GV翻訳のヒント 第2回: メタ言語と語順

(編集部注: 新しくGVに加わった翻訳者に向けて翻訳のヒントを3回に分けて紹介しています。今回は第2回です)

メタ言語とは?

デンバー大学の翻訳研究コースで最初に受講したFoundations of Translation (翻訳基礎)は理論についてのみの講義であり、なかには読みこなすのが困難な資料もありました。私は手を動かして覚える性分。なので資料を集め、インターネットでリサーチ結果を行い、似たような既訳記事を片手に翻訳にとりかります。けれども翻訳理論で学んだ方法が使えれば、より簡潔に翻訳が可能です。

マリアンナ・ブレイトマンとジャー・クラーク。スリランカで開催されたコロンボサミットにて。

この方法を使うには、メタ言語(言語を説明するために使用する言語)を理解する必要があります。メタ言語では対象とする言葉を単語と記号を使って表現します。例えば品詞 (名詞、動詞、形容詞など)、それに同義語、反意語、下位語や下位語と言った言葉を使って表します。

「翻訳で行き詰まったら、問題の単語の品詞から見直せ」とは私がGVで翻訳を始めたころに編集者のラウラ・ヴィダルからもらったアドバイスです。問題の単語は名詞か、形容詞か?辞書にのっている単語の意味も一つだけとは限りませんので、品詞は意味を考えるヒントになります。例えば “press” は動詞では「押す」、名詞では「ニュースメディア」と言う意味があります。品詞情報は多くの可能性の中から正確な意味を絞り込む手がかりになります。

この記事の調べ物中に、メタ言語の機能を手短に紹介する、参考になりそうな動画を見つけてました。動画では文内、文、そして文をまたぐ3段階に分けてメタ言語を説明しています。

文内では形態論で品詞 (または語類) を扱いますが、それに加えて意味(semantic)、構造(structural)、機能(functional)という3つの観点があります。意味では文脈中で単語の意味を考え(第1回目の主題です) ます。構造とは単語の形態(訳註: 複数形、受動態など狭義の文法)のことです。そして機能とは言葉を使う目的です。

文レベルの統語論では、話者の心的態度を伝える叙法(mood)を考えます。平叙文、疑問文、命令文、感嘆文、仮定法について考えます。

最後に話法と呼ばれる文をまたがるレベルでは、結束性(cohesion)、言語使用域(register)、役割関係(tenor)、伝達様式(mode)を検討します 。結束性とは、文書間のまとまりで、意思伝達のために文章間で整合がとれていること。言語使用域とは言葉遣い、形式を重視する度合い。役割関係とは話に参加しているもの同士の関係や目的。伝達様式は手紙、電話、面談などの伝達です。

翻訳基礎の課題図書には「Memes of Translation: The spread of ideas in translation theory (翻訳のミーム: 翻訳理論におけるアイデアの広がり)」(アンドリュー・チェスターマン著)がありました。この本には役に立つ翻訳方法やテクニックが多数紹介されており、GVの翻訳でも実践中です。たとえば私がいつも使っているのはセマンティック、つまり意味的な工夫です。

  • 同義語 — 同じような字面の言葉は避けて、単調な反復にならないようにします。同義語や準同義語を使います。たとえば work のかわりにjob, duty, laborも使います。
  • 反意語 — 反意語を否定形で使います。たとえば It is hot (暑い) は It is not cold (寒くない) と言い換えます。
  • 上位語 — 具象語を抽象語に言い換えます。またその逆もあります。たとえば椅子と言わずに家具というより抽象的な表現をします。逆に家具のかわりにより具体的な椅子を使います。

ストーリーに合わせて、語順を見直せ

「翻訳と感じさせないのが最高の翻訳」とはオンラインで開催されたラテンアメリカサミット2015(この動画は現在視聴できなくなっています)でのリンガマネージャー、エルゴアリーの言葉です。 翻訳も書くことなので、書き方が上達すれば訳文も良くなります!スラスラ読めて、次の頁が待ちきれない、そんな訳文に仕上げる決め手は、元記事をすべて理解した上で、翻訳した文をどのように再構成するかが重要なポイントです。

ネパール語の翻訳マネージャー、サンジブ・チャウダリ。スリランカで開催されたコロンボサミットにて。ジャー・クラーク撮影

私の場合、スペイン語(西語)から英語への翻訳では、単純に英単語に読み替えるだけでなく、内容を考えながら語順を見直すと、読みやすい英語になると思っています。西語の句は長く入り組んだものになりがちで、英語に訳すと語数は何と3割減!読みやすい英語にするには、英単語への置き替えだけでは追いつかず、一から書き直すこともしばしばです。
【訳注: 西英翻訳では単語の置き換えと手直しのみで意味が通じることが多く、文書丸ごと書き換えなくても足りることが多いようです】

翻訳での語順と文脈理解の重要性を、ラウラ提供の例文と説明で見ていきましょう。

原文(西語)の小見出し: Controversias en medios nuevos y tradicional
英語訳(レビュー前): Controversies in new and traditional media. (新旧メディア間の論争)
レビュー後: Controversies in mainstream and social media. (大手メディアとソーシャルメディアの論争)
【訳注:レビューとは日本語GVのチェックに相当します】

レビュー前の英語訳も文法的には正しい訳ですが、翻訳としては不十分です。traditionalとは「旧来からある(メディア)」という意味ですが、この言葉が意味するのは組織化され、影響力が大きい、誰もが知っているメディアのことで、メディア、ニュース、そしてGVとこの分野内ではmainstream media とよばれています。一方でnew media はインターネット研究者から生まれた用語ですが、読者から見るとnew media は漠然とした言葉だと思います。

それにnew とmediaのあいだにand traditional が割り込んで、行き別れです。これでインターネット上で発生した論争だと分かるでしょうか?

言葉の登場順序にはもっと注意を払いましょう。読者の視線が両方のメディアに行くような語順にします。言葉の調子と語順を工夫して、この論争がソーシャルメディアと大手メディアとの間で起こった問題であることを読者が見落とさない訳文にするのです。

西語と英語では句読点の打ち方が異なるので、文のスタイルもずいぶん違って見えます。同じことを述べるときでも、違った具合に句読点を打ちます。翻訳した言語になじんだ文に訳すためには、一度原文から離れてみる必要もあります。

翻訳は緻密な手仕事です。別の世界を見てみたいと願う者同士を、言語でつないで結び合わせますから、翻訳者には名誉と責務とがあります。翻訳者は2つの世界を結ぶ橋渡しですが、実はそれ以上に多くの場所も結んでいるのです。世界中に散らばるスペイン語や英語を話す人たち、それに加えて外国語として学んだ大ぜいの人たち。その中には、きっとあなたの翻訳を待っている人たちがいるのです。

2回目の最後としてラウラからのアドバイスをもう 1 つ紹介します。

たくさん読んで、たくさん翻訳して、ことばの力を感じる能力を磨いてください。原文の形にとらわれすぎて、訳が記事の目ざす方向から外れそうなとき、この翻訳はおかしいと察知し、正しい翻訳へと導くひらめき、それは言葉の力を感じる能力なのです。