撃たれるんじゃないか。僕は怖いよ」夫のアルナルド・ペナヨはミルタに言った。

湿地帯北部では、低所得者ほど川の近くに住む。多くはアルミ、ペットボトル、缶の収集に関わる者である。(写真:ファン・カルロス・メサ。使用許可済み)

街中のわずかな酸素を守る取り組み

過ごしにくい日々が続く時期の、とある日曜日のことだ。朝は寒かったが午後には気温が上がり、今にも降り出しそうな重々しい雲が垂れ込めている。映画製作を手がける41歳のレティシア・ガレアーノは、庭用肥料と小さいシャベルを運んでいた。パベティ公園で庭仕事をするのだ。日光が差し込むと庭園のグリーンは鮮やかに映える。色とりどりに並ぶボトルたちがそれを支えていた。

公園入口には「抗議テント」があり、しわしわのパラグアイ国旗が棒に結びつけられている。北東部辺境の入植地と同じだ。ここトリニダド地区に古くから住む人々も、公園内にわずかに残されたエリアの保存を求めている。

園内にはチャコ地域の茶色の土から東方地域の燃えるような赤い土へ変化していくエリアがあり、高い木々に覆われていたが、現在はたった一カ所しかその木々は残されていない。大部分が切り倒されて「ジェイド・パーク」建設予定地へ向かう道路の建設にスペースをあてられた。「ジェイド・パーク」は、セメントとガラスで造られ3棟のタワービルから成る豪華プロジェクトである。この建物は「都市に住み、自然を呼吸する」と銘打って宣伝されている。建設会社はジメネス・ガオナ・アンド・リマ社、所有者は公共事業省の大臣の身内だ。先述の、ミルタの地区を閉じこめようとしているコスタネラ・ノルテ高速道路も同省の事業である。

「ジェイド・パーク」の建設は米国のフォーチュン国際グループによる大々的な試みで、バルコス・アンド・ロダドス社、ティエラ・ブエナ社(オラシオ・カルテスパラグアイ大統領と関わりのあるカルテス・グループ傘下)等が同社の強力な株主となっている。投資グループのCEO、ギレルモ・ペトリの話によれば、「ジェイド・パーク」はアスンシオン市の下町の中にあって3棟のタワーから成り、およそ9200万ドル(訳注 約104億円)の投資額を象徴するものだという。

トリニダド地区の古い一角は、田舎家や小規模保護区の並ぶ貧しい街区で、目下、住宅需要の高まりによる悪影響を受けている。周辺の街区は燃料庫とみまごうばかりの堅固な邸宅や高級マンションで埋め尽くされ、ごく少数の恵まれない低所得者の家々だけがこの街区に孤立し取り残されているのだ。

立ち退き抵抗の記憶

湿地帯の人々にとって、大家族同士が近くで生活すること、基本的人権を求めてコミュニティで協力し合うことこそ、物事の根本だ。(写真:フアンナ・バレート。使用許可済み)

アナ・ガレアーノは、アスンシオン市の元中流階級・下位中流階級に起きていることを次のように説明する。「中流階級はいま、市内から排除されてきています。そして支援の必要な世帯が川岸に住み着き始めているのです。」

アナの訴えによれば、弱者たちの人口は3倍に増加し、同じ割合で中流階級は他の自治体へ追い出されているという。「こういった現象の起こった理由の一つは、開発区域内に住むための秩序を順守できないこと。 もう一つの理由は市内に住むことによる生活費(固定資産税、光熱水道費、公共交通費など)の増加です。」

トリニダド地区で今起きていることは、規模の相違はあるが、他の場所で既に起こっている。例えば、ラス・メルセデス地区、バリオ・ハラ地区、ビヤ・モラ地区などの例がある。旧低所得者層居住区は、電流柵や高い壁の並ぶ道路、そして寂れた路地へと変わってしまったのだ。

校正:Masato Kaneko

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