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ベラルーシ:DVやハラスメントを回避する 女性のための護身術

カテゴリー: 東・中央ヨーロッパ, ベラルーシ, 人権, 女性/ジェンダー, 市民メディア

ウェンドーの研修に参加する女性たち。ミンスクにて。写真(C) :ハンナ・リウバコワ 許可を得て使用。

ある土曜の早朝。ベラルーシの首都ミンスクの郊外。建ち並ぶ、ありふれた灰色の3階建ビルの一つに15人ほどの女性が集合している。

コーヒーと、おつまみのスナックが用意され、椅子が円形に、そして均等に並べてある。私たちが集うこの広々とした部屋は何の変哲もないジムだ。しかし、私たちはシェイプアップのためにここに居るわけではない。これからの2日間は護身術の実技と支援団体の講義に費やされる。

こうした研修がウェンドー [1]の特徴だ。ウェンドーとは、女性がハラスメントを回避し、自信をつけ、自分を主張できるように開発された、護身と自己主張の技法である。

こうした研修は比較的新しい動きのもので、世の中には認知されていない。ベラルーシで女性が自分を護身するという考え方が浸透していない理由は様々だ。男女によって異なる固定観念、暴力の犠牲者が責められる風潮、強い男の肩にすがれば良いといういつまでも変わらない考え方。2018年における国連のデータによると、ベラルーシでは2人に1人の女性 [2]が様々な形の暴力に苦しんでおり、ほぼ3回に1回の割合で身体的な虐待にさらされている。

ウェンドーでは、さまざまな身体的かつ言語的なテクニックが考案されている。女性たちは、反撃方法と手首や腕をつかまれたときの対処法、また抱きつかれ体を締め付けられたり、首を絞められたりという状況から脱出する方法を学ぶ。また、護身術とは程遠いように感じられるかもしれないが、ウェンドーは我が身を脅かす状況を受け入れ、認識し、回避することを重視している。これらが私たちがこの2日間で会得するであろう技術である。

このグループには、さまざまな女性が参加している。身長の高い人、低い人。金髪の人、黒髪の人。学生、社会人。何名かは50代で、16歳になったばかりの人たちもいる。私たちは、ついさっき会ったばかりであるが、すでにお互い親近感を感じている。

だが、講師のオルガ・ワニエフスカが突然「叫ぶ」ことを要求したので私たちは戸惑ってお互い見つめ合った。このコースの参加者は女性だけだ。しかし、どんなに安全で居心地の良い雰囲気であろうと、ほとんど初対面の人間ばかりがいる中で叫び始めるのは簡単ではない。

オルガは私たちをせき立てる。

「女性を襲うような連中はよく知っているのよ。レイプされそうになったとき、女性は恥ずかしくて抵抗できなくなることを。でも、あなた達の声は武器になるの。叫んで!」

私たちは今度はためらわずに叫んだ。

障壁、固定観念を打ち破る 

ナタリア(仮名)は博士課程の学生で、博士課程の指導教官に関する問題を解決する必要があった。その指導教官は、自分の地位を良いことに、彼女の家族や夫に関する個人的な質問を執ように繰り返していた。彼女は指導教官を頼りにしてはいたが、この付きまとう行為を止めさせたかったのだ。

ウェンドーの研修に参加した女性たちは、身体的または言葉による攻撃といった、日常での実体験を共有することになる。その攻撃者は、あかの他人だけでなく知人の場合もある。路上での嫌がらせ。暴力的な夫。学校での暴力行為。プライバシーに踏み込んでくる職場の同僚。

実体験を共有した受講生たちは議論とロールプレイ演習を重ねることで、自信を持つようになり、さらに自分にとって最善の方法で反応できるようになる。

ナタリアの場合、自分が納得するまで立ち居振る舞いや身振り、声色、そして明確な言葉遣いを訓練した。数か月後に彼女は話してくれた。問題の指導教官が再び彼女に近寄ってきたとき、丁寧かつ毅然とした態度で彼の質問を制止させたと。

「彼は、いつものような品の無い態度をとることは無かったわ」彼女は語る。「彼はたぶん、私が今後こういった行為を許さないだろうことを理解したのよ」

不思議なことに、それ以降、指導教官との関係が本当に改善したと、彼女は語っている。

「ウェンドーの講習に申し込んだときの旦那さんの反応は?」と聞いてみると。

「彼はとても協力的で偏見も持っていません」と彼女。「でもときに、なぜウェンドーと家庭内暴力が結びつくのか理解できないようです。私たち夫婦にとって虐待は無縁だから」彼女は19歳のとき、レイプされそうになった。そのときは逃げることができたものの、その後も恐怖心が彼女に付きまとった。

別の学生アリーナは24歳。自宅で家庭内暴力を経験している。ウェンドー研修で、人間関係の境界線の引き方と相手にその境界線を越えさせない方法を教わった。数か月たった今、アリーナは、罪悪感なしに「ノー」と言うことが未だに難しいのだと私に打ち明ける。しかし、彼女はその術を身に付けつつある

参加者は、各日程の講習の終わりに素手で木の板を割る。武道と同じように、一人の人間が強さと勇敢さを示す際の重要なトレーニングである。私のグループのメンバーにとって、これは自分の力を感じ、強い気持ちになれるひと時だった。

「そうしたひと時が、自信を高めることに繋がります。自信を高めないと自分を守ることはできません」メンバーのハンナ・パルホメンカは言う。

ベラルーシにおけるウェンドーの研修は、ほぼ4年前に第1回が開催された。ナタリア、ハンナ、アリーナは、900名におよぶ受講生の中の3人だ。

「それって、研修を受けた女性たちは、攻撃してきた相手のどこを打撃すれば良いかみんな知っているってこと?」私はワニエフスカにたずねた。彼女はベラルーシでただ一人ウェンドーを教えており、国際的に見てもロシア語を話す数少ないトレーナーの一人だ。

「蹴ることや、防御すること、そういうことも教えるけれど、ただそれだけではありません」

「理想的な研修成果が得られれば、ウェンドーを習った女性は、自分に対する虐待や攻撃をそもそも寄せ付けなくなります。なぜなら、自分が踏み込まれたくない境界線や、受け入れることのできない言動を自覚できるようになるからです」ワニエフスカは説明する。ウェンドーの主眼は、可能な限り脅威や暴力を回避することにある。ベラルーシでは、この考え方がいっそう重要であることを研修中に解説する。正当防衛というものの法律上の扱いが詳細に決められていないからだ。

2016年、ワニエフスカは15年間住んだポーランドで、NGOの自治財団 [3]からウェンドー研修の認可を受けた。認可を受けるまでに18ヵ月を要した。多くの面接と精神科医との面談を受ける必要があったのだ。その後、彼女はベラルーシに帰郷し、家庭内暴力の被害者を救済する組織であるラジスラバ [4]と連携して、ラジスラバが資金調達できるときは、無料の護身術セミナーを開講するようになった。スポンサーからの資金を得ることができないとき、ワニエフスカは有料で研修を行うが、受講するグループに支払い能力がなければ無償で教える。

ウェンドーは、その人の年齢や能力にかかわらず体得できる技術である。研修は通常、2日にわたり12時間かけて行われる。ワニエフスカは、フロドナ、ナヴァポラツク、ブレスト、その他のベラルーシの都市でセミナーを受け持っているが、主にミンスクで教えている。

明確な成果

護身術を通して自信をつけることは目新しい話ではない。けれども、そのプラスの効果はハッキリしていると賛同する人々は言う。

1970年代にウェンドーが創始されたカナダでは、性暴力に抵抗するためのプログラムにウェンドーが組み込まれた。このプログラムは、カナダの大学3校に所属する1年生の女子学生を対象としたものだった。2015年に公表された研修の成果 [5]は印象的だ。報告者によれば、ウェンドー研修と性暴力の減少には相関関係があり、ウェンドー研修を受けていないあるグループの学生と比較すると、その翌年において、レイプが46パーセント減少し、性暴力の未遂が63パーセント減少している。

ある護身術の授業を受講した大学生に関する同様な研究が、類似した結果 [6]を得ている。オレゴン大学のジョスリン・ホランダーによって行われた研究報告によれば「その護身術の授業を受講した女性たちが翌年に経験した性暴力は、同大学で他の授業を受講している女性たちよりもはるかに少ない」とされている。

他の社会においても、女性の護身術トレーニングは良い結果をもたらしているようだ。2014年、スタンフォードの研究者による報告では、ナイロビのスラム街に住む思春期の女の子たちが12時間の護身術研修を受講した結果、その年のレイプ犯罪に巻き込まれる件数が3分の2以下に減少 [7]したとされている。

2016年に公表された欧州議会の報告によると、ヨーロッパでは、欧州評議会が、少女や若い女性に向けた無料の護身術研修を20年以上前に推奨していたものの、国レベルでの実施には至っていない。

ポーランドでは、地方自治体や雇用者がウェンドーの研修に時折出資している。

ウェンドーは自信と自己主張の能力を培うための手法を提供している。しかしそれは万能薬ではない。アグニエシュカ・ビエラは説明する。彼女はポーランド南部の都市ソスノビエツに拠点を置いている心理学者で、ウェンドーの認定インストラクターでもある。「女性は家庭内暴力が起こっている状況に身を置いてはいけません。家庭内暴力には、より万全な支援が必要なので、自分を無力と感じるような逆効果をもたらす可能性があるからです」

ウェンドーを実践する女性は、外部に助けを求めるタイミングを知っておく必要がある。自分の研修を受けたある女性について思い起こし、ビエラは言う。その女性は虐待を行うパートナーと暮らしていた。「幸いにも、彼女は家庭での暴力を私たちに打ち明けてくれたので、彼女を配偶者暴力支援センターに行かせることができました」

ウェンドーは、女性が自分の潜在能力を発揮できるということに重点を置き、自己探究を勧めるのだとビエラは心理学的観点から説明する。「ひとりひとりの女性が自分の人生のエキスパートであることを、ウェンドーのトレーナーである私たちは女性に気づかせるのです」とビエラ。

自治財団が行ったある調査 [8]では、ウェンドーの研修後に聞き取りをした54名の女性ほぼ全員が、もし10代の頃にこうした研修を受ける機会を与えられていたら成人して遭遇する多くの脅威を避けることができたのに、と述べた。この女性たちの半数が、研修後の数か月以内に、体得した技術を使用している。

未然に防ぐこと

イリヤ・ムラシュコは穏やかではない。ミンスクで開催される護身術セミナーに参加するのは、たいてい男性だと。

「女性は男性以上に自分自身を守る術を学ぶ必要があります。年配の人や障害を持つ人もそうですが、女性は男性よりも暴力を受けることが多いのです。そういう現実を見据えましょう」と彼は言う。

ムラシュコは、伝統的な格闘術、護身術であるクラヴ・マガに加えて、自分が踏み込まれたくない境界線を設定し、それを他人に伝えることや、早い段階で危険な状況を察知する術を教えている。聞いたことはないだろうか?

「そう、ウェンドーと似ています。どちらも暴力を回避するために非常に重要です」とムラシュコ。

ムラシュコが指摘するウェンドー研修の難点は、女性が技術を体得し習慣化するには研修の期間が短すぎるかもしれないということである。これは正に、私が受講したウェンドー研修で同じグループにいた女性、オルガ・クタシュが話してくれたことだ。「女性が日常生活を送る中で、1回受講した程度の研修効果は、あっという間にどこかへ行ってしまう」

しかし、レナ・ビエルスカが説明するように、いくつかの身体的な防御の技は時と共に忘れ去られるかもしれないが、植え付けられた自尊心の種は時と共に育つだろう。ビエルスカは、ウェンドーの認定インストラクターであり、HerStoryルブリン支部の共同創設者である。HerStoryはジェンダーの平等と差別の分野で活動する非営利団体である。彼女は、だからこそ重要なのは、トレーナーはただ武術を教えるのではなく、女性が自分の力を発揮し自信を持てるよう留意することであると言う。そのうえで、何度かウェンドー研修に参加し、中には上級コースに進む女性も出てくる。

悪戦苦闘中

女性に対して、優しさ、温厚さ、従順さを求める社会に自己主張訓練を浸透させることは容易ではない。女性は、事を荒立てずに問題を解決するよう求められている。上品に振舞うように育てられている。

「状況は変わってきています」オルガ・ヤンチョックは、自立しようとする女性を待ちうける固定観念と社会のリスクについて語る。

社会学者であるヤンチョックは、ベラルーシにあるキリスト教女子青年会の支部総書記を務めている。同団体は、女性を支持し、リーダーシップ養成研修を提供するNGO(非政府組織)である。ヤンチョックは最近「ウィメンズ・セイフティ」 [9]と呼ばれる事業を立ち上げた。ウェンドーと同様に、女性の自尊心を向上させることに主眼を置いている。この事業では、有料のオンライン・ビデオ・レッスンや、個人が立ち入られたくない境界線と様々な家庭内暴力に関する心理学者の個別コンサルティングを提供している。

ベラルーシに家庭内暴力に対する法律が無い以上、自分自身を守ることや、自分の立ち入られたくない境界線を設定する方法を学ぶことが女性にとってとりわけ重要であるとヤンチョックは信じている。(昨秋、アレクサンドル・ルカシェンコ大統領は、家庭内暴力に対する法律を「無意味」だと却下している [10])「自分自身と自分の体に問いかける方法を学んだ女性は、潜在する暴力、ストレス、不安感の最初の兆候を、よりたやすく察知することができるのです」

ヤンチョックと彼女の8歳になる娘もウェンドーの研修に参加した。「娘が実際に理解したことは、彼女には自分を守る権利があり、自分を守る必要性があるということ。これは1番の研修の成果です」ヤンチョックは言う。

そのことに加えて、研修中に素手で割った木の板をトロフィーだと言って家に持ち帰った。ヤンチョックは笑いながら話す。

この記事は、プラハに拠点を置く出版社兼メディア・トレーニング組織であるTransitionsにより当初公開された [11] 許可の下に文面の長さスタイルを編集し、ここに再公開されたものである。

校正:Miki Masamura [12]