ナゴルノ・カラバフの戦闘激化につれ増大する新型コロナウイルス感染者数

アゼルバイジャン軍の爆撃をうけて破壊されたステパナケルト中心部の建物 2020年10月中旬 写真(C):レジス・ゲンテ 使用許可済み

交戦地帯といえども家に引きこもってはいられない。

ナゴルノ・カラバフの現状はまさに戦場である。2020年9月27日、アゼルバイジャンは南コーカサスの領土を取り戻そうとして激しい攻撃を仕掛けた。現在続いている戦闘は1994年の停戦協定後、最も深刻な様相を呈している。この年結ばれた曖昧な停戦協定の下で、アゼルバイジャン領ナゴルノ・カラバフは事実上の国家としてアルメニア軍の支配下に置かれた。アルメニアはナゴルノ・カラバフを承認していないが、軍事的にも経済的にも大規模な支援を行なっている。また、この地域に住む人の多くはアルメニア人である。

アゼルバイジャン軍が迫撃砲やドローンで首都ステパナケルトを爆撃した。またヒューマン・ライツ・ウォッチ(HRW)の最近の報告ではクラスター爆弾も使われている。報道によると住民に死傷者が出ている。また、5万5000人の市民の多くは近隣のアルバニアに避難しているとの情報もある。市内に留まった者は、防空壕や地下室への避難を余儀なくされた。加えて、電気の供給にも混乱が生じている。

これまでのところ、ロシアの仲裁による人道的停戦協議が2回行われたが、いずれも決裂している。アゼルバイジャン軍は、イラン国境沿いのナゴルノ・カラバフ南部で破竹の進撃を続けている。この記事の執筆時点で、アゼルバイジャンの兵団は、ラチン回廊として知られるナゴルノ・カラバフとアルメニアを結ぶ主要幹線道路からわずか数キロメートルの地点にまで迫っている。

戦闘が続く今、重きを置くべきなのは、カラバフが人道的危機に直面しているかどうかを議論することではなく、いかにして人道的危機を回避するかということである。現在続いている紛争は、新型コロナウイルス感染症(以下感染症)拡大の恐怖の中で生じている。事実、未承認国家カラバフは感染症が落とす暗い影に覆われている。そのうえ、冬を間近にひかえた今、国際的支援を受けるための唯一の道路も自由に使えない状況である。

戦闘の始まる前日の9月26日に、ナゴルノ・カラバフ保健当局が公表した最新の数値がアルメニアの調査ウエブサイトHetqに掲載されている。それによると、ナゴルノ・カラバフ内の新型コロナウイルス感染者(以下感染者)数は421名となっている。同じ週に、アルメニア語のメディアはナゴルノ・カラバフで1日で12名が新たに感染したと報じている。この数字は、人口14万人のナゴルノ・カラバフにとってはもう急激な増加といって間違いない。

戦闘が始まって以来、保健当局は新たに感染した感染者の数を公表していないようである。

グローバル・ボイスは、ナゴルノ・カラバフの保健当局との接触を試みたが実現しなかった。しかし、10月22日に事実上の保健大臣アララト・オハンジャニャンがAP通信に語ったところによると、カラバフ在住の多くの医師や看護師は自分たちが感染していることを知っていながら、そのことについては口をつぐんでいるということである。「ステパナケルトが猛爆撃を受けている間は、感染者を追跡する時間が確保できないので、感染の拡大を許してしまうのです」とオハンジャニャンは言う。そういう彼は検査の結果、陽性であったにもかかわらず働き続けている。

戦争を生き延びると同時にパンデミックを効果的に押さえ込むなどほとんど不可能かもしれない。10月21日のユーロニュース社の記事によると、ステパナケルトの感染者は爆撃から身を守るために、非感染者たちと一緒に避難せざるを得なかった。そのため感染拡大のリスクは高まっているということである。

「客観的にも主観的にも、誰も感染予防対策に十分な注意を払うことはできません」とカラバフのヒューマン・ライツ・オンブズマン、アルタク・ベグラリアンは電話で語った。

ステパナケルトで活動するジャーナリスト、リカ・ザカリアンは、グローバル・ボイスとのオンライン・インタビューで、さらに率直に語っている。「現状では誰も感染症など気にしていません。病院は戦闘で負傷した人を受け入れているので、おそらく多くの人が感染しています」とアルメニアのオンライン出版社CivilNetのリポーター、ザカリアンは語った。

ザカリアンは、自分の知る限りではステパナケルトの総合病院を含むナゴルノ・カラバフのほとんどの病院は通常の機能を維持しているとも語っている。ステパナケルト共立総合病院院長、マー・ムサエリヤンは、グローバル・ボイスとの電話インタビューで、感染症の大規模な発症は確認されていないと語った。さらに「当病院の目下の主な業務は、戦闘で負傷した人たちの看護です」と続けた。また医師団は、感染症の症状のある全ての人の看護に最善を尽くしていると強調した。

しかし、中には爆撃により損傷を受け混乱をきたしている医療施設もある。例えば、当地の大規模病院は独自の小規模発電施設を備えていると思われるが、アゼルバイジャン側からのステパナケルト市内の中核発電施設への襲撃より、10月3日現在、市内の電気は使えなくなっている。10月14日には、激しい紛争が続いているマルタケル市街にある病院を爆撃している写真が明るみに出た。アルメニア当局は、これはアゼルバイジャン側の意図的な攻撃だと主張しているが、アゼルバイジャン当局は否定している。

この紛争は、南コーカサス全域に感染者が急増している中で起こった。

アルメニアが、最初に最も深刻な感染症の打撃を受けた。10月22日、公共メディアは1日に2,306人が新型コロナウイルスに感染したと報じた。これはアルメニアで3月に新型コロナの感染が始まって以来最悪の数値である。一方、アゼルバイジャンからもよいニュースは伝わってこない。アゼルバイジャン政府は、10月21日だけで感染者数は825人を記録したと報じている。

感染の急速な拡大を受けて、アルメニア政府は、逼迫(ひっぱく)した現在の医療体系では急増する需要には対処できかねると考えている。この異常な需要は現実に起こっていることである。もうすでに戦火を逃れて数千のアルメニア人が南部アルメニアへ避難してきている。ベグラリアンは、ナゴルノ・カラバフの人口の最大60%まではすでに行き場を失っていると推定している。

「今の状況が続けば、我が国の医療体系はすぐにも崩壊します。そうなれば、重症患者の受け入れができなくなるのは目に見えています。現在でも2,000人の患者が入院しています」と疫学者ルーザイン・パロニアンは10月22日の記者会見で警告している。アルメニア保健省国立疫病管理センター所長のパロニアンは、医療サービスチームが軍と協働し接触者の追跡を行い、新型コロナウイルスが前線まで到達するのを確実に阻止するよう努力しているとも語った。

「感染者を一人残らず追跡して、濃厚接触をした人には周辺との接触を控えるようにしてもらっています。このようにして得たデータをアルメニアMODTチーム(ArmeniaMODTeam)へ提供しています。こうすることによって、新型コロナウイルスが前線まで到達しないようにしているのです」

また、パロニアン所長の医療チームは、国民に次のように呼びかけている。「アルメニアは今二つの闘いに挑んでいるが、どちらにもまだ打ち勝っていない。このことを忘れてはならない」

アルメニア国立疫病管理センター所長:
アルツァフで戦争が始まって以来、感染者数は劇的に増加し、13%増となっている。安全指針に従い慎重な行動をとるよう国民に要請した。
エレバン・リポート

アゼルバイジャンのナゴルノ・カラバフにおける行動が、アルメニアおよびカラバフ内の感染症による死者数を増加させている。このことについてアゼルバイジャンは非難を受けて当然だ、との態度をアルメニアの保健大臣アルセン・トロシアンは示した。

パンデミックの最中にアゼルバイジャンは武力侵略を始めた。アゼルバイジャンがテロリストなのは見え見えだ。

各国際機関は、パンデミックを懸命に強調してその収束を図ろうとしている。

「勝者はアルメニアでもアゼルバイジャンでもない。勝者は新型コロナだ。この感染拡大を食い止めなくてはならない」と10月21日に国際連合事務総長アントニオ・グテーレスは訴えた

世界保健機関(WHO)のヨーロッパ地域担当理事ハンズ・クルーゲは、これからも戦争行為が続けば、間違いなく感染者の数は深刻な状態にまで増加していくだろうと危惧している。

「私は、戦争の影響が出ないように願っています。しかし、もう遅いようです。明らかに、紛争が感染症の状況をマイナス方向へ引っ張っています。その引っ張る力は非常に強いといえます。医療体系が逼迫(ひっぱく)しているため、感染者の数は正確には把握できていません。現在の医療体系では、従来のように適切な検査はできないし、患者を看護することもできません。ですので、公表できるような統計値を得ることもできません。医師たちや保健大臣との会見に基づき判断すると、感染者は数倍に膨れ上がっていることは間違いありません。2倍でしょうか、3倍でしょうか、いや、10倍か15倍に膨れ上がっているでしょう。感染者はどんどん膨れ上がっています」と、ヒューマン・ライツ・オンブズマンのベグラリアンは結んでいる。

私たちの通話はここまでだった。

「アゼルバイジャンがまた攻撃を始めました」というベグラリアンの言葉を最後に通話は途切れた。

今夕、ステパナケルトは再び攻撃の的となった。

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