ロマ音楽家の語るチェコ社会の両面性

ロマ音楽のバンド、ベンガス(Bengas)写真はイジー・ベルノフスキー、使用許可はミゲル・ミラン・ホルバート

ロマの人たちはチェコの少数民族では最大人数を誇り、国の人口の2.2パーセントを占めている。とはいえ、ロマは国内で最も不当に扱われている被差別少数民族のひとつと思われる。しかし、差別されいわれのない固定観念で見られていても、ロマの人たちはチェコの音楽シーンにおいて、社会に影響を与え続けている極めて卓越した存在なのだ。

筆者はチェコのロマ音楽界を代表する人たちに取材し、彼らが直面している予断や差別、最新のロマ迫害情報、そしてボーダーレスな音楽の本質などについて話を聞いた。

チェコ社会から排除される少数民族ロマ

ロマに対する差別行動が表沙汰になったのは先月のこと、6月19日にロマの男性が警官に殺害されたというニュースがきっかけだ。この男の死はロマ社会に混乱と抗議の波を引き起こした。ロマ系メディアの中には、合衆国でのジョージ・フロイドの殺害に対する抗議に例えるものもあった。チェコの裁判所の裁決では、その警官は男の死に責任を問われなかった。しかしこの事件の結果、多数派のチェコ人と少数民族ロマとの緊張状態が注目を引くこととなった。

特にチェコの社会文化構造から見ると、このような緊張状態は何も目新しいものではない。例えば欧州評議会(COE)が最近こんな言及をしている。多くのヨーロッパの学校教育計画にはロマの人たちを認める教育が組まれていないし、ロマに関係する歴史的記述の多くが非客観的か不十分で固定観念にとらわれているというのだ。

COEは2020年の報告で、今だに続いているロマの人たちへの差別と不正に取り組むようチェコに勧告した。学校の教科書にロマの歴史を記載することや、インターネットやSNSにロマの人たちについての風評や誤った情報が発信されないように申し入れたのだ。COEはチェコがロマ語教育を推進していないとも警告した。初等・中等学校ではロマ語の授業が行われているはずだった。20年計画の手始めとして、ロマやトラベラーズの人たちを保護し、人種主義や不寛容や社会的排除と戦う施策を講じた。

2021年6月の世論調査では、チェコの回答者の70パーセントがロマの人たちに反感を示しているという結果が出た。

チェコ社会に受容されるロマの音楽家たち

ロマのバンド、カレ(Kale) エミル・「プパ」・ミコによる写真使用許可

たとえ悪評を買い社会的に排除されている国民だとしても、ロマの優れた音楽性はチェコ社会で広く認められている。

バンド「ベンガス」のミゲル・ミラン・ホルバートはこんな説明をする。

We are six musicians. We have no problem with fusion, the whole family plays some instrument. We play not only Romani-Gypsy folklore, but also a lot of Latin music, Balkan music (Kusturica or Bregovič), Russian Gypsy music, Polish songs, funk, soul, and of course such evergreens as Bésame Mucho.

バンドのメンバーは6人です。全員が複数の楽器を演奏し、フュージョンも上手くこなせます。ロマやジプシーの民族音楽だけでなくラテン系の音楽をたっぷり、そしてバルカンの音楽(クストリッツアやブレゴヴィッチ)、ロシアのジプシー音楽やポーランドの歌にファンクやソウル、もちろん『ベサメ・ムーチョ』のようなスタンダート曲なども演奏します。

ロマの音楽は一般大衆に好まれ、世界的に有名なチェコのクラシック作曲家カレル・ベンドルアントニン・ドヴォルザークもその作品にロマのメロディーを取り入れている。近年ではほとんどのラジオ局でロマの音楽を耳にすることができる。フランスのジプシー・キングスやチェコと米国の混合バンドN.O.H.A.の人気のおかげだ。両者ともロマ音楽とラテン音楽を混合した演奏で知られている。

チェコのポップ音楽シーンには実際にロマの血を引いた音楽家がいるが、彼らが歌うのはたいていはメジャーな楽曲だ。

ホルバートが続けて話す。

Czechs are a rock nation. Chinaski, Kabát — these are the leading Czech musicians, which is listened to by almost every Czech. Jan Bendig, musician of Roma origin, is probably the only one who has established himself out of many Roma people.

チェコの主流はロック音楽です。チナスキーやカバートなどがチェコのトップミュージシャンで、ほとんどのチェコ人に聴かれています。ロマの血を引くヤン・ベンディグのようなミュージシャンは、あまたのロマ人の中で多分唯一の成功例でしょう。

ヴィエラ・ビラカレなどのバンドに長年属していたロマの音楽家エミル・「プパ」・ミコには異論がある。

…on the Czech scene you can hear and see musicians of Roma origin, but they do not sing Roma music, but they rather are musically assimilated with Czech music or taste.

……チェコの音楽シーンで、ロマ出身の音楽家を見聞きできますが、彼らはロマの楽曲は歌いません。むしろチェコ人の音楽の好みに合わせていると言えます。

国中のライブ・フェスにロマやジプシーの音楽家がよく出演するが、多くの主流メディアのチャンネルで流されることはない。

この問題についてミコがこんな回想をする。

We have been officially playing since 1996, when we released our first CD. Since then, we have played not only in the Czech Republic but also abroad, we have toured 36-37 countries. We play our universal music, it's Roma music, positive, dance, that everyone likes.

Czechs perceive our songs positively, they even sing our songs along with us in our concerts…

However, when we tried to promote our music on radio, even through commercial channels, they refused to play “black music”, due the fear of losing their listeners… In fact, since then did not changed much, they play old songs, for example of Antonin Gondola, or our old songs only if there is some “great” occasion.

正式に演奏活動を始めたのは1996年からです。その年に最初のCDを発表しました。それ以来、チェコ共和国内だけでなく海外でも演奏しています。ツアーで行った国は36か国から37か国に及びます。私たちが演奏するのは誰にでも楽しめる音楽です。それがロマの音楽であり、みんなに好かれる前向きで体がウキウキするような音楽なんです。

チェコの人たちは私たちの音楽を積極的に聞いてくれます。コンサートでは一緒に歌ってくれることさえあるんです……

しかし、自分たちの音楽をラジオ局に売り込もうとしたら、民営局でも「悪魔の音楽」は流してくれませんでした。視聴者をなくすと恐れて……実際、ラジオではその頃からあいも変わらずアントニン・ゴンドラなど昔の歌を流すんです。そう、私たちの古い歌が電波に乗るのは「特別な」理由がある時だけです。

ホルバートも同じような意見だ。

The Roma are a musical nation, we have a musical tradition for centuries… Our group is called Bengas, translated from Romani as “devils”, since we play such energetic things and as fast as devils…

Czech people invite us a lot, but privately, to their celebrations. We also play a lot at festivals. The Czechs like the way we play, it won't take even 5 minutes before someone dances. Although, we are called as the “band on which you dance”, however, on the Czech market, in larger scale it is hard to get, and I know it is on the basis of the nationality. Couple of times we were giving an interview to the Czech TV and radio, but none released our music, and they didn't want to promote us in any way…

ロマは音楽の民です。何世紀にも及ぶ音楽の伝統があるんです……私たちのバンドはベンガスという名で、ロマ語で「悪魔」という意味です。とてもエネルギッシュに、悪魔みたいに速いテンポで演奏しますからね。

チェコの人たちはよく私たちを祝祭に呼んでくれますが、それは個人的なものです。音楽フェスでもよく演奏しますよ。この国の人たちは私たちの演奏が好きなんです。5分もたたないうちに踊り出す人がいます。でも、チェコの音楽業界で「踊れる音楽を演るバンド」だと言われていても、全国的に売れているわけではありません。私たちの出自が問題だからだと思います。何度かチェコのテレビやラジオのインタビューを受けましたが、私たちの音楽が放送されることはありませんでした。どちらにして彼らには私たちを売り込む気はなかったんです……

2人はジプシー音楽がグローバルになった現象を話題に出して、ロマ音楽がチェコで受け入れられ認められたのは最近では2004年頃がピークだと触れている。これは世界的に有名なバンド、ジプシーキングズがチェコを訪れたことと関連がある。

ホルバートはプラハのT-モービル・アリーナでのジプシーキングズのコンサートで、彼のバンドがオープニングアクトを務めたことを思いおこし、次のように語った。

We also travel a lot in Europe. There are only 4–5 of us such Roma bands that travel around Europe. We lived in France for a while. Although, we try to avoid the negative thoughts, but when we compare the attitude, in Czechia, at the official level, there is a different relationship with the Roma than, for example, in France or even in neighboring Slovakia. Privately, Czechs, individuals, love us. But political discourse does not always benefit society.

私たちもヨーロッパをずいぷん旅しました。ヨーロッパ中をツアーする私たちのようなロマのバンドは4〜5しかありません。しばらくフランスに住んでいました。マイナス思考は避けたいんですが、チェコでは国家レベルでのロマとの関係は、例えばフランスと比べると異なりますし、隣国スロバキアと比べても同じではありません。チェコの人たち1人ひとりは私たちに好意を持ってくれています。けれども政治的な会話をすることが必ずしも社会に有益とは限らないのです。

ふたりとも個人的にはチェコの人たちに受け入れられたというプラスの経験を十分に共有しながらも、差別がより広く存在しているという意見は一致している。例えばメディアの差別や偏見、そして自身の住居探しや親戚のための職探しなどが困難なことだ。

ロマの音楽家がチェコで平等に扱われるには何を勝ち取る必要があるかと聞かれ、エミル・「プパ」・ミコはこんな返答をした。

I think it would take time to change that mood, the mentality and the way people with different skin colors are perceived, as it is in the USA now.

こんな雰囲気を変えるには時間がかかるでしょうね。肌の色が違う人々の考え方や生き方が理解されないとね。そう、今の合衆国みたいに。

ミゲル・ミラン・ホルバートはこう締めくくった。

I believe, the future is in the hands of children… What I am most interested in, when we play, is the reactions of the children. If the child is interested in something, it is immediately recognizable. Adults can lie, but children will not. I know that. We played for over 10 years in orphanages. Plus, we're all in the band around 50 years old now. It is important to stay positive, and Roma music is positive.

未来はきっと子どもたちが握っていると思います……演奏する時にいちばん関心があるのは、子どもたちの反応なんです。子どもが何かに関心を示したら、すぐにわかりますよ。大人たちは嘘をつくこともありますが、子どもたちは正直です。そうなんです。私たちは孤児院で10年以上も演奏してきましたから。それに私たちはこのバンドで一緒に歳を重ね、今ではもう50歳ほどになりました。前向きな姿勢を持ち続けることが大切なんです。そう、ロマの音楽のようにね。

校正:Mitsuo Sugano

1 コメント

  • なつお

    「6月19日にロマの男性が警官に殺害されたことがきっかけだ。」とありますが、本当にロマの男性が「警察に殺害された」んでしょうか?
    検査の結果、薬物中毒死であったため、国も警察側を擁護していると、チェコ在住の私は聞いていますが…

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