
複雑な模様を縫い込んだ自作のパテ刺繍を手にしたサラ・カシュガイ 2024年制作 本人提供写真
サラ・ソレイマーニー・カシュガイは、数世紀の歴史を持つイランの伝統的なパテ刺繍という手工芸品を、新鮮な感覚で現代的に生まれ変わらせた。このイラン南東部ケルマーン市の特産品はウールや絹、時には金の糸で縫い込んだ刺繍の一種で、花や鳥、そして様々な煌めく文様のデザインが見るものの目を楽しませてくれる。
さらに、カシュガイは7種の刺繍技法に精通していて、その作品は伝統的な図柄の範疇にとどまってはいない。絵柄だけを縫いだすのではなく、そこには奥深い感情や物語が読み取れる。刺繍という古くからの手工芸の世界に留まらず、サラはパテ刺繍を洗練された作品制作技術に昇華させた。そして一人ひとりに語りかけながら幅広く共感を得れるよう、自分の気持ちや考えや力強い社会的主張を縫い込んだ作品を作り出している。
この手工芸は数世紀も遡るペルシャのサファビー王朝時代を起源としているが、1868年になって初めて世に知られるようになった。ケルマーンの人たちは長い間、自然界の色彩を住居内の装飾に取り入れ、無味乾燥な砂漠の風景では見られない木々の緑の代わりにしてきた。

サラ・カシュガイ作 『Say Her Name(彼女の名を唱えよ)』2023年制作 布にパテ・ドゥージ刺繍 80 x 100 cm 作者提供写真
カシュガイは歴史文化保全と美術を学んだ後、パテ刺繍の道に入った。歴史文化保全の学士課程を修了し、絵画の上級課程へ進んだ。10年以上にわたり木製骨董品の修復業に従事したが、8年前にパテ刺繍中心に取り組み出した。
2024年にペルシャ人芸術家を支援する非営利組織ペルシャン・プレースによって、1ヶ月間の研修のために米国に招聘された。2022年に設立されたこのNGOは表現技術を学ぶ制作実習と研究の場を提供している。またペルシャ芸術に力を入れていたので、彼女は新しい作品制作や仲間たちとの共同制作ができるようになった。
テヘランのアランギャラリーが彼女の作品の展示を始め、その成果が認められた。それ以来、ロサンゼルスやサンディエゴの有名ギャラリーなどで作品が広く展示されてきた。ロサンゼルスのアドヴォカ”アート”シーギャラリーやサンディエゴの民芸美術館などでも呼び物となっている。海外での展示会では、バテ刺繍の文化的ルーツを忠実に守りながら、世界的な芸術の場に押し上げた彼女の献身的な制作姿勢が際立っていた。

サラ・カシュガイ 『Memories(記憶)』 布にパテ・ドゥージ刺繍 2023年制作 55.5 x 116.5 cm 作者提供写真
グローパルボイスとのインタビューで、カシュガイは創作性と文化保存の調和を目指した自身の稀有な芸術家人生を語ってくれた。
インタビューの概要は以下のとおり。

サラ・カシュガイ 『Humans and Anthropoids in a Dance of Liberty(自由のダンスを踊るヒトとサル)』2023年制作 布にパテ・ドゥージ刺繍 128 x 65 cm 作者提供写真
サラ・カシュガイ(SQ): 私の作品は手工芸品から芸術に発展したものですが、それは私がふたつの大きな視点に立って、独自の技術習得に取り組んだ結果なんです。まず、かつてこの工芸品が世界中の美術館に迎え入れられた時に、材料費の高騰と大量生産の結果、同じような模様ばかりになり品質が劣化してしまいました。私は上質の材料と独創的な技術を重視しています。次にイランの女性たちは、特に遊牧民に言えることですが、昔から羊毛を使って日常生活の中に美しいものを作り出してきました。カーペットやキリムやギャッベを織ったりパテ刺繍などをしてきたのです。

サラ・カシュガイ 『Farewell (別れ)』2023年制作 布にパテ・ドゥージ刺繍 50 x 110cm 作者提供写真
職人たちの手を借りて、私は糸を使って感情や思い、そして希望や夢といったものを表現します。糸は作品が持つ気分を映し出しています。例えば柔らかく緻密に縫って平穏さを表したり、荒く不揃いな縫い目で怒りや失望を表現します。縫い目と色糸の選択にそれぞれ意味があるのです。昔は刺繍の技法は全て私が指揮していました。でも今は暴力や虐待を経験した仲間の職人たちの感情が、そのまま作品に反映されて力強い共同作品になっています。
例えばマフサ・アミニを題材にした作品では、荒い縫い目と色使いで怒りや暴力という感じを強く表現しました。糸は絞首刑に使われるロープのようにザラザラだったり、花弁のように繊細だったりして、私が縫いあげる物語をうまく表してくれました。技術と題材は同じくらい重要なのです。『Niloofer in the Swamp (沼地のニルーファ)』という作品では、ニルーファという女性を過酷な状況で育つ不幸にめげないスイレンの花として描きました。糸を使って様々な要素を表すことができるのです。戦争や平和や時には天使なども表せます。こうして最終的に私は平和と勝利を望む気持ちを伝えています。

サラ・カシュガイ 『Till You Are Unaware of Body and Soul, How Can You Know the Beloved’s Heart (身も心も離れてこそ最愛の人の心がわかる)』アッタール作詩集『鳥の言葉』から着想 2024年制作 ウールにパテ・ドゥージ刺繍 200 x 100 cm 作者提供写真
SQ: 意識的に題材を選ぶことはしません。つまり私は事件や記憶や身の回りの経験などに強く影響を受けていますが、様々な変化に対する社会と人々の反応にも左右されているということです。芸術家は社会の変化と無関係ではいられないと私は強く思っています。したがって私の作品の主題は私自身の感覚と私の身の回りの出来事から生まれているということです。
OM: 地元の芸術家たちと共同制作をしたり、あなたの作品が世界中で展示されていることは、この刺繍の復興にどんな影響を与えていますか。
SQ: 残念ながら経済的負担と高い生産コストのために、ケルマーンのパテ刺繍はかなり衰退しています。そのため職人たちは以前から伝わるデザインを複製するだけという結果になってしまいました。私のような作家たちが刺繍界に参入し、素材選びに力を入れ、資金援助を行い、独創的な仕事を進めています。そして題材と技術を大いに活性化させてこの芸術形態を復活させようとしているのです。

サラ・カシュガイ 『Mother and Children of the Middle East (中東地域の母親と子どもたち)』2023年制作 布にパテ・ドゥージ刺繍 218 x 67 cm 作者提供写真
SQ: 私の場合は概して私的な関心事や、私の住む地域がその時直面している問題を考えることから制作が始まります。私は地元の職人たちと共同制作していますが、それが女性の力を共に発揮することにつながっています。当初は紙に模様をデザインしてそれを生地に写していたものです。今では生地に直接描き込んだり、アイデアをいくつもスケッチして無意識に組み合わせる時もあります。作品によって模様の半分は即興ですが、直観的に刺繍をする前に、糸選びのためにいつも色をつけてスケッチをしています。
OM: あなたの刺繍はイランではどのように受け取られていますか。また同じような技法で芸術表現をしている作家は他にいるでしょうか。そのような作家たちの活動と、あなたの海外での経験とはどのような違いがあるのでしょうか。
SQ: 自分の空想の世界をケルマーンのパテ刺繍で縫い出した作家はイランでは私以外にはいないと自信を持って言えます。ケルマーンでは普通、この技法は制作後1世紀近い時間が経っても、模様の美しさは当初とほとんど変わらない手工芸品とされています。私の作品以降で、この技法を使っている作家は私だけだと思います。でもサンディエゴ近辺の美術館で、私と同じような縫い方をしている作品にいくつか出会いました。しかしその作品もケルマーンのパテ刺繍の多様性に匹敵するものではありませんでした。パテ刺繍は7種の魅力的な技法を使ったもので、米国の美術館の専門家までもが注目していたものなんです。

サラ・カシュガイ 『Astonished, She Said, “The Army of Iran Has Come” (イラン軍が来たと彼女がいった時の驚き)』フェルドゥスィー作 叙事詩『王書』から着想 2024年制作 ウールにパテ・ドゥージ刺繍 300 x 100 cm 作者提供写真
OM: あなたの作品が単にパテ刺繍の名を広めるだけでなく、あなたの考えやメッセージ性と芸術的表現のバランスをどの程度まで意のままに表現できるでしょうか。
SQ: 制作時に下絵を描きはじめると、私は物語の世界にどっぷりと浸かってしまいます。だから私は頭や心に浮かんでくるものを全てそのまま描くだけで、自分の感情や体験に身を任せたままと言えます。こんなことが刺繍を広めることになるとは思いません。もしそうなっても全く意図的ではありません。もし仮にこの刺繍が広まるとすれば、それはただのかけ声ではなく本物の存在感があるからでしょう。

サラ・カシュガイ 『Memories (記憶) 』2023年制作 布にパテ・ドゥージ刺繍 55.5 x 116.5 cm 作者提供写真
OM: あなたが作品制作で刺激を受けているイラン国内外の芸術家について教えてください。
SQ: 私の作品の中にはイランの詩人や芸術家に強い影響を受けているものがあります。とりわけ古典的なイラン詩人の作品が持つ主題に感化されています。フェルドゥスィー作『シャーナーメ』やアッタール作『鳥の言葉』、そして『カリーラとティムナ』などの作品には大きな影響を受けました。西欧の芸術家でいえば、セザンヌやマチスやドガなどから着想を得ています。私は彼らの作品の大ファンなんです。もちろんこれだけではありません。私はギャラリーや美術館探索が大好きで、見たものはしっかりと記憶に刻み込んでいます。

サラ・カシュガイ 『Wondering in the Land and See (不思議な土地で見えるもの)』2024年制作 ウールにパテ・ドゥージ刺繍 200 x 100 cm 作者提供写真