タリバン政権下で苦境に追いやられるアフガニスタンの女性たち

(訳註:原文掲載日は2021年8月24日です)

「私たちアフガン人が言いたいのは、世界は私たちを孤立させ、アフガニスタンをオオカミに差し出したということです。アメリカが一旦タリバンを排除しながら、今元に戻そうとしていることが私には理解できません。タリバンが統治すれば、最も影響を受けるのは女性たちの生活で、再び破壊されかねません。アフガニスタンのアーティスト、歌手、大物実業家が、かつての90年代のタリバン政権時代のように活動を停止させられるのに、計り知れない恐怖を感じます」とアフガニスタンの有名な人権活動家、マブーバ・セラージは最近 TRT ワールドニュースで訴えている。

今月タリバンがアフガニスタンの領土の大半を支配し、8月15日に、最後まで残っていたカブールなどが陥落したため、国は大混乱に陥った。アシュラフ・ガニー大統領は、ムッラー・アブドュル・ガニ・バラダル師との降伏協定に署名した後、UAE逃亡した。

タリバンが完全に支配するようになった今、アフガン市民は恐怖と不安の中に取り残され、外交官や国際組織の代表たちはアフガニスタンから逃げ出している。

アフガン人は戦争に疲れ果ててきたが、今あの1994年を再び体験し直す羽目になった。当時、タリバンは政権の座にあったナジーブッラー博士の政府を襲撃し、カブールを武力によって支配し、ムッラー・ウマルが率いるイスラム法による国家を成立させたのだ。

米国の突然の撤退とドーハでのトロイカ交渉 の失敗により、国全土がさらに多くの暴力に包まれた。その光景はアフガニスタンの人々に25年前の苦難を思い出させた。つまり社会構造と保健インフラすべての喪失、女性の権利の剥奪、そして 教育システムの完全な停止といったものだ。

その結果、多くの人がこれから起こることを恐れてアフガニスタンを去っている。 そのうちのひとりがガル・ムハンマドだ。

ガルは、8月7日、家族全員でパキスタンとの国境の町であるスピンボルダックから逃げ出した。タリバン兵士が町にやってきた今、留まる意味はこれっぽっちもなかった。ガルは、以前のタリバン政権時代、女性が奴隷にされたり、タリバン兵士との結婚や不倫を強いられたことをよく覚えていたからだ。 グローバル・ボイスとのインタビューで、ガルは次のように述べた。

I saw men with turbans on their heads, and rifles in hands, on their Honda motorbikes in the middle of the night chanting ‘Allah-u-Akbar’ and entering Spin Boldak. It was then that I decided to find a safer place for my family. I left for Pakistan, crossing the Chaman border gate. The residents of Spin Boldak knew they could not continue living safely in the area, fearing that the Taliban had come with the similar intentions that they had in the past.

真夜中にホンダのバイクで、ライフルを手にターバンを巻いた男たちが「アッラーフ・アクバル」(訳註:「アッラーは最も偉大なり」の意)を唱え、スピンボルダックに入るのを見ました。その時、私は家族にもっと安全な場所を見つけなければと思いました。 私はパキスタンに向けて出発し、チャマン国境検問所を超えました。スピンボルダックの住民は、タリバンが過去と同じ目的を持ってやってきたことを恐れ、ここでは安全に暮らし続けることができない、と分かっているのです

ガルは妻と5人の子ども、そして兄弟と妻たち、その子どもたち3人と一緒にパキスタンに渡った。 そこでは、バイクタイヤのショールームの経営者、バフティヤールという男性が助けてくれた。ガルは、パキスタンでの生活資金として女性が宝石や織物を持ってきたと説明した。「これからバローチスタンの州都クエッタに向けて出発し、その後カラチに向かいます。そこで、娘が夫と住んでいる家に滞在するつもりです」と話すガルは、灼熱の暑さを避けて、ショールームの中で家族と一緒に休憩した 

バフティヤールは、ガルの家族をクエッタに連れて行く自動車を手配し、ガルを助けた 。「このパシュトゥーン人の家族は、絶望し、安全を求めてここに来ました。 私は彼らに食料と避難所を提供しました」とバフティヤールはグローバル・ボイスに語った。

タリバン、政府、ドーハ駐在のタリバン指導者の間の対話が和平合意に達しなければ、ガルの家族のように、多くの難民家族がパキスタンや他の近隣諸国に逃れていくことだろう。

アフガン女性の窮状

アフガニスタンの女性たちは、何十年も続く戦争の影響を最も受けた集団のひとつであり、現在あらためて過酷な現実に直面している。 基本的権利が完全に侵害されると共に、女性たちの生活様式と教育を受ける機会の喪失がタリバン政権下で待っていることを恐れているのだ。

昨年の2月、現在の危機が起きるずっと以前に、女性だけの記者会見がカブールで開催された。出席したゲストの中には、国会議員のファウジア・コフィ、アフガン女性ネットワークの事務局長のマリー・アクラミ、およびアフガン女性教育センターのパルワシャ・ハッサンがいた。

記者会見で、女性たちは「即時の恒久的かつ無条件の停戦」と、民間人の殺害や標的殺人、女性の性的奴隷化及びタリバン兵士との強制結婚の慣行の禁止を要求した。

女性たちはまた、和平交渉において男女平等を要求した。それなくして、特にタリバンが統制なく国を動かせば、著しく侵害される状況に逆戻りすると強調した。

当時の記者会見で、パルワシャ・ハッサンは次のように述べている。「(タリバンは)過去から何も学んでおらず、以前よりも残忍で傲慢です。 彼らは、国を運営すること、または誰をも排除しないインクルーシブなアフガニスタンとは何か、国造りに女性が参加する価値について、何の知識も持ち合わせていません。すでに一部のタリバン支配地域では、少女は思春期に達したあと、学校から締め出されており、これはアフガニスタン憲法に違反しています。 マフラム(兄弟、父親、夫など、血縁関係にある男性の親戚)無しで、女性は仕事をしたり、教育を受けたり、外出したりしてはならないという命令をタリバンが下したという報告が出ています」。

アフガン女性の市民リーダーは複雑に絡み合った戦争と長い間闘ってきた。 彼女たちはテロリストの暴力の矢面に立たされており、紛争を通じて最も苦しんでいるのは、女性と子どもたちだ。国連アフガニスタン支援ミッションUnited Nations Assistance Mission in Afghanistan report)の報告によると、女性と子どもがすべての民間人死傷者の46%を占めており、今後も非常に弱い立場に置かれ続けるとみている。アフガニスタン治安当局(訳注:リンク先の情報は2017年2月の物です)によると、少なくとも20の国際過激派グループがアフガニスタンで活動しており、そのほとんどが領土獲得のために、多くのソフトターゲットを攻撃している。

昨年、女性ジャーナリスト、人権活動家、最高裁判所で働く女性を狙った殺害 が相次いだ。 国会議員で交渉担当者のファウジア・コフィは、2020年に腕を撃たれた が、、暗殺未遂を切り抜け、数少ない女性参加者の1人としてドーハでの和平交渉に戻った。 彼女の例は、この困難な状況で、アフガン女性が自分たちの権利のために奮闘してきた勇気を示している。

そして、暗い先行きにもかかわらず、女性たちは抵抗し、沈黙することを拒否し続けている。

世界で最も困難な状況下で声を上げる女性たちに、世界は正当な評価を与えるべきだ。

過去、私たちはアフガン女性が和平交渉を主体的に進めている光景を見てきた。彼女たちの活動は長年の戦争による苦しみから生まれた報償とも呼べるものだったが、2021年の今も、彼女たちは暗い先行きをものともしない毅然としたリーダーなのだ。

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