- Global Voices 日本語 - https://jp.globalvoices.org -

イーロン・マスクさん答えて! ロシアの先住民が北極圏の環境汚染を引き起こしている企業と取引しないよう訴え

カテゴリー: 東・中央ヨーロッパ, ロシア, 先住民, 市民メディア, 抗議, 民族/人種, 災害, 環境, 経済・ビジネス, 行政, RuNet Echo

ロシア各地の先住民の人権活動家たちが、北極圏の汚染に抗議してオンラインのフラッシュモブに参加した。コラージュ制作:ベラ・シチェルビナ

ロシアの北極圏の各所で、先住民の人々は、世界最大手のニッケル・パラジウム採掘会社のひとつノリリスク・ニッケルからニッケルを買わないように、イーロン・マスク氏に求めている。過去3か月にわたり、彼らはこの企業が環境に及ぼす影響と国際法を順守していないことに注意を喚起するため、メディアキャンペーンを行ってきた。

アメリカの電気自動車及びクリーンエネルギー企業テスラのCEOであるマスク氏は、2020年7月、世界の鉱業界に対し「もし効率的で環境に配慮した方法でニッケルを採掘するのであれば、テスラはあなた方と長期間にわたる大きな契約を結ぶだろう」と呼びかけた [1]。ロシア北部の先住民は、ロシアのニッケル工場は、環境的に持続可能ではなく、脆弱な北極圏の環境にダメージを与えていると強調し警告を発した。彼らのキャンペーンは従来の公開文書 [2]のみならず、ソーシャルメディアによるオンラインのフラッシュモブでも行われている。先住民の人々は伝統的な服を身に着け「#AnswerUsElonMusk(イーロン・マスクさん答えて)」「#NoNickelfromNornickel(ノリリスク・ニッケルからニッケルを買わないで)」「#DefendIndigenousArctic(先住民の北極圏を守れ)」とハッシュタグをつけたポスターを手に撮影した自分たちの写真を公開している。

ロシアにおいて、これは環境権に関する異例の取り組みだ。マスク氏のメディア上のイメージを利用し、先住民は環境汚染に対する不満を国に向けるのではなく、外国の企業家に向けて呼びかけている。彼らの合法的な要求をロシアに受け入れさせるための試みである。

いずれにせよ彼らのやり方は実際にとても有意義であると、先住民の権利の活動家であり、このキャンペーンを支援するグループの一つロシア先住民評議会のメンバーでもあるドミトリー・ベレジュコフ氏は言う。「環境が健全であることは、先住民の権利の一部であると私たちは考えています。国が企業とともに人々の生活をさらに管理しようとしているため、ロシアでは先住民の権利を守る方策が日に日に減ってきています。理論上、先住民は国際組織の支援を受けて自分たちの権利を守るために、まず国際法に訴え、国連による解決を求めるという形をとることができました。しかしロシアはしだいに国連の解決策に対し注意を払わなくなりました。現在有効な解決の糸口は欧州人権裁判所と欧州評議会のわずか2つのみです。ですから、私たちは権利を守るために、工夫をこらし新しい方法をみつけていくように努めています。今回は国際メディアのキャンペーンを行うことで試みているわけです」と、ノルウェーのトロムソを拠点とするベレジュコフ氏はグローバル・ボイスの電話インタビューで語った。

ノリリスク・ニッケルを相手にすることは簡単ではない。この企業はNorNickel(ノルニッケル)としても知られ、ソビエト連邦の広大な「ツンドラ征服」プロジェクトの一環として1930年代に設立された。1990年代に、悪名高い「株式貸付 [4]」スキームを含む様々な方法により民営化され、現在ロシアで最も富裕な人のひとりである新興財閥ウラディミール・ポターニンが主なオーナーとなっている。この会社はロシアの北極圏にある2つの地域に重点を置き操業している。ひとつはノリリスク市近郊にある主要工場を含むタイミル半島、もう一つはロシアのさらに西の国境に位置するムルマンスク地区(特にコラ半島)であり、ニッケルの町、モンチェゴルスクやザポリャルニには3つの小さな工場がある。これらの地域はすべてタイミル半島のドルガン人、ムルマンスク地区のサーミ人という先住民の伝統が息づく土地でもある。

5月29日ノリリスク・ニッケルは、ロシア北極地域で最もひどい環境災害を引き起こしたことをメディアで大きく報じられた。ノリリスク・ニッケルの地方発電所が所有する腐食した燃料貯蔵タンクが裂けて割れ、地元の川に1万7,500トンものディーゼル燃料が流れ出て、氷を溶かし水質を汚染した。結果的にピシャノ湖やそれに連なる川まで達し、北極圏に及んだ。全体として少なくともロシア北極圏の140平方マイルを汚染した。その排出により人々の高い関心がノリリスク・ニッケルに向けられた。6月4日にロシア大統領ウラジミール・プーチンは非常事態宣言を出し、個人的にテレビでポターニンを批判した。

死の湖

2020年9月18日、ピシャノ湖はこの流出により「死んだ」 [5]と宣告された。生態学的モニタリングの結果、ディーゼル燃料に加え、湖水の重金属は最大許容濃度を超えていることが明らかになった。同日クラスノヤルスク州議会副議長エレナ・ペンツィナ氏は自身のテレグラムチャンネルに、水中の汚染濃度はノリリスク・ニッケルが長年にわたって湖を汚染してきたことを示していると記した [6]。有毒ガスや重金属粒子も大気を汚染し続けてきたと付け加えた。

しかし流出事故後も、国家機関PORA(北極圏開発プロジェクトオフィス)は、最も環境的に持続可能なロシア企業の要覧である「北極圏インデックス [7]」の中で、ノリリスク・ニッケルを北極圏で操業するロシア企業の中で3位、国際企業の中で7位とランク付けしている。

ドルガン人の多くは、この湖やそこに注ぎ込む川の岸辺に住んでいる。ゲナディ・シューキン氏は長年にわたり環境災害や先住民の権利侵害について人々の関心を集めようとしてきた経験豊かなドルガン人活動家である。現在シューキン氏はタイミル先住民協会の会長で、前述の先住民評議会の事務局長であり、ドルガン人の地元コミュニティ組織であるAmyaksin(アミアクシン)のリーダーを務める。GVの電話取材で彼は次のように述べた。「ノリリスク・ニッケルや当局に対する我々の訴えはこれまで何の結果も得られませんでした。だから私たちは、工場の環境的な持続可能性の欠如に注意を向けるため、ノリリスク・ニッケルの生産物のバイヤーになり得る人々に伝えなければならないのです。油の流出は私たちの我慢の限界を超えるものだったのです」

シューキン氏は、タイミルのツンドラに住む先住民コミュニティは、漁や狩猟による収穫により物々交換をすることで生計を立てていると説明する。つまり魚や肉を、砂糖、薬、その他のものと、遠距離や道の悪さにもかかわらず交換しているのだ。「ツンドラにお金はありません」と彼は言う。ドルガン人にとって、ピシャノ川やそれにつながるすべての川の致命的な汚染は、単に環境災害ではなく、経済的にも文化的にも災害であると言える。家族は唯一の収入源を失い、この流出に見舞われた土地や水源が元に戻るまで今後50年、飢餓に直面するかあるいは自分の土地を去ることを余儀なくされている。

シューキン氏が地区議会の副議長として、事故のあとノリリスク・ニッケルと地方自治体に送った書簡には、これからの失われた50年を企業側がいかに補償してゆくかについて33の提言がなされている。GVが目を通したシューキン氏の書簡には、ドルガン人の再定住のための費用及びドルガン人の若者に対し、現在学ぶことのできない伝統的なライフスタイルの専門的教育の提供が求められている。

シューキン氏によると、「過去10年間にわたり廃棄物の清掃、浄化設備やフィルターの設置といった、目に見える活動はなされていませんし、自分たちでは何も変えられないのです。私たちはこの地域のいかなる環境計画にも発言できず、私たちの代表者が委員会の専門家であるという考えすら存在しないのです。しかし私たちはどこにも行くところがないので、ここで戦うという選択しかありません。ノリリスク・ニッケルで働く人の多くがロシアの他の土地にルーツを持っていますから、『地元に任せればいい』と言って、他の土地に移ることができます。しかし私たちはここに住んでいますから、ここで行動を起こさなければならないのです」

PORA(北極圏開発プロジェクトオフィス)が9月15日に発表した最新の声明によると、PORAの調査で、700人の先住民 [8]が個人的に流出事故の影響を受け、補償を受ける資格があるとわかったと発表している。PORAの実態調査委員会について聞かれシューキン氏は次のように語った。「彼らは私を代表者ではなく個人として連絡してきました。しかしながら彼らが提供する専門知識は、生態学的ではなく、民俗学的なものでした。これも重要ですが、同じではありません」

有毒な雲

このキャンペーンは、ノリリスク・ニッケルの西部の事業所があるムルマンスク地域に住むサーミ人にも支持されている。サーミ人の政治家アンドレイ・ダニロフ氏がGVに語ったように、目的はノリリスク・ニッケルを従わせることではなく、環境問題について建設的なコミュニケーションを築き、先住民の権利に関する国連宣言に基づき、会社が計画する活動に対し先住民族の代表者が発言できるようにすることである。「正直に言ってこれは特殊な状況です」とダニロフ氏は語る。「数千キロメートルも離れた、2つの地域の異なった先住民コミュニティが同じ企業に対して行動を起こし、対話を試みるために共に行動しているということなのですから。これは、国際法による権利に基づいた対話です」

ダニロフ氏は続ける。「おかしいことに、私たちがキャンペーンを開始したとたん、地元の報道機関はノリリスク・ニッケルがどれだけサーミ・コミュニティを支援しているかを話題にし始めました。私たちが覚えているのは世界先住民国際デーを記念した祝典と、サーミ語で書かれた文法やつづりが間違いだらけの1冊の本の2つだけです」

長年にわたり、ムルマンスク地域では生態学的な懸念があった。ノリリスク・ニッケルの製品(ニッケル、銅、コバルト)はすべて、通常、硫黄を多く含む鉱石から生産される。つまり抽出のプロセスで高濃度の二酸化硫黄(SO2)が発生することを意味する。同社のウェブサイトによると、2019年、すべてのノリリスク・ニッケルの工場から排出される二酸化硫黄は年間195万3,000トンに達している [9]。これは1日に換算するとおよそ5,000トンであり、前年よりも増加している。二酸化硫黄が湿度の高い北極圏の大気中に放出されると、水滴に反応して不安定な状態の硫酸を生成し酸性雨の原因となる。この結果、ノリリスク・ニッケルに関する最近のノヴァヤ・ガゼータの記事が指摘している [10]ように、ニッケル工場は、北極のツンドラとは全く対照的な、「月面の風景」に囲まれている。樹木気候学の分野で新しく発表された研究論文 [11]では、ノリリスク・ニッケルによる汚染が、北方林だけではなく気候全般に深刻な影響を与えることが示されている。

環境保護団体のベローナ・ムルマンスクを率いるアンドレイ・ゾロトコフ氏はGVとの電話インタビューで次のように説明した。大気汚染は、1990年代以降ロシアとノルウェーの関係にとって苦痛の種だった。ノルウェーの国境の町キルケネスからノリリスク・ニッケルの工場の一つが見える。ノルウェーには1990年に始まった「ソビエトの死の雲を止めよう [12]」という有名な環境運動まである。2016年、その活動としてノリリスク・ニッケルの汚染の問題について、主なニッケルのバイヤーであるアップルとテスラに注意を向けさせようとした。最新の国際的スキャンダルは2019年1月に起こり、この時二酸化硫黄の雲が国境を越えて漂着し、ノルウェーの地方自治体が健康被害の警報を出すに至った [13]

ゾロトコフ氏はいくつかの進展があったことを認めている。2016年ノリリスク・ニッケルはザポリャルニの工場で処理工程を近代化し、汚染レベルをほぼゼロに落とした。この2年の間の2つの別々の事例を除いては過去18年間、モンテゴルスクの空気の質は再び許容範囲になっている。ノリリスク・ニッケルの2020年5月の報告書によると、同社は2020年12月25日までにニッケルの溶融作業場を閉鎖すると、公式に約束した [14]。さらに2019年ノリリスク・ニッケルは「硫黄プロジェクト [9]」を立ち上げ、持続可能な開発目標として二酸化硫黄の総排出量を2021年までに同社のコラ工場から85%削減することと、2025年までにタイミール工場からの90%削減を約束している。

先住民サーミの人々はこれらの約束に納得しているわけではない。しかし多くの国際的組織はキャンペーンをしている先住民側に立っている。9月7日サーミ評議会(フィンランド、ノルウェー、ロシア、スウェーデンを拠点とする先住民族を代表するNGO)は、ロシア北極圏の先住民と、彼らのノリリスク・ニッケルを相手取ったキャンペーンを支持するという珍しい声明 [15]を出した。さらに、先住民の権利団体カルチュラル・サバイバルは、カリフォルニア州パロアルトのテスラのオフィスに提出する公開状 [16]の署名を集めている。先住民族やクリーンエネルギー、気候、鉱業の公平性を求める世界中の70を超す組織が彼らの嘆願を支持し、今後このキャンペーンが前例となることに期待を寄せている。

一方9月26日、ウラジミール・ポターニン氏はVestiニュースの番組インタビュー [17]で会社の汚名を晴らした。彼は、ノリリスク・ニッケルが流出後どれだけの清掃処理の費用を支払ったかを説明した。またロシアの環境監視機関のロスプライラナゾールが同社に課した記録的な21億ドルの罰金 [18]が高すぎると訴えた。

また、今回のような生態学に影響を及ぼす災害へのロシアの対応は「2021-2023に北極圏評議会の議長国を務めるのにふさわしい」と自信を表している。

校正:Masato Kaneko [19]