クレヨンの「肌色」からアイデンティティ、人種問題を考える

2018年開催のイベントTEDxFronteirasに登壇するグラディス・ケルシェル
画像はYouTubeのスクリーンショット

この記事は、アカデミックキャリアをあゆむ女性を取り上げるグローバル・ボイスの特集記事シリーズ「科学界の女性」の一つです。こちらの記事こちらの記事もご覧ください。

グラディス・ケルシェルは、ブラジル南部のリオグランデ・ド・スル連邦大学で教授を務めている。現在52歳で、キャリアのほとんどを民族・人種関係の議論と教育実践に捧げてきた。ヨーロッパからの移民の影響を受けた地域で働く黒人女性として、彼女の活動は、ブラジルにおける人種とアイデンティティについての重要な議論を始めるのに大きな役割を果たしている。

ブラジルでは、人口の大部分が自らを黒人と称しており人種的不平等は、白人の殺人率が低下する一方で黒人の殺人率が上昇するなどのデータに現れている。このような状況の中、子どもの頃から個人を形成する上で人種問題を議論することは大切である、とケルシェルは主張している。

2014年、彼女は同僚のタナラ・フルタドと共に、ブラジルでは前例のない教材「UNIAFRO連邦および州の高等教育機関における黒人のための差別撤廃プログラム)」を作成した。小さな子どもでも、アイデンティティーと表現の意識を育むことができるものである。このプログラムでは、様々な肌の色を表現できるようにいろいろな色のクレヨンを用意し、子どもたちが黒い肌色も表現できるようにした。

グローバル・ボイスは、リオグランデ・ド・スル連邦大学(UFRGS)とビデオ会議を繋ぎ、このプログラムと彼女の研究キャリアについての話を伺った。ここではインタビューのポイントを紹介していく。

「肌色のクレヨン」の可能性

彼女によると、クレヨン製作のアイデアは、ある違和感から生まれたという。ブラジルでは「肌色」とされるクレヨンは、それまで白人の肌を表現するピンク色のクレヨンしかなかった。ブラジル以外では、すでにそれぞれの肌の色に対応した色を一式そろえたクレヨンセットがあったが、ケルシェルとフルタドは、この教材をブラジルの公立学校の教室で使えるようにしたいと考えていた。しかし輸入するとなると、コストも時間もかかってしまう。

写真:グラディス・カーチャーとタナラ・フルタドがデザインした*)クレヨンセット
タナラ・フルタドの許可を得て使用

2014年12月、話し合いや会議、試行錯誤を経て12色の肌色入りクレヨンボックスがPintkor社から発売された。現在では24色バージョンも販売されており、オンラインでも購入可能だが、公立学校にはまだ導入されていない。

彼女によると

O que eu acho fantástico nessa invenção era uma concretude que fazia os professores poderem discutir com as crianças pequenas as questões raciais. Porque pintar o corpo humano em um desenho é uma coisa concreta para uma criança, é palpável, fácil de desencadear a discussão. Para criança pequena, falar de raça, racismo, etnia, isso tudo é uma abstração absurda. Mas falar da cor da pele, da cor que se usa para pintar, é uma concretude. A criança pinta. Ela vai falar por que está pintando daquela cor, e o professor pode, então, entrar com perguntas e estabelecer esse diálogo.

幼い子どもたちと教師が、人種問題について具体的に話し合うきっかけとなることが、この発明の素晴らしいところなんです。子どもにとって、人の身体を描くことは身近なことなので、わかりやすく、話題にもなりやすいのです。彼らにとって、人種、人種差別、エスニシティなどの話はわかりにくく、抽象的なものです。しかし、肌の色や、絵を描くときに使う色についてだと、具体的に話ができます。子どもが絵を描くと、なぜその色を使ったかということを話してくれるでしょう。そこで教師が質問することで、対話することができます。

人種問題に向き合って

黒人女性として、ケルシェルはリオグランデ・ド・スル連邦大学の教授になってから、人種問題を研究テーマにするようになった。

博士論文では、ブラジルの公立学校図書館を支援するプログラムと、その蔵書の人種やジェンダーの問題について研究した。彼女は、これらの図書館で手に取れる本のうち、黒人が登場するものが、教室の子どもたちにどのように受け入れられ、どのような影響を与え、どのように認識されているのかということを研究課題として取り上げた。

A tese, então, se desdobra em pesquisas que eu vou continuando, pensando a representação do negro na literatura e outros marcadores identitários. Ali eu me dou conta da importância desses artefatos [livros infantis contendo personagens negros] para a educação das relações raciais.

これは、私が継続して行っている研究で、書物や他のアイデンティティを表現するメディアの中で、黒人がどう描かれるかについて考察しています。そして、これらの黒人のキャラクターが登場する児童書などのメディアが、人種に関する教育に重要であることに気付いたのです。

研究者になろうと思ったきっかけについて、ケルシェルはこう答えている。

A necessidade. Eu sempre fui uma professora inquieta. O primeiro ponto da minha vida é ser professora. Por ser professora e ter um desejo profundo que meus alunos aprendessem de fato, eu sempre fui uma professora inquieta, incomodada. Sempre saí buscando materiais, alternativas, respostas. E isso fez com que eu precisasse entender determinados processos da minha sala de aula. É assim que eu me torno uma pesquisadora. Sempre pensando na dimensão concreta da minha atuação docente.

必要だと感じたからです。私は常に活動的な教師でした。人生で一番大切なことは教師になることでした。生徒が実際に学ぶことを深く望んできたので、教材や斬新なもの、答えを求めていつでも動き回っていました。そのため、教室で起こっているプロセスを理解する必要がありました。こうして私は研究者になりました。常に自分の授業の具体的な特徴について考えてきたのです。

85年の歴史を持つ大学で26年間働いてきたケルシェルは、黒人の同僚全員の名前を覚えていると言う。なぜなら、その数があまりにも少ないからだ。

Saber o nome dos meus colegas negros é profundamente dolorido. Não há outro modo de dizer. Dói saber o nome. Dói. O que para um colega branco é inimaginável. Eu posso nominar [todos] meus colegas negros. Isso é profundamente assustador, numa universidade que tem quase 3 mil professores.

私は学内の黒人職員の名前を挙げられるのですが、そのことを考えると、非常に苦痛に感じます。他に言いようがありません。名前を挙げることができるということが辛いのです。傷つきます。白人の職員にとっては想像もつかないことでしょうが、黒人職員の名前をすべて挙げることができてしまうのです。3,000人近く教授がいる大学の中で、全員の名前を覚えられる程度の数しか黒人職員がいないということは、とても恐ろしいことです。

彼女によると、主に黒人の女性研究者を苦しめるポイントがもうひとつあるという

Nós, mulheres, somos educadas para a humildade. Eu acho a humildade uma coisa preciosa, mas às vezes o excesso de humildade nos tira a altivez. Nós, mulheres negras, principalmente, somos educadas para desaparecer. E isso é tão marcante, que a gente leva muito tempo para perceber determinadas características que nos prejudicam.

私たち女性は、謙虚でいるように教育されています。控えめであることは大切なことですが、時として謙虚すぎるとプライドが奪われることもあるのです。特に私たち黒人女性は影をひそめるよう教育されています。それが私たちの個性を害するとわかるのに長い時間がかかったのは明らかです。

アカデミックキャリアにおけるジェンダー格差

自身のアカデミックキャリアにおいては、人種的な問題に加えて、ジェンダーの問題も生じている、と女性目線で語っている。

Há questões da vida acadêmica que atravessam mais fortemente os percursos femininos. Uma das questões que atravessou o meu percurso acadêmico foi a maternidade. Eu era uma mulher que queria ser mãe. Algo da maternidade, sobretudo nos primeiros anos, é da ordem de uma demanda importante, que é física — um filho que berra e um seio que derrama leite.

学問の世界では、女性の人生をより強く左右する問題があります。私のアカデミックキャリアで生じた問題のひとつは、母になる、ということです。私は母親になりたいと思っていました。母親になるということは、特に最初の数年は、赤ちゃんが泣いたり、おっぱいからミルクが出たり、という実際に処理しなければならない重要な問題が発生するということなのです。

彼女が2度目の妊娠で双子を授かったとき、ケルシェルはそのニュースのアカデミックな世界での受け止められ方に驚いたことを覚えている。この知らせを聞いて彼女を祝うべきかわからない、という声があったことを、彼女は忘れてはいない。

E eu disse para ela: pode me cumprimentar, porque a pessoa mais interessada em ser doutora antes do nascimento desse bebê sou eu. Nenhum “homem grávido”, esperando filhos gêmeos, daria essa resposta. Eu sabia que, sim, aconteceria um período em que a minha carreira ficaria quase em stand by após o nascimento dos bebês. O homem segue tocando sua vida acadêmica normalmente depois de ser pai. Esse é um forte atravessamento de gênero.

私はこう言いました。「この赤ちゃんが生まれる前に博士号を取る、そういうことに誰よりも関心があるのは私なんです。だから祝ってくれたらいいんです」と。男性が双子を妊娠したとして、誰もそうは答えないでしょう。子どもが生まれた後、自分のキャリアがほとんどストップする時期があるとわかっていました。男性は、親になってからも、自身のアカデミックキャリアを続けられます。これは由々しきジェンダーの問題です。

研究者としてのケルシェルの最大の夢は、ブラジル政府から公立学校にさまざまな肌の色を表現できるクレヨンが配布され、全員の名前を覚えられないほど黒人の同僚が増え、そして大学の管理職にもっと多くの女性がいるようになることである。

アカデミックの世界に今いる女性、そして入りたいと願っている女性に、彼女はこう続ける。

Dentro da universidade é fundamental construir-se em rede, em grupo. A solidão não é um imperativo da carreira acadêmica, da intelectualidade negra acadêmica. Hoje ela é uma escolha, mais do que nunca. Então, o conselho é: a solidão não é uma parte integrante do pacote. A gente pode furar essa solidão e criar pontes magníficas.

大学では、グループや人とのつながりを構築することが欠かせません。学術的な経歴は孤立して積み重ねなければならない、といったルールはありません。もちろん黒人の学術活動でも同じことが言えます。今日では、これまで以上に多様な選択肢があります。アドバイスとしていえることは、学術研究は独りでするものと決まってはいないということです。私たちは孤立を打ち破り、互いにつながる大きな橋を作ることができるのです。


 

名前:グラディス・ケルシェル
研究分野:リオグランデ・ド・スル連邦大学で教育学を専門としている。子どもの教育と文学、反人種差別教育、アイデンティティ、ちがいに焦点を当てている。
詳しい情報はこちら: Plataforma Lattes

校正:Masato Kaneko

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