U20世界陸上競技選手権大会 ナミビア女子選手 女子選手の出場資格規定により中距離種目出場不可に 短距離へ種目変更し好成績を収める

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南アフリカのキャスター・セメンヤ(左から3人目)とケニヤのワンブイ(左から2人目)は、2018年制定の女子選手出場資格規定に触れた4人のアフリカ人女子陸上選手の内の2人である 写真:zeeth ライセンス条件:CC BY-NC-ND 2.0

U20世界陸上競技選手権大会が、8月17日から22日までケニアの首都ナイロビのカサラニ・スポーツ複合施設で開催された。2021年に延期された夏季東京オリンピックに引き続き開催されたこの大会は、20歳以下の選手が先輩選手に追いつけ追い越せという目標を目指す場となっている。

今年のU20世界陸上競技選手権大会ではケニアが圧倒的に優勢な中で、ナミビアの短距離選手、クリスティン・ムボマとベアトリス・マシリンギが注目を浴びた。二人は、この大会の女子200mで1位と2位になり、ナミビアに金と銀のメダルをもたらすという好記録を残した。優勝したムボマの記録はで21秒84の大会新記録、2位のマシリンギの記録は22秒18の自己最高記録であった。

女性が「女子」に出られない規定

世界の陸上競技を管理するワールドアスレチックス(日本語略称:世界陸連 旧称:IAAF)は2018年に、先天的に染色体、生殖腺、解剖学的性別が非典型的な発達をする性分化疾患(Differences of Sex Development:DSD)を有するテストストロン値の高い女子選手に対して試合への出場資格を定めた規定(DSD規定)を発表した。8月にケニアで行われた選手権大会は、このDSD規定の発表を受けて論争が続いている中で開催された。世界陸連は、DSD規定の主旨説明書を作成し、スポーツ仲裁裁判所(CAS)に2018年制定のDSD規定を支持するよう申し立てを行った。スポーツ仲裁裁判所は、以下の判断を下した。

The Panel found that the DSD Regulations are discriminatory but that, on the basis of the evidence submitted by the parties, such discrimination is a necessary, reasonable and proportionate means of achieving the legitimate objective of ensuring fair competition in female athletics in certain events and protecting the “protected class” of female athletes in those events.

本件を担当する仲裁パネルは、DSD規定を差別的と判断する。しかし、世界陸連の主旨説明書に示されたエビデンスをもとに判断すると、各大会に出場する女子選手間の公平性を確保するという合理的な目的を達成するためには、この種の差別は必要であり、合理的かつ相応の取り扱いであるといえる、また、各大会に参加する女子選手のうち「保護されるべきレベルの女子選手(訳注:テストストロン値が通常の範囲内の女子選手)」を保護するためにも同様のことがいえる、と判断した。

世界陸連の主旨説明書は、テストストロン値の高い女子選手を400m、800m及び1500mの各種目から除外する論拠を示している。同説明書は、「女子エリート選手が性分化疾患(DSD)を発症する割合は一般女子の140倍であり、DSDの女子選手が表彰台に上がる割合はそれ以上である」と、説明している。

DSD規定はごく最近発効されたばかりであるが、2016年のリオ五輪で南アフリカのキャスター・セメンヤが800mで金メダルを獲得したとき、同選手がアンドロゲン過剰症、つまり女性としてはアンドロゲンの値が高い状態と診断され問題となった。

2021年4月に世界陸連は、女子の試合への出場資格を定めた新規定を導入した。その結果、南アフリカのキャスター・セメンヤ、ケニアのマーガレット・ワンブイ、ナイジェリアのアミナトウ・セイニおよびブルンジのフランシーヌ・ニヨンサバの4人のアフリカ出身女子選手が、800mと1500mへの出場資格を失うこととなった。この4人は中距離の選手である。東京オリンピックでは、ニヨンサバは出場種目を5000mと10000mに変更したが、ルール違反(レーンからのはみ出し)により失格とされた

クリスティン・ムボマは、2021年7月の東京オリンピックで女子200mに出場し銀メダルを獲得した。マシリンギは6位となった。ナミビアの選手が、オリンピックでメダルを獲得したのはわずか2回である(初のメダルは、フランク・フレデリクスが1996年の夏季オリンピックで獲得した銀メダルがある)。この華々しい成果につづき、ナミビア女子選手チームは、ナイロビで開催されたU20世界陸上競技選手権大会でも優勝候補とされていた。

テストステトロンは競技に不公平な結果をもたらす物質か

問題となっている世界陸連規定により、クリスティン・ムボマとベアトリス・マシリンギの両短距離選手は、生まれつきテストステロン値の高い性分化疾患 (DSD)に該当するとされた。このまれな生理機能は、400mから1500mまでの各種目で性分化疾患の選手に有利な効果をもたらすと考えられている。

スコット・カッチョーラとジェレ・ロングマンは、ニューヨークタイムズ紙の記事で新規定について考察している。

Mboma’s silver medal raised a question: Does the supposed significant physiological advantage gained by intersex athletes begin after 399 meters? Or is the science relied on by World Athletics to institute its restrictions flawed and in need of re-evaluation or expansion to include other running events?

‘It shows this is not an evidence-based regulation,’ said Roger Pielke Jr., a professor of environmental studies at the University of Colorado who has long questioned the scientific basis of the restrictions. ‘It’s about World Athletics’s perception as to who is properly a woman and who is not.’

ムボマの銀メダルは問題を提起した。間性的な中距離選手が持つとされる生理学的優位性とは、間性的な選手のスタートラインが、一般選手のスタートラインより1m前方に設定されているということなのか。世界陸連が規制制定の根拠とした科学的見解には欠陥があったのではないか、だとしたら規定の見直しが必要ではないか。それとも、この規定を他の種目にも拡大する必要があるのだろうか。

コロラド大学環境学教授、ロジャー・ピールケ・ジュニアは、「世界陸連の規定はエビデンスに基づいた規定ではないのは明らかだ。この規定は、陸連独自の考えで女子選手の適性を規定したものである」と語った。同教授は以前から、世界陸連の規定の科学的根拠に疑問を抱いている。

 

ナミビアのウーマンズ・リーダーシップセンター(WLC)は、東京オリンピックの始まる前の7月初旬に、世界陸連が性差別及び人種差別をしているとして、2人のナミビア女子短距離選手、クリスティン・ムボマベアトリス・マシリンギを支援する声明を公表した。この声明は、世界陸連が2人を東京オリンピックの中距離種目から除外すると決定した後に出された。

WLCは、女子選手に行われる検査に反対すると同時に、対象をアフリカ人女性選手に絞って検査が行われていると世界陸連を糾弾した。WLCのプログラムマネージャー、リズ・フランクは、男性はなぜ同様の検査を受けなくてよいのかと疑問を呈している。

It is sexist as there is no testing of male athletes to check for high levels of testosterone. Surely not all men have the same level. Surely there is an ‘average level’ for men. Then why are male athletes whose testosterone levels are much higher than this level not excluded from competing until they artificially bring their levels down.

男子選手にテストステロン値の検査をしないのは、性差別である。すべての男性が同じ数値を示すわけではない。男子の「基準値」があるのも明らかだ。テストステロン値が基準値より高い男子選手は、人為的に数値を下げなくてもなぜ競技に参加できるのか。

2018年制定の女性適格規定は次のように述べている。「性分化疾患(DSD)を有する選手およびアンドロゲン感受性のある選手はすべて」、国際大会で、規定を設けている種目に参加する際には所定の適格基準に適合していなければならない。この規定では、試合前の6ヶ月間継続して血中テストステロン値を基準値まで低減させ、女性または間性(または同等)であるとする法的承認を提出するとされている。さらに、競技期間中及び競技終了後もテストステロン値を基準値以下に維持しなければならないとされている。低テストステロン値の維持は,ホルモン避妊薬を用いれば可能であるが、キャスター・セメンヤをはじめ多くの該当選手が使用を拒否している

世界陸連の規定では、世界大会で女子選手が400mから1500mの間の種目に出場する場合は、テストステロン値を5ナノモル/L以下にしなければならないとされている。この規定により、ムボマとマシリンギの2人のナミビア選手は得意種目の400mに出場できなくなり、代わりに200mに出場することとした。

世界陸連規定および性別確認規定は、女性だけに的を絞っている故に差別的であると見なされている。ヒューマン・ライツ・ウオッチは、2020年に「スポーツの世界から我々を追放しようとしている:性判別検査によるエリート女子選手への人権侵害」と題する報告書を公表し、その詳細を明らかにしている。120ページに及ぶこの報告書は、差別、プライバシー侵害および尊厳侵害の存在の事実を明らかにすると同時に、トラック上でもトラック以外でも性判別検査が強化されているとしている。また、新たな性判別検査規定の影響を受けたグローバル・サウス出身の女子選手の体験を載せている。

ヒューマン・ライツ・ウオッチは、「差別を促し、査察を奨励し、そして女子選手に対する強制的な医学的介入を促すような国際規定が制定されたことにより、女子選手の心身が傷つけられ、かつ彼女らの生活に経済的な困窮が生じた」と指摘している。また、この報告書は、世界陸連、国際オリンピック委員会、各国の保健・スポーツ担当省、および世界アンチ・ドーピング機関といった各関係機関に対し詳細にわたる勧告を行っている。

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