(原文掲載日は2023年11月24日)
10月27日土曜日、スタッド・ド・フランスで行われたラグビーワールドカップ決勝戦は興奮に沸いた。そして、南アフリカのラグビー代表チームである強豪スプリングボクスがニュージーランドのラグビーユニオンチーム、オールブラックスに12対11で際どい勝利を収めた。
現在、スプリングボクスは世界ラグビーランキングでトップの座を占め、ワールドカップで4度の優勝(1995、2007、2019、2023)を誇る世界チャンピオンだ。ワールドカップ連覇(2019年と2023年)を達成したのはラグビー史上2チーム目で、偉大なライバルであるオールブラックス以来である。しかし、南アフリカはいかにしてこれを成し遂げたのかという疑問は残る。さらに、アフリカーナ(そしてアパルトヘイト)の牙城を象徴するチームがいかにしてさまざまな肌の色の南アフリカ人に受け入れるようになったのか。
まずは、スプリングボクスが世界で最も偉大なラグビーチームになった瞬間を再度思い出してみよう。
@rugbyworldcup The Springboks go back to back 🏆 #RWCFinal #RWC2023 #rugby ♬ som original – WE ARE 00h.03m 🇨🇭
Situation right now at Mall of Africa in Waterfall. Thousands of people are here with us. WE DID IT SOUTH AFRICA!!! We won the Rugby World Cup again. For a record 4th time. In God we trust. The whole country is not sleeping tonight. 🔥🔥🇿🇦 #Springboks #RWCFinal #RWC2023… pic.twitter.com/6pX1Zr65aE
— Toko Masemola (@TokoMasemola) October 28, 2023
ウォーターフォール市のショッピングモール、モール・オブ・アフリカの今の様子。何千人もの人々がここに集結している。やったね 南アフリカ! ラグビーワールドカップで連覇。大会最多の4度目の優勝だ。我々は神を信じている。今夜は南アフリカ全土が夜通し歓喜に沸くだろう。🔥🔥🇿🇦 #Springboks #RWCFinal #RWC2023… pic.twitter.com/6pX1Zr65aE
— Toko Masemola (@TokoMasemola) October 28, 2023
南アフリカにおいて、ラグビーは比類がないほど重要だ。スプリングボクスは国民の誇りと団結の象徴としての役割を果たし、この国の歴史と文化を形作ってきた。ネルソン・マンデラは、ラグビーを通して南アフリカの黒人と白人の間の分断を乗り越え、国民の誇りを共有し育てていくことができると信じた。1995年のラグビーワールドカップを前にして、マンデラが国民に団結するよう鼓舞したことは、この国のスポーツと歴史にとって重要な節目だった。その様子はCBC News YouTube channelのドキュメンタリーインビクタス:ネルソン・マンデラはスポーツを通して南アフリカをひとつにしたで観ることができる。
しかしながら、一部の人々にとってスプリングボクスのジャージはこの国の抑圧的な白人少数派支配の象徴のままだ。
南アフリカラグビーの歴史
南アフリカのアパルトヘイトはアフリカーナ国民党の政権獲得を受けて1948年に誕生した。アフリカーナ国民党は主に南アフリカに入植したオランダ人、ドイツ人、フランス人の子孫であるアフリカーナ人で構成された政党である。同党は白人少数派の優位性を信じ、このグループを支持する政府の樹立を目指した。この政策のもとで、少数派の白人が政治的、社会的、経済的に南アフリカの生活のあらゆる側面を支配し、人種隔離を制度化した。
ファレル・エヴァンスの記事によると、この政党は同国のラグビーチームと強いつながりがあったという。チームには創設以来90年間、白人選手だけを選抜してきた歴史がある。党はチームの成功を自分たちのものとみなし、時にはチームを選手たちの政治的地位への踏み台として利用した。
ラグビーチームのマスコットであるスプリングボックガゼルは、1906年以来アパルトヘイトの国民党のシンボルであった。南アフリカの黒人はこのシンボルの変更を求めたが、マンデラはアフリカーナに配慮し、スプリングボックガゼルをシンボルとして継承し、国をひとつにする融和戦略を模索した。
南アフリカチームは、民主化したばかりの南アフリカが自国開催した1995年のワールドカップに初出場した。1995年のラグビーワールドカップ決勝、南アフリカ対ニュージーランド戦は南アフリカの歴史の中でもアパルトヘイト終結後の団結を印象付けた意義深い瞬間となった。
およそ28年の時が流れ、南アフリカは現在世界チャンピオンとして君臨し、ワールドカップで4度優勝、史上最多タイトルでオールブラックスを上回った。アパルトヘイトのため、 1987年と1991年の最初の2回のワールドカップから排除されたことを考えると、この功績は特に注目に値する。2019年と2023年のワールドカップでは、黒人として初めての代表チームのキャプテン、シヤ・コリシがチームを牽引し、スプリングボクスが優勝を勝ち取った。これは、この国のラグビーの歴史にとって、もうひとつの極めて重要な意味を持つ出来事となった。
南アフリカではラグビーはフットボール(サッカー)に次いで最も人気のあるスポーツだ。6,000万人を超える人口の中で、1,000万人近いファンがいる。南アフリカにおけるこのスポーツの人気は、同国の登録選手数が804,279名を超え、イングランドに次いで世界で2番目に多いことからもわかる。
ルビー・ポッドによるYouTubeビデオによると、ラグビーにおける南アフリカの優位性は、優れたグラウンド、コーチング施設、機会など、この国の卓越した競技インフラに起因すると考えられる。
このビデオではまた、他の国とは異なり、南アフリカの学校、大学のラグビーシステムは基本的にプロとして扱われており、若い選手がアピールするための最初のステップとなっていることが強調されている。たとえば、1964年に始まったクレイブンウィークは男子生徒に通常の学校ラグビーよりも高い水準のトレーニングを提供し、地方チームの人材プールの役割を果たしている。この大会は、人材スカウトが次世代のラグビースターを発掘する場になっている。
南アフリカのラグビーに対する本気度は、プロの試合に加えて、クラブ、大学、学校のラグビーをカバーする数多くの専用ラグビーチャンネルがあることからもわかる。
大学ラグビーも極めて重要であり、各大学が独自のリーグ、ハウスチーム、年齢別チーム、アカデミーを持ち、真剣に取り組んでいる。しかしながら、 南アフリカでは人口の80パーセント以上が黒人だが、私立学校のピッチからプロリーグに至るまで、南アフリカのラグビーのあらゆるレベルにおいて依然として白人が圧倒的に多い。この人種格差によって、あらゆる人が受け入れられる環境であるかという点に関し、依然として懸念がある。
南アフリカ人がフィールド上で有利かどうかは別として、この国がラグビーに深い情熱を持っていることは疑いようがない。その情熱は歴史を通じて彼らのDNAの一部となって引き継がれ、独自の文化を形成してきた。国際舞台、特にワールドカップでの成功は、この国が団結しラグビーへの愛を育む上で極めて重要な役割を果たしてきた。
マンデラ氏が母国のラグビーに与えた影響はいつまでも記憶に残り続けるだろう。彼はゲームやスプリングボクスのシンボルを変えることはなかったが、それらに込められた意味を再定義し、ピッチの内外でラグビーを変え、南アフリカ全体を団結させる力にした。