(原文掲載日は2022年2月6日)
本記事は、2022年2月4日にイゾベル・コシウがOpenDemocracyに投稿したものである。コンテンツ共有パートナーシップの一環として再掲し、グローバル・ボイスの形式に沿って編集している。
ミンスク2は、ウクライナのドンバス地域における停戦を目的として、ロシアとウクライナの間で2015年2月に調印された和平合意である。親ロシア派武装勢力との戦闘で、ウクライナが何度か最悪の敗北を喫していた最中のことだった。1か月にわたる包囲の間、デバルツェボでは何百ものウクライナ兵の戦死者とそれ以上の戦傷者が出た。ドネツク空港での圧倒的な敗北の直後のことだった。
ミンスク合意は、第1項で停戦、捕虜の交換、および戦線からの軍の撤退を定めている。一方、第2項では、ウクライナ政府が東部国境の支配権を取り戻し、占領地域で地方選挙を実施したのちに、ドンバスに特別自治権を与えてウクライナへ再統合するとしている。
その後7年、両国が求める成果は正反対で、合意の解釈もそれぞれ異なっている。しかし、フランスとドイツの仲介で対話は続いている。
ミンスク合意は戦闘激化を抑制しただけであり、永久的なものではなく、常に修正されている。そして、ロシアの思い通りに紛争が現実的に解決されるよう、政治的な規定が目論まれている。
ウクライナ、ロシア、フランス、ドイツの首脳会議、いわゆるノルマンディー・フォーマットは、2月10日にベルリンで会合を行う予定だった。ウクライナ周辺におけるロシア軍の駐留を段階的になくしていこうとしたのだ。しかしこの会議では手詰まり状態を解消することができず、ロシアは今週、ウクライナとベラルーシの国境沿いで予定通り軍事演習に移行し、キーウと西側諸国をやきもきさせている。
複雑で紛らわしいミンスク合意
「私の見解では、重要な政治的条項が独立国としてのウクライナの存在と矛盾している」と語るのは、王立国際問題研究所(チャタム・ハウス)の特別研究員であり、ミンスク合意を専門とするダンカン・アランだ。
彼の分析では、ドンバスの政治的再統合を目指してこの計画が慌ただしくまとめられたために矛盾点が含まれており、双方が自国に有利な解釈を支持することにつながったという。
実のところ、キーウがロシア側の解釈によるミンスク合意の履行を強いられた場合、一般のウクライナ国民の激しい反発が起き、国内情勢が不安定になる可能性を示唆する専門家もいる。
アランは、この合意は「非常に複雑で紛らわしい手続きが次々と続く」と思っている。
ウクライナはこの合意の下で、国際基準を満たした地方選挙案が実施される前に、ロシアと親露派武装勢力が撤退し、国境の支配権を取り戻すことを求めている。そうすれば、ロシアが要求している特別な地位をドンバス地方に与える代わりにキーウが同地方に何らかの特別な権限を与えるが、基本的には現行の地方分権計画に組み込む必要がある。
ウクライナは、頭の痛い政治的要素がこの合意によって少し変わると目論んでいる。もし合意すれば、ロシアが要求し続けてきたドンバス地方の支配権とウクライナの国内問題への発言権を無効にできるのだ。
ロシア側の解釈を受け入れれば、ウクライナはその地域に特別な地位を与えることになる。ロシア側からすれば、「民兵」と呼ばれるロシアの警官隊の駐在、判事や検事を選ぶ権利、その地域の国境を超えたロシアとの協力に対するキーウからの支持、ロシア側で戦った人たちへの恩赦、そして選挙などを含む。これらはすべて、ロシア支配下の武力組織とロシア軍が撤退する前に起こり得ることなのだ。
選挙とはプロパガンダとなりすまし投票である
公正な選挙と、戦争や支配の恐怖から解放された領土に特別な地位を与えることは、理にかなっているようだ。
だが、ウクライナ国立学士院の社会学者であるアレクサンドル・ショルガのような専門家たちの話では、ウクライナ人は不公正な選挙結果を恐れ、ロシアは実際に選挙がどのように行われるかを明らかにすることに当然のことながら抵抗するという。
ショルガいわく、まず欧州安全保障協力機構(OSCE)によるドネツク・ルガンスク両地域での自由で公正な欧米式選挙を、ロシアやウクライナ東部に展開するロシア軍が許すことは想像しがたい。仮に実施したとしても、前政府の関係者が立候補する可能性が非常に高い。彼らはウクライナ兵を殺害してきた者たちであるため、彼らに恩赦を与えれば、相当物議を醸すことになるだろう。
ショルガの話では、8年前の開戦以来、ウクライナ分離派の支配地域の住民は極端な反ウクライナのプロパガンダにさらされ、あらゆる選挙がさらに困難になっている。彼は「こんな状況で選挙ができると思いますか? 戦争の概念がまったく異なっているのですよ」と疑問を呈している。支配地域の分離派当局の公式見解はロシアのプロパガンダの受け売りで、ウクライナ東部で虐殺を行っているのはウクライナそのものだとしている。
ドンバス地方に特別な地位を与えるというロシアの思惑は、ロシアが親ロシア派軍を使ってウクライナ議会に今後もずっと影響を及ぼす可能性がはるかに高い。また、建前としてはウクライナの警官隊に組み込まれるはずの「民兵」が、実際にはロシア軍に従属することも大いに考えられる。だがショルガに言わせれば、ウクライナ国民にとって最も耐えがたいのは、これまで軍の上層部だった者たちが、その多くがロシア市民であるにもかかわらず、ウクライナ議会の議員になるばかりか、ウクライナの警官隊にまで加わることだという。
国内の反発のおそれ
ロシア側のミンスク合意の解釈を受け入れるか今以上の死者や破壊の被害を出すかの二択を迫られているとして、ウクライナの首脳陣が受け入れた場合、国内での反発は免れないだろうとショルガは考えている。
「注目すべきは、ウクライナのゼレンスキー大統領が国境での戦闘拡大とミンスク合意は無関係だとしている点です。国境での紛争以上に、ミンスク合意がウクライナにとって危険になる可能性をわかっているのです」とショルガは語る。
2015年、ウクライナの国会議事堂前で治安部隊員4名が殺害された。支配地域に特別な地位を与えようとする法律に抗議して、極右民族主義政党の党員が手りゅう弾を投げたのだ。この法律は最初の提案では通過したものの、それ以上審議されず、無効となった。
極右に詳しいマイケル・コルボーンは、キーウ政府がミンスク合意を実施しようとすれば、ウクライナ国民から非常に激しい反発があるだろうと考えている。
「ミンスク合意に怒っているのは、はっきり極右だとわかる人ではないでしょう。私の考えでは、主力となるのは愛国的な市民社会です。もっとも、そんな行動の先兵を務めようとするのは極右派ですが」と彼は語った。
コルボーンの定義によると、民族主義的市民社会とは、多くの退役軍人を含む他民族を排他しない愛国主義的視点を持つ人々のことである。自由民主的な政府と一致する見方だ。コルボーンは、アイルランドの国家主義における反帝国主義要素との類似点があるとみている。
「それこそまさに、2014年以降のウクライナ社会で起きている国民的な愛国への方針転換の再来だというと理解しやすいでしょう。国の戦時中によく起こることです」と彼は述べた。
一方ロシアも西側との今後の関係を懸念しつつ、ウクライナ側のミンスク合意の解釈を受け入れる兆しは見えない。しかし、国境沿いで警戒が高まる中で猶予期間を生み出すために、ウクライナもミンスク合意に再注目した方が良いだろうという声もある。
オックスフォード大学の人類学者であるウォロディミル・アルティウクは、仮にウクライナがロシア側のミンスク合意の解釈を受け入れることがあれば、ロシアにとってメンツを保ったまま撤退する機会ができ、そうすることで譲歩にさらに前向きになる可能性があると考えている。
「この差し迫った危機を回避する一筋の光かもしれません。今まさに存在しているウクライナ人民共和国の即時滅亡という危機を」とアルティウクは語った。「ロシアから何らかの譲歩を引き出せるかもしれません。彼らも大言壮語を控えなければならないでしょうから」
「そうしても、すべての問題の解決にはならないでしょう。しかし幾分かの時間稼ぎにはなります。今後の交渉を進展させるために策を練る時間ができるでしょう」と彼は付け加えた。
支配権の獲得こそロシアの本音
ウクライナ国境沿いにおける最近のロシア軍の増強は、ロシアが目的を達成するためにさらなる軍事力を行使しようとしている前兆である。ロシアは目的達成のために西側諸国に圧力をかけてており、西側を使ってウクライナにロシア側の解釈に従ったミンスク合意を実施させ、他の未決定の政策も受け入れさせるのかもしれないのだ。
西側諸国は、「ミンスク合意が実施されれば、EUの対ロシア制裁を解除する」といった声明を定期的に出し、合意への支持を繰り返している。しかし、彼らがロシアとウクライナのどちら側の解釈を支持しているかははっきりとしないままだ。
記事の中でアランは、「ウクライナの主権はウクライナが主張する通り同国にあるのか、もしくはロシアの要求通りに限定的なものなのか」という問題を西側が解決するよう迫った。そして、「西側には厳しい現実から目を背けたがる政治家もいる」ことを懸念しているとも語った。
ロシアのウクライナ問題が、ウクライナの言語法や脱共産主義法、EUやNATO加盟など個々の政策をロシアが受け入れられないだけならどうだろう。そんな政策が外交手段として使われるだけならば、調停会談だけで解決できただろうに。
しかしロシアは、ウクライナを恒久的かつ日常的に支配したいために、2014年に戦争を始めた。ウクライナがロシアの支配を拒絶していることを容認できないために、ロシアはますます激しい攻撃を続けているのだ。