9月26日水曜日、インド最高裁判所は、議論の的となっている固有識別構想すなわちアドハー制度を支持する判断を下した。
インドの司法裁判所の歴史上で2番目に長い審理の後、5人の裁判官は1448ページの判決を言い渡した。アドハー構想に対する最初の法的な異議申し立てが出されてから7年以上後だった。
First read of the majority #AadharVerdict is scary. The end of mandatory linking to bank accounts & mobile phones, sure. But no remedy for possible wilful exclusions from welfare. Worse, the "surveillance state" issue is only addressed by saying "make a stronger law against it".
— VISHAL DADLANI (@VishalDadlani) September 26, 2018
アドハーに関する評決文の大部分は最初に読むとゾッとする。もちろん、生活に必須な銀行口座や携帯電話とのつながりは断たれてしまう。それなのに、この政策によって国民が意図的に福祉から切り離される可能性に関して、対策は何もなされていない。さらに悪いことに、「監視国家」問題に関しては、「国家の監視に対してはより強い規制を法制化する」という文言だけで片付けられている。
アドハー制度は、プライバシー観点で以前の法的異義申し立て内で言及された。2017年7月、最高裁判所の9人の裁判官が、インド国民のプライバシーを保護する権利を満場一致で支持した。しかし、この判決はアドハーに影響を及ぼさなかった。
アドハー関連の論争
2009年に最初に開始されたアドハー制度は、人口統計学的情報や生体情報といった国民の様々な属性に関連付けられた固有のID番号を各人に付与して、そのID番号を集中データベース内に保存する。 理論上、社会および政府のサービスを担うホストコンピューターへ国民がアクセスしようとしたとき、ID番号は各人の身元確認をする助けとなる。
しかし、アドハー制度は、 不適切な情報管理と機械の誤作動の問題がある。結果として、人々が国家の保証する福利厚生の恩恵を得られなくなることや、国民データの流出や、政府による国民の監視が可能となるという問題が生じている。
アドハー制度の欠陥による新たな衝撃的な事例が2017年に発生した。11歳の少女の餓死である。彼女はアドハー番号を持っていなかったために、法的に認められた食糧補助金の利用を拒否された。配給品取扱店はアドハー制度を順守しようとしているが、国民は(アドハー制度の欠陥のために)、多くの配給品取り扱い店で食料補助金を利用することができないことがこの実例で明らかになった。
Aadhaar has led to large scale exclusion of the poorest and most marginalised from state welfare programs. 11 yr old Santoshi died of starvation in Jharkhand exactly one year ago when her ration was stopped because her ration card was not linked to #Aadhaar. 4/4 #BhookhKiBaat pic.twitter.com/CiXuUXnLjc
— Anjali Bhardwaj (@AnjaliB_) September 28, 2018
アドハー制度は、最貧困層の大規模な排斥をもたらし、国の福祉プログラムからほとんど置き去りにしています。11才のSantoshiちゃんは、ちょうど1年前、彼女の配給カードがアドハーに結びついておらず、配給が止められたことで、ジャールカンド州で飢餓で亡くなりました。
最高裁判所の判決は、政府の補助金制度や福祉政策の実施に当たり生体認証の使用を認めるとする2016年のアドハー法の条文を支持するものだった。しかし、同判決は、これまで暗黙の裡に認めらていたアドハー制度の幾つかの条件を排除し、「何人も補助金から受ける利益をアドハーカードの不備により拒否されてはならない」と言明している。
また、最高裁判所は、民間の銀行や通信業者によるアドハー制度の利用を制限する判決を下したが、アドハー法が制定される前の2009年から2016年の間に民間企業が行った国民データの違法収集を含め、民間企業が犯したアドハー法違反に対して過去にさかのぼって処罰することはしなかった。
今回の判決に関しては、個人のプライバシーおよび金融包摂への連携を巡って、専門家、政治団体、そして国民がこぞって議論しているが、なお混乱が残っているといえる。
ラーフル・マッターン氏はMint紙に書いた。
民間企業に生体および人口統計学的情報を利用することを認めれば、民間企業は商業利用のためにこの情報を自由に使えるようになると、最高裁判所は考えています。それで、最高裁判所は、法人や個人が個人認証を求めることを可能とする第57条の一部を違憲とする判決を下しました。この判決文が実際にどのような意味なのかについては、かなり曖昧です。何れの民間団体も認証基盤を使用できないと言いたいのでしょうか。そうだとすると、この度の最高裁の解釈は、補助金その他の政府給付金を配布する目的でアドハー制度を利用することは可能と全面的に支持した他の判決とどのように整合を図るのでしょうか。
ビジネス・スタンダード紙の記事は、Reliance Jio(訳注:インドのモバイルネットワーク企業)などの企業が、アドハー制度の支援を受けた電子顧客確認モジュール(e-KYC module)や将来への期待感のおかげで顧客を獲得できるようになった経緯を明らかにしている。
「この判決は私たちに影響を及ぼしていませんが、私たちは金融テクノロジー企業にとって後退的だと考えています。いずれは、従来の個人認証モードに移り、それによってローンを処理するため所要時間が相当に増加するからです。」 ピアツーピア 融資企業のLenDenClubの共同創設者でありCEOでもあるBhavin Patel氏は言った。
ザヒンズー紙の社説は、社会の最貧層向けの公共配給制度の抜け穴を取り除くことで、新しい判決がどのようにアドハー法案を原形にもどしたかを明らかにしている。
最高裁判所は、アドハー制度の憲法上の妥当性を擁護するとともにアドハー制度を強制できる範囲を明確にすることで、助成金計画における漏えいの防止やより良い福祉給付制度を目指すといったアドハー制度の当初の目論見を修復した。年を重ねるにつれ、アドハー制度は、より多くの手続きをする際に必要となる基礎的な身分証明書の形を整えて、庶民の生活のなかで福祉給付金交付申請時に使うといった目的以上の意味をもつようになった。なお、手続きの例としては、出生・死亡届、SIMカード取得手続、入学許可手続、不動産登記手続や車購入手続などがある。
アドハー判決(#AadhaarVerdict):長所、短所、汚点
今後数年間にわたって、多くの法律学者や社会科学者が、市民の自由や社会経済問題に対して広範囲に影響を及ぼすこととなるこの意義深い判決について詳しく調べる見込みだ。
大半の裁判官は、民間企業によるアドハー制度の使用を許可する法律条項を無効とする判決を下した。また同時に、恣意的な「国家安全保障上の例外」といった理由により、国家がアドハー制度を使用することを抑制する、との判決を下した。しかしながら、各裁判官は、個人情報の分析が市民の自由をむしばむことと監視が違憲であることに同意しているにもかかわらず、アドハー制度では個人情報の分析や監視のどちらも起こり得ないとの結論を出している。
アドハー制度は以前から、政府の助成金や他の福祉サービスをより容易に国民に届けることができる仕組の構築を目指していた。それ自体は、社会経済的権利を目指すものではなかった。しかし、司法がアドハー制度を支持するということは、すなわち公益性を認知する代わりに個人のプライバシーを損なうということである。その欠点を認めているにもかかわらず、裁判官はこの制度を違憲と断言するのに十分な理由を見出していない。
5人の裁判官のうち4人がアドハー計画の合憲性を支持したが、Chandrachud裁判官ただ1人の反対により合憲性に対する重大な懸念が惹起された。
Chandrachud裁判官は、この計画は「憲法上のペテン」であり「まったく違法」であると異義を唱えた。
身元確認には必ず複数の概念が伴う。憲法も、憲法の保護する多様な権利がある故に、身元確認方法の多様性を受け入れている……。しかし、アドハー制度に採用された技法は、憲法が認めているそれぞれの身元確認の方法を、12桁の数字で表される1種類の身元確認方法だけに制限することとなる。その結果、それぞれのケースに応じて採択すべき身元確認方法により個人を特定するという国民の権利を侵害することとなる。
異議を唱える裁判官の意見は法律ではない。しかし、この意見はアドハー制度に関する判断がこれからも課題がある可能性を示している。