政治危機が高まる中、ベラルーシ初の原子力発電所は運転を開始する

(原文掲載日は2020年10月29日)

ベラルーシのオストロベツ原子力発電所。2020年。写真(C):ハンナ・バリネッツ。使用許可済み。

2020年8月以来、ベラルーシ国内は大規模な抗議活動やストライキで揺れている。当局は関心を示すそぶりを見せない。なぜなら彼らは、原子力発電所の新規導入という歴史的発展しか眼中にないからだ。ベラルーシは1986年に隣国ウクライナで起きたチェルノブイリの悲劇によって多大な被害を受けており、原子力発電所の建設は論争の的である。ベラルーシ国民の生活は常に民主主義の度合いについての懸念で占められているが、これに加えて、目下、新たな緊急の議論が交わされている。すなわち、原子力に関わるベラルーシの過去の経験についての議論、そして「原子力後」の未来はベラルーシにとって必要なのかという議論である。

リトアニアとベラルーシの国境にほど近い小さな町であるオストロベツに注目が集まっている。近年、オストロベツの人口は激増している。多数の働き手が必要とされ、その居住用に複層建てのアパートが次々と新築されている。

こうした急速な変化の理由は、ベラルーシ初の原子力発電所がオストロベツの郊外に位置していることだ。今や建設工事は完了間近で、運転開始の準備はほぼ整っている。技術者の説明でしばしばみられるように、原子炉の運転はボタンをひとつ押せば済むというわけではない。

運転開始には複数の段階を踏むことになる。新発電所には既に燃料が注入されている。最初の発電は2020年11月7日に行われる見通しである。この日はソビエト連邦を誕生させた十月革命の記念日で、ベラルーシでは国が定める祝日となっている。

ベラルーシで長く権力の座に就いているアレクサンドル・ルカシェンコは、9月16日の政府関係者との会合において、次のように発言した。「すべての方と分かち合いたい。我々にとって重要な意味を持つ11月7日に、我々はそれに立ち合い、自国の原子力発電所からの初送電が行われた、と言うことができるのだ」原子炉2基のうち、第1号機は2021年の第1四半期までに全面稼働される見込みで、第2号機は2022年に運転開始が予定されている。

まとわりつく記憶

しかし、ベラルーシの人々全てがこのように歓喜しているわけではない。1986年の爆発で大量の放射線が大気中に放出されたことを人々は覚えている。ソビエト連邦諸国の中でも、とりわけベラルーシは大きな被害を受けた。放射性セシウム137の全量のうち、三分の一がベラルーシ領内に降り注いだのだ。ベラルーシ当局は、チェルノブイリの二の舞になるのではないかという恐怖心を鎮静化させようと、事故の可能性は最小限であること、オストロベツ原子力発電所は安全で収益性の高いプロジェクトであることを断言している。

ルカシェンコは8月、大統領選の直前に次のように述べた。「ベラルーシはチェルノブイリ原発事故で被災した共和国です。私たちは多くを経験し、事故による影響を身をもって知っています。汚染された区域の再生費用だけで、実に190憶米ドルが費やされました。だからこそ、(オストロベツ)発電所の建設中に講じられた安全措置は、さながら戦時下であるかのようなものでした」

核エネルギーについての議論が公の場でなされる際、チェルノブイリとオストロベツが比較対象されることは決して珍しくない。ジャーナリスト、政治家、一般市民、そしてチェルノブイリの悲劇に立ち会った存命の管財人らも含めて、誰もがこの2つを引き合いに出す。1986年の出来事を深く遺憾に思う点は皆同じであるが、2020年についての意見には大きな相違がある。新原子力発電所を強く支持し生活水準の向上を願う者もいれば、事故の再発を恐れる者もいる。

ベラルーシの国営メディアや公人らも、臆することなくチェルノブイリについて言及している。

ベラルーシの首都ミンスクにある欧州リベラルアーツ・カレッジにおいて、パブリックヒストリー・プロジェクトの代表を務めるアレクセイ・ブラトチキンは、次のように記述している。「今や、チェルノブイリ事故の記憶は、手段として扱われ、新原子力発電所を正当化するために利用されている。事故から30年の節目に放送されたドキュメンタリーフィルムは、1986年の事故映像から始まり、今度は万事上手くいくだろうと示唆する内容で終わっていた」

建設初期の当局による説明によれば、オストロベツ原子力発電所が全面稼働を開始すれば、電気料金は値下がりするという。2014年にエネルギー省は、電気料金は20パーセントから30パーセント、「消費者のために引き下げられる予定である」と約束している

しかし、ベラルーシの人々の中にはエネルギーが安くなるという約束に懐疑的な人もいるようだ。原子力発電所の運転開始は既に少なくとも4度延期されており、こうした経緯から、彼らは稼働そのものも疑問視している。こうした見解は全て、ソーシャルメディア上の地域コミュニティグループで見受けられる。

「私は原子力発電所の建設現場で働いており、運転開始はいつなのかと(知り合いに)時々聞かれます。私が思うに、それは(発電所の運営側の)彼ら自身にも分からないのです。最短でも2、3年以内だと彼らは言っています」こう語るのは、オストロベツで生まれ育ったアレクサンドルだ。彼はテレグラム(訳注:メッセージアプリ)で、グローバル・ボイスとチャットを行った。

アレクサンドルは電気料金の引き下げを期待しているのだろうか?電気自動車の開発が既に進行中であることや、新築の居住用建物のエネルギー効率を高めようと、電力技術者たちが暖房用ネットワークの近代化に取り組んでいることを踏まえれば、彼がそう期待を抱いたとしてもおかしくはない。

「論理的には、そうなるべきだ。しかし、ヴォルゴドンスク(ロシアの都市)にも原子力発電所がある。原子炉の数は2基よりも多いが、実際にはこの発電所の建設後にエネルギー料金はさらに高額になった」と、アレクサンドルは述べる。

アレクサンドルの考えは正しいかもしれない。今夏、ベラルーシのNGOであるエコホーム(EcoHome)が実施した研究の結果では、ベラルーシの消費者向け電気料金は2倍近い額になるだろうと結論づけられている。

エコホームは、「電力網全体として、発電に直接要する費用は下がらず、(米ドルで)4セントから7.26セントへと上昇する。すなわち1.8倍となる」と結論づけている。

地政学的な戦略

また、以前からの地政学上の約束もある。すなわち、ベラルーシは、ロシアが供給する天然ガスによるエネルギーへの依存度を減少させる、というものだ。ルカシェンコは9月に、原子力は「我が国の独立の表れのひとつである」とし、原子力利用を拡大することで「主権や独立を確かなものにするだろう」と約束している

事実、オストロベツ発電所建設が決定される直前の2007年時点では、ベラルーシ全土のエネルギー輸入量のうち実に85パーセントをロシアが占めていた。その多くが天然ガスである。ベラルーシは電力の93パーセントを天然ガスにより発電している。

ロシアへのエネルギー依存を減らすことを目指し、ベラルーシ当局が頼みにしたのは、古くからの盟友だった。すなわちロシアである。ロシア政府は喜んで手を差し伸べ、新発電所のために最大で100億ドルの融資を提案した。これは2023年以降、15年間での返済が定められている。かくしてベラルーシの指導者は、ロシアへの依存を減らすことを望みながら、その同じ国から多額の金融債務を負う羽目になったのである。

「政治的な意味では、オストロベツ原子力発電所の建設と運転は、ベラルーシのエネルギー安全保障を確保するという目標と深く結びついている。おそらくこれは最善の策ではない。オストロベツ原子力発電所は目下、経済的にも政治的にも誤算といえる」。このように述べたのは、ヨーロピアン・トランスフォーメーションセンターの政治科学者およびアナリストであり、環境団体のパートナーシップであるグリーン・ネットワークの理事も務めるアンドレイ・エゴロフだ。グローバル・ボイスのインタビューにおいて、エゴロフが特に強調したのは、ベラルーシは今や、ロシアに借金返済をするばかりでなく、依然としてロシアからエネルギー燃料を買い続ける必要もあるということだ。唯一の違いは今後は核燃料を輸入するということだけである。

オストロベツ発電所は確かに、ベラルーシ国内のエネルギー需要の大半を賄えるかもしれない。実際に、エネルギー省によれば、同発電所は余剰を生む可能性が高いという。余ったエネルギーには行き場が必要だが、それはどこなのだろうか。

ロシアは、自国の原子力発電所で十分な量の供給を確保している。他のベラルーシ近隣諸国は、オストロベツ発電所は危険であるとして、そこからエネルギーを購入する意思はない。

特にリトアニアとは、発電所の建設についても、そこで発電するエネルギーの購入についても、激しく対立している。何といってもオストロベツは対リトアニア国境から20キロメートルしか離れていないのだ。リトアニア当局は新発電所からの受電をボイコットする法案を可決した。

ベラルーシからの電力をリトアニアが初めて受電するのは、11月1日から10日の間になるとみられている。10月26日、リトアニアの国営電力供給網を運営するリトグリッド(Litgrid)は、この場合の対応について発表した。リトグリッドの暫定代表を務めるビドマンタス・グルシャスは報道発表で、「我々は、ベラルーシから送電される商業用電力すべてに対し、直ちに容量をゼロメガワットに設定することとする」と述べた。

リトアニアの声明には、同国の長期的な立場が影響している。それは、リトアニアのギタナス・ナウセーダ大統領による10月21日の発言に集約されている。彼は次のように述べた。

「ベラルーシの原子力発電所は、EU市民の安全を脅かしている。したがって、この原子力発電所の無責任な運転開始を阻止することが必須である」

エストニア、ラトビア、ポーランドは揃って、オストロベツ発電所からのエネルギーの購入を拒否すると表明済みだ。これは、リトアニアの立場に連帯を示すためでもある。ウクライナも、自国内に余剰エネルギーがあるとして、エネルギーの購入を受け入れなかった

10月の欧州評議会の会議で、欧州各国の指導者は、安全要求事項や各種試験に対するオストロベツ原子力発電所の準拠具合や実施具合によって、EU諸国とベラルーシとの関係性は変わってくるだろう、と強調した

環境保護活動家による反乱

ベラルーシ緑の党および複数の環境保護活動団体は9月、オストロベツ原子力発電所に反対する旨を表明した。彼らの見方では、政治的危機という状況下での発電所の運転開始はいっそう危険だという。

「まず、国内の兵士や治安部隊についての事実を挙げたい。彼らはいかなる危機が起きても対応できるはずの人員であるが、今や、抗議者たちとの衝突という、別のことに時間をとられている」と、環境保護活動家らは記す。

事実、警察は抗議活動において、週末ごとに平均で500人から700人を拘束している。しかも抗議活動が行われるのは週末だけではない。ベラルーシにある人権センターのヴィアンサ(Viansa)による推定値から判断すると、8月9日以降、1万6千人を超える人々が拘束されている。国際拷問調査員会によると、人権擁護者が記録したところでは、拘束期間中に拷問や暴力を受けたと訴える件数は10月初旬時点で2000件を超えるという。

一方で、一時解雇やストライキも発生している。例えば、10月26日には化学プラント等で働く一部の工場労働者らが職場に姿を見せなかった。同日、アレクサンドル・ルカシェンコはテレグラムのチャンネルに次のように書き込んだ。「分別あるベラルーシ人なら皆そうするように、大統領は今日も仕事をしている」

政治科学者のエゴロフは、現在の状況において、良識的なリスクの分析こそが分別ある行動だと指摘する。

「原子力発電所には高い危険性があり、稼働には高いリスクを伴う。全体未聞の疫学的危機、政治的危機、経済的危機の状況下で、原子力発電所の運転を開始するのは高リスクである」とエゴロフは述べる。

この記事の執筆時点で(訳注:原文掲載日は2020年10月29日)、新型コロナウイルス感染症のベラルーシ国内の感染率が最大となったことも書き添えねばならない。現在、パンデミックの第一波であった5月の感染率と同水準に達している。

ベラルーシの反核運動に携わっているアンドレイ・オザロフスキは、「まず第一に、原子力発電所がもたらす危険性は、政治システムや疫学的状況には関連がありません」と述べた。

オザロフスキは、原子力はいかなる状況であれ危険だと信じている。社会主義下のチェルノブイリでも、資本主義下の福島でも、爆発は起きているからだ。それでもなお、原子力発電所の運転開始そのものが政治的な出来事となれば、危険性は増す可能性がある。

「ルカシェンコが何度も言及しているように、ベラルーシの原子力プロジェクトは初めから政治的思惑が絡んだものでした。稼働開始を急ぐ理由がルカシェンコの個人的利益のためであれば、そしてソビエト連邦の古い慣例に従うものであれば、設備は不完全な状態で任務にあたることになるかもしれない。それが原子力発電所となれば、深刻な事故の可能性は劇的に増加することになります」と、オザロフスキーは警告する。

オストロベツの施設の長期的な将来像も重要な問題となっている。発電所の設備は60年間機能するが、放射性廃棄物の危険性は数千年間にわたって残存する。しかし現実の政治は、それに比べはるかに儚いかもしれない。

「もしベラルーシの権力者が変われば、この原子力発電所がベラルーシにとって必要なのかという疑問が持ち上がるでしょう。他国の例を見てみると、例えばドイツは、原子力エネルギーの廃止を既に決めています。フランスは、原子力エネルギーへの依存度を7割から5割へ引き下げる政治目標を掲げています」と、オザロフスキーは説明する。

待たれる緑の革命

短期的な意味では、オストロベツ発電所によって、ベラルーシの再生可能エネルギーは後退をみせたと環境保護活動家らは考えている。

2018年にエコホームおよびドイツ航空宇宙センター熱力学技術研究所が行った研究によれば、ベラルーシは2040年までに原子力発電所を閉鎖し、2050年までに再生可能エネルギーへ完全移行する可能性があるという。

エコホームでエネルギー調査を行うパベル・ゴルブノフは、オストロベツ原子力発電所は不採算プロジェクトだとみる。発電所への投資は損失を生むだけであり、ベラルーシが借り入れた建設費の返済も始まることを考え合わせれば、稼働させない方が安上がりだと彼は確信している。

ゴルブノフはインタビューの中で、「中長期的に見ると、オストロベツ原子力発電所は、最終的には再生可能エネルギー源を用いた電力に支払われる電気代で補完されるのだろう」と述べた。

彼がこのように述べる理由は、ベラルーシでは原子力部門と並行して再生可能エネルギーの開発も進行中だからである。しかし、新原子力発電所の運転開始とそれが生む余剰電力によって、産業規模での再生可能エネルギー開発に対する投資家の興味は低下するだろうとみられている。これは、およそ40団体が加盟するベラルーシ再生可能エネルギー協会のウラジミール・ニスチュク常任理事の見解である。

また、発電所の運転開始によって、再生可能エネルギー源を用いたエネルギー生産者が国営電力網へ売電する機会が減少する恐れもある。さらに、これまで有利な価格での売電を可能にしてきた「増加係数の撤廃」にも影響してくるだろう。

ただ同時に、一般市民や企業でも同じように自家発電をすることができるエネルギー源についての一般の関心はまだ残っている、とこの専門家は指摘する。バイオガスの開発も活発に進行している、と彼は付け加えた。

「一般的に言って、たとえ再生可能エネルギー源の開発速度が鈍化したとしても、それが長期間続くわけではない。カール・マルクスが言うように、社会と無関係に生きることなど何人たりとも出来ないのだから」と、ニスチュクはグローバル・ボイスに対し語った。

「決して逃れることはできない。文明化した世界に住む我々は、かなり以前から、再生可能エネルギーの利益と有望性の良さを認めてきた。我々は楽観視している」

この記事は、プラハを拠点とする出版社およびメディア教育組織である、トランジションズ(Transitions)の協力を得て作成されました。

校正:Eiko Iwama

コメントする

Authors, please ログイン »

コメントのシェア・ガイドライン

  • Twitterやfacebookなどにログインし、アイコンを押して投稿すると、コメントをシェアできます. コメントはすべて管理者が内容の確認を行います. 同じコメントを複数回投稿すると、スパムと認識されることがあります.
  • 他の方には敬意を持って接してください。. 差別発言、猥褻用語、個人攻撃を含んだコメントは投稿できません。.