
ロシアポストの同じ記事より 公正利用
出版者ウラジミール・ハリトーノフがロシアポストに投稿した「ロシアで高まる書籍規制を取り上げ、「有害」な本を排除する方法と、ソ連邦時代との違いを説いた」記事を、同誌の許可を得て、読みやすい形に編集要約して転載する。
検閲がなくても、書棚から本が消えていく
ロシア憲法は検閲を禁じている。だが法律やその他の方策を使って本の自由な出版ができない状況に対し、憲法の検閲禁止は全く無力だ。この数か月間でも、ロシア書籍組合の専門委員会からの勧告を受け、ウラジーミル・ソローキンの「Nasledie (継承)」を始め、ジェームズ・ボールドウィンの「ジョヴァンニの部屋」とマイケル・カニンガムの「この世の果ての家」のロシア語版の出版を、これらの本を出した出版社が取りやめている。
マデリン・ミラーの「アキレウスの歌」、ハニヤ・ヤナギハラの「A Little Life (ア・リトル・ライフ)」も同様に、検事総長からの通知後に回収、同じ専門委員会による審査にかけられた。一方でロベルト・カルネロ著の評伝「Morire per le idee Vita letteraria di Pier Paolo Pasolini (パゾリーニ:自らの理念に死す)」は多くのページが黒塗りの状態で発売された。こうした書籍はすべて「LGBTQ+の宣伝活動」を行った容疑をかけられている。
「同性愛宣伝禁止」の法律は法人に対し非常に厳しい罰則を設けており、出版社には高額な罰金と長期間の営業停止が課されている。
2023年末ロシア最高裁判所は、実際には存在しない「国際的なLGBTQ+の活動団体」を過激派組織であると宣言した。そのため「過激派のLGBTQ+の宣伝活動」が、書籍にもしも見つかると、出版社は経済的に大きな打撃を受け、刑事告発される恐れもある。
出版社は、過激派を手助けしたとして告発されるとどうなるか、嫌と言うほど分かっている。ボリス・アクーニン(グリゴリイ・チハルティシヴィリのペンネーム)は出した本が数千万部も売れる、ここ20年では最も成功したロシアの作家だったが、当局は彼を過激派だとでっち上げ、警告のためにアクーニンの本を出版していたザハロフ出版社の編集部を捜索した。彼の本は瞬く間に書店や、図書館からさえ姿を消した。
グラブリット(ソ連邦時代の検閲機関)が無くても、同じ目的は十分に達成可能なのだ。現代ロシアで本の出版を禁止する仕組みは、ソ連邦や帝政ロシアとは異なる。かつてのように専門の検閲官が当局の指針に従い、治安を乱す動きを探り、査閲し、出版に適合する原稿にだけ「検閲済」のスタンプを押す機関は存在しない。
現在の情報規制の仕組みはここ二、三十年にできたもので、出版分野だけでなく、政治的議論の空間全体を規制の対象としている。いくつもの組織が組み合わさっているが、そのうち二つはどのような独裁体制にもある組織だ。まず独立行政機関とは言えなくなった、政府に従うだけの裁判所と、そして未告発の犯罪の調査報告を行う法執行機関だ。
どちらも官僚的組織だが、組織の必要性を示すことが常に求められている。法執行機関はいつも新しい犯罪を見つけ出す必要がある(もし見つからない時は捏造する。架空の「国際的なLGBTQ+の活動団体」はその一例だ)。一方で法廷は、被告に対して無条件に有罪判決を下す。さもなくば法執行機関も法廷も、自らの無能を疑われるからだ。
情報規制の仕組み第三番目は法律の禁止事項だ。書籍とは直接は関係ないが、禁止事項は年々増殖しており、その解釈も書面通りとは行かない。
どの禁止条項も検閲ではないかもしれないが、様々なことを禁じており、その結果検閲として機能している。しかも禁止内容はわざと曖昧に書かれており、どのようにでも解釈可能にしてある。
出版規制の対象は徐々に拡大
ロシアはこの仕組みを、市民からの抵抗の一番少ない、多くの人が社会的脅威と考える麻薬の問題で試みた。2000年代当初、旧ソ連邦の麻薬取締法を根拠にウルトラ・クルトゥーラ社とファクトリア社の書籍数冊を発禁処分とした。レスター・グリンスプーン、ジェームズ・B・バカラー共著の「マリフアナ 」(イェール大学出版会、日本語訳:青土社 )、 フィル・ジャクソンの「Inside Clubbing (クラブの内側で)」(バーグ出版)、アダム・パーフリー編「Apocalypse Culture (黙示録の文化)」(フェラルハウス)だ。
これ以降、ロシアでは麻薬政策や麻薬と人類の歴史に関する本は実質的に出版されなくなった。裁判所の決定で書籍が発禁処分になるだけでなく、出版社の倉庫に残っている在庫も廃棄になるなど、経済的損失が目に見えるようになると自己規制は有効に機能する。
ロシアには政府への批判を禁止する法律はないが、2002年制定の「過激主義活動」対策法は検閲への志向と言うプーチン政権の本質が明らかになった最初の法律だ。この法律は政府官僚の「侮辱」を禁じている。警察への批判は禁じられていないが、法律は「一定の社会的集団に対して憎悪をあおる行為」を犯罪としており、警察官はその社会的集団に含まれるようだ。
第二次世界大戦の歴史研究は禁じていないが、ドイツ第三帝国とソ連邦を「比較」することは禁止だ。出版社はこれに合わせて、20世紀のロシア史の書籍で章全体をまるごと削除し始めた。ウラジスラフ・イノゼムツェフ著「Unmodern Country (非近代国家)」の電子版はこの法律を理由に該当の章が削除されている。
その他にも「祖国防衛に貢献した人々への無礼」や「祖国防衛につくした人たちの名声を損なうこと」、「大祖国戦争の帰還兵の名誉と尊厳を傷つけること」も禁止の対象だ。
検閲は違憲だが、出版社を自己規制に誘導できれば必要ない
自己規制を強いる、新たな圧力
2024年には自己規制に新しい動きが加わった。政府は同性愛をまだ明確には禁じていないが、同性愛者を連想するサイン、例えばレインボーイヤリングをつけているだけで「過激派」と同一視されつつある。書籍は頻繁にこの新しい規制手段のターゲットとなっている。
ロシアの超保守主義者は目標設定にあたって、アメリカの共和党右派指導者を模倣してきた。だがアメリカの右派と違って、ロシアでは民主的な立法手続きも、独立した司法も、活発な市民運動にも直面することなどない。
帝政ロシアやソ連邦の時代と違い、出版前に検閲は行えない。だが出版社の弱点を握って、国家の意向に沿わない本を出さないように仕向けるのだ。
この目的達成のために必要な、市民からの反応も政府は意のままに得ることができる。親政府的な通報者、政府からの金をポケットに隠して大衆の気を引く道化者や政治活動家が「市民の声」を代弁してくれるからだ。この「市民の声」に応えて立件、専門委員会による審査、裁判での正しい評決が下されるのだ。ドミートリー・ブィコフ、ボリス・アクーニン、ウラジーミル・ソローキンなどの人気作家の本が書店の本棚から消えた大規模な排斥運動も、これらの作家に対する公式、非公式の非難が出発点だった。
(トライアル応募者の翻訳を見直して掲載します)