
コロシュ・ガジモラド『自然とともに呼吸する』2024年制作 ミクストメディア/キャンバス 120 x 80 cm 作者提供写真
コロシュ・ガジモラド(55歳)は伝統的なカリグラフィーと現代的な芸術表現を融合させるという稀有な手法で知られ、現代イラン美術界では卓越したアーティストのひとりである。
ガジモラドは木材工業と紙工学の学位を持ち、イランカリグラフィー協会の認定を受けて、伝統的な技術と革新的な表現形式の融合に何十年も取り組んできた。
彼の作品は伝統への敬意が革新的な精神と呼応したもので、独特の相乗効果を生み出している。古典的な書体が現代的な表現形式に鮮やかに融和し、特にサリールという書体が発展する中で、それが顕著に現れている。またベテラン教育者として、優良校で25年以上にわたってカリグラフィーとタイポグラフィーの教鞭をとり、次世代の芸術家たちを育ててきた。
グラフィックデザインと美術関係の仕事に没頭し、プロとして経歴を重ねた。また数々の大手新聞社で要職を務め、イランの著名芸術家たちの展覧会の企画担当という重要な役割も果たしてきた。その芸術的影響は国境を越え、卓越した作品は権威ある美術館などに所蔵されている。例えばドイツのミュンヘン五大陸美術館はそのひとつだ。
イラングラフィックデザイナー協会役員とジャーナリズムコンテスト審査員を務め、オリジナリティと芸術的デザインを一貫して擁護し、イランやその他の国々で視覚芸術の水準を高めようと尽力してきた。

テヘランのスタジオで制作中のコロシュ・ガジモラド 本人提供写真
グローバルボイスとのインタビューで、ガジモラドは自らの芸術哲学についての深い洞察を語った。文化的なアイデンティティと文字書体から受ける知覚体験感覚というテーマを作品の中で探求していくのである。
彼はペンとインク使用の革新的な技術を語るが、その技術から生み出される感情は見るものに深い共感を与えている。
インタビューからの抜粋は以下の通り
オミッド・メマリアン(以下OM):あなたの作品は伝統的なカリグラフィーと抽象図形を独自の手法で組み合わせています。その芸術的手法をどう定義されますか。またそれは伝統的なカリグラフィーの手法とどこが違うのでしょうか。
コロシュ・ガジモラド(以下KG): 私のスタイルは伝統的なカリグラフィーと現代の抽象的な書体を融合させたものなので、古典芸術の醍醐味を現代的な目を通して表現できているのです。あくまでも伝統的なものを基礎にして、抽象的で自由な書体で描線に新しい命を吹き込むのです。この手法を取ることでただ線を描くだけでなく、ペンの動きと描線からエネルギーが生まれるという知覚的で霊的な経験をもたらします。こうして描線が文字の元々の意味から離れ、感情とより深淵な概念を伝える新たな道具となるのです。私は見る人の心を刺激するような表現を目指しています。そして本来のカリグラフィーアートも尊重しながら、鑑賞者が描線の表面的な意味の向こうにあるものに思いを馳せるようにしたいのです。

コロシュ・ガジモラド 『無音の言葉』2020年制作 キャンバス/アクリル絵具 180 x 200 cm 作者提供写真
OM:ご自分ではどのような主題やアイデアを作品で探究しようと思われているんですか。また、鑑賞者に作品から何を感じ取って欲しいと思われますか。
KG:作品制作にあたっては古典的要素と知覚的要素を重視しています。古典的な面では、私が使っているサリール書体もそうですが、伝統的なカリグラフィーとは異なる筆跡や斜体字を使う傾向があります。この点で強調したいのは、文化的主題や真正性、文化的アイデンティティや人間の価値といった過去と繋がる深い概念です。知覚的要素の面からは、文字が持つエネルギーと感覚や陰陽の空間の相互作用に力点が置かれます。このような抽象的な形を通して、文化の永続的な本質を描き出そうとしています。鑑賞者が私の作品の深みを感じとり、それぞれで解釈し、現在と過去を繋ぐものを考え、私の作品と私的なつながりを深めて欲しいのです。

コロシュ・ガジモラド 『存在の枝』2024年制作 4部作 ミクストメディア/キャンパス 400 x 150 cm 作者提供写真
KG:コーラペン先を使った私の革新的な手法は、イラン内外の芸術界で多様かつほぼ肯定的に受け入れられています。この手法は作家にも批評家にも好評で、現代カリグラフィーの新しく特色ある方法だとみられています。国際的にもこの手法は伝統的要素と抽象的な表現方法をうまく混合させたものだと高い評価を得ています。イラン国外のファンは私の作品を見て今までに経験したことのない感情が心に響くようですが、描線とその動きの中に文化的に共通する言葉を読み取るのです。このような熱狂的な支持を見ると、芸術、特にカリグラフィーが異文化間の架橋となって、翻訳の必要もなく感情を伝えることができることがわかるのです。

コロシュ・ガジモラド 無題 アクリルと金箔/キャンバス 236 x 183 cm 作者提供写真
OM: テヘランには才能豊かで活動的な誇るべき芸術家集団がいます。11月に開かれたあなたの最近の展覧会に続いて、イランの最新の芸術の動きを見てどんなことをお考えですか。
KG:テヘランの芸術家たちは、様々な制限があるにもかかわらず他国では見られない作品制作を展開し、伝統性と現代性の影響を合わせ持つことで多くの芸術ファンの心を掴んでいます。若手のアーティストたちの作品を見ても、ゾクゾクするような力強さを感じます。つまり、困難にぶつかっても自分の芸術の追求に創造力を注ぎ続け、イランの国内外で光彩を放っています。テヘランでは社会的文化的主張のある作品を作ろうという強い傾向があります。若手アーティストたちは文化的ルーツとの繋がりを維持しつつ新しい道具や技術を取り入れています。現在と過去の相互作用がイラン独特の芸術シーンを産み出し、その主張を世界中に響かせているのです。

コロシュ・ガジモラド 『生命の木』 2021年制作 インク/厚紙 21 x 29.5 cm 作者提供写真
OM:中東、特にアラブ諸国でのカリグラフィーの人気を思えば、その地域でのあなたの作品の受け入れられ方はどうですか。
KG:中東文化圏、特にアラブ諸国ではカリグラフィーは特別な立場にあります。私の作品は伝統性と現代性を統合したもので、その地域では好評です。熱心なファンの多くは中東のあちらこちらで開かれている展覧会やイベントで見られる私の制作方法を革新的とみなしています。私の芸術表現はその中にカリグラフィーの正統性と変容の象徴を映し出しているのです。アラブ諸国からの前向きな反応は、作家も鑑賞者もカリグラフィーを新しい方面からとらえたいという願望だと思います。複雑な感情表現の手段にしているのです。このように受け入れてもらえると、言語の違いの壁を越えて文化交流と芸術的な対話が容易になり、イランと他のアラブ諸国間で芸術的精神を共有できることがわかるのです。

コロシュ・ガジモラド 『森のささやき』 2021年制作 アクリル絵具/キャンバス 150x 100 cm作者提供写真
OM: あなたはイランでは卓越したグラフィックデザイナーですが、グラフィックデザインでの経歴があなたのカリグラフィーや芸術表現にどんな影響を与えましたか。
KG:グラフィックデザインは私のカリグラフィーと芸術表現に大きな影響を与えています。視覚に訴える要素を構成する際に明確な視点を与えてくれました。それは伝統的なカリグラフィーではあまり見れないものです。この経験のおかげで、私は構成に重点を置き空間を有効に使って作品をデザインすることができたのです。そして作品のメッセージ力を強めたのです。グラフィックデザインのおかげで、私は色彩やコントラストや調和といった発想に習熟できたし、それらを創造的に自分の作品に組み入れています。こんな要素がまとまって、私の作品を古典的な形態以上の高みに引き上げ、鑑賞者により深くより長く楽しんでもらえるようになっているのです。

コロシュ・ガジモラド 『無限の音』2020年制作 ニトロセルロース塗料/厚紙 70x 100 cm 作者提供写真
OM:あなたのカリグラフィー歴は何十年にも渡ります。特に現代美術とテクノロジーに関して、どんなカリグラフィーの将来像を描いていますか。
KG: 40年ほどカリグラフィーに取り組んできて、私は現代美術とテクノロジーとの統合を進める中にその未来が広がっていると思っています。カリグラフィーは文化や歴史に根ざしていますが、現在は新しい技術とデジタル機器、特に人工知能にテコ入れして革新的な作品を作り出すことも考えられます。このように技術を統合すれば、新進作家たちがカリグラフィーを新しい手法で表現し、鑑賞者とじっくりと語り合えるようになるのです。その上、このような繋がりができれば、カリグラフィーは活発で進化する芸術として新たな世代や他の国々の人々の心に訴えることができるのです。これは予想ですが、カリグラフィーは伝統と現代性を統合しながら将来も生き続けるでしょう。新興技術を取り入れ、斬新で創造的な表現を育て上げると思います。こうしてカリグラフィーが再び活気づき、人気のある革新的な芸術としてその地位が世界的に認められるのではないでしょうか。