アリ・バニサドルと「ビジュアル・シンキング」

調和、混沌、独自の解釈を組み合わせる
Red, 2020, Oil on Linen, 48x60 inches (Courtesy of the Artist and Kasmin Gallery)

「Red」 2020年 リネンに油彩 約121×152 cm(Courtesy of the artist and Kasmin Gallery)

(訳注:「ビジュアル・シンキング」とは作品鑑賞の際に、作品について考えさせ、さまざまな意見を引き出しつつ、他者との対話を通して、作品の見方を深めるやり方のことである。本記事では、アーティスト自身が心の中で葛藤する様をこの言葉で示している)

ワズワース・アテネウム美術館でのアリ・バニサドルの「MATRIX 185」展は、イラン系アメリカ人アーティストの彼にとって、米国の美術館における初のソロエキシビションである。

バニサドルによる10点の絵画と2枚の版画、ワズワース・コレクションの中から彼が選んだ作品、そして、美術館が収蔵している自身の他の作品を紹介するために作成したビデオ・コラージュが展示されている。作品の視覚的および物語的な内容は、戦争、ポップカルチャー、映画、グラフィック小説、ヨーロッパの絵画に触発されたものである。彼は「The Met」に、戦争の音と光景を描いたと語っている。

バニサドルは1976年、テヘラン生まれ。イラン・イラク戦争(1980-1988)時、12歳を迎えた彼はアメリカに移住し、その後、2000年、ニューヨークに移り住み、スクール・オブ・ビジュアル・アーツ(School of Visual Arts)でBFA(美術学士号)を、ニューヨーク・アカデミー・オブ・アート(New York Academy of Art)でMFA(美術修士号)を取得した。

44歳の今、彼はアメリカで最も有望で成功したアーティストのひとりとなり、彼の作品は、ニューヨークのメトロポリタン美術館、ロサンゼルスの現代美術館、パリのポンピドゥーセンター、ロンドンの大英博物館など、世界中の主だった美術館・博物館に収集されている。

「The Caravan」 2020年 リネンに油彩 約167x223cm(Courtesy of the artist and Kasmin Gallery)

バニサドルの絵画は、美学的に美しく、概念的にも魅惑的で重層的だ。見慣れたものとそうでないものが、意味、形、色の迷宮を作り出し、見る者を空想の世界へと誘う。彼の絵画はまた、フランシスコ・ゴヤ、ピーター・ブリューゲル、ヒエロニムス・ボスと言った「美の巨人」を彷彿させるかもしれない。だが、多くの点で彼のエネルギー、象徴的な言語、環境、キャラクター、そして彼が作り出す不可解で暗号化された世界が、彼をひとりの独立したアーティストとして際立たせている。彼は、調和と混乱が混ざり合った不思議な世界を作り、見る者を扉の外へと追いやり、個人的でユニークな解釈へと引き込む。

インタビューの抜粋は以下の通りである。

オミド・メマリアン(以下OM):あなたは1枚ずつ絵画を制作なさいます。なぜそうなさるのか、そして、それはどんな感じなのでしょうか?

アリ・バニサドル(以下AB):新しい作品の制作に取り掛かると、それはとても複雑な過程を踏むこととなります。いったん描き始めると、多くの調べものをしたり、参考文献に目を通したり、制作中の作品に関連する芸術作品を見たりと、心の中で色々なことを考え始めます。私の頭の中はその絵のことですっかりいっぱいになってしまい、同時に他の作品も手掛けてしまうと、どうにもこうにも、行き場がない状態になってしまいます。

OM: あなたは幼少期をイランで過ごし、12歳の時にサンディエゴに移り住みましたが、イランでの経験は、その後の活動、特にアート、絵画、そして米国での生活にどのような影響を与えたのでしょうか?  

AB:簡単には言い表せません。もちろん、経験したものすべてが何らかの形で作品に影響を与えます。ひとつ言えることは、2つの異なる文化のレンズを通して一度に物事を考えることができるということです。1つの視点だけでものを考えるのではなく、時には相反するかもしれない、異なる声にも耳を傾けることができます。私は、それは世界を理解するための健全な方法だと考えていますし、常に複数の視点から物事を見るのが好きなんです。方法はひとつではありませんし、答えもひとつだけではありません。

「The Prophet」2020年 リネンに油彩 約167x223cm

OM:2000年にニューヨークに移り住み、スクール・オブ・ビジュアル・アーツで学んだ後、ニューヨーク・アカデミー・オブ・アートでMFA(美術修士号)を取得なさいましが、学校はあなたのビジョンをどのように変え、あるいは形成し、創造性や作品に影響を与えたのでしょうか?

AB: 学校に通っていたとき、私はできる限り多くのことを学ぼうと考えていました。学ぶことに飢えていたのです。なぜならば、私は、長い間、一人で、自分の内面にあるものや、それが欲するものを理解しようと試行錯誤していました。そして、それを明らかにする何らかの構造をまさに知る必要があったのです。

OM:現在、あなたはアメリカで最も才能があり、かつ成功を収めているアーティストのひとりで、作品は主要な美術館やコレクターによって展示・収集されています。こういった成功は、あなたの作品にどのような影響を与えているのでしょうか?

AB:絵を描いている時、私が目標としているのは、ガストンが語ったように、「他人の声」という理性的思考を止めて、別の方法、つまり視覚的思考を持つことです。だから、私は、成功を収めたなどの外野の声が絵画を描くことに何らかの影響を与えるとは考えていません。

OM:芸術とアーティストにとって、成功とは何だとお思いでしょうか?

AB:それぞれの作品はその前に仕上げたものよりも優れているべきだし、それぞれの作品はアーティストに新しいことを教えてくれるべきだと考えています。

「Only Breath」 2020年 リネンに油彩 約40x50cm (Courtesy of the artist and Kasmin Gallery)

OM:あなたが研究したり、影響を受けた他者と比較して、ご自身の絵画のストーリーテリングの技法やスタイルとはどのようなものだとお考えでしょうか?

AB:これについては、私はまさに絵画自体を見て欲しいと思っています。言葉では言い表せません。難しく考えずに絵画を見るべきです。それによって、過去、現在、未来の痕跡すべてが、それら自体を明らかにします。ですが、それらは夢のように現れては消えていくものなので、把握したり特定することは簡単ではありません。

OM:イランの19世紀の伝統であるコーヒーハウスの絵画についてはどうお考えでしょうか? 大人になってから、この伝統についてどのくらい知っていたとお思いですか? ご自身の視覚的想像力の一部だったのでしょうか? 

AB:物語を語ると言うのは、とても面白い方法です。私が気に入っているのは、絵画の中の世界にまた別の世界があることです。物語では、同一人物の若き姿と年老いてからの姿を登場させることができます。なんと言うか、タイムマシンのようなものです。私は、自身の作品で、それを正当に評価し、考えることにしています。

OM:素敵な音楽と小説は、あなたのインスピレーションの源となっています。それらを作品にどのように結び付けていらっしゃるのでしょうか?

AB:音楽は私の体内に入った後、それは視覚的世界へと変わり、小説や詩は強力なイメージを与えてくれるだけでなく、音楽的なオーケストラの世界を作り出します。そして、映画は音と画像だけでない、動きの組み合わせを見せてくれます。それらはすべて、私が絵を描く時、作品作りのヒントとなるのです。私はリファレンスは一切使いませんが、それらは、作品作りの参考となる、つまり、何というか、ビジュアル・ボキャブラリー(訳注:絵画制作にかかわる者にとっての豊富な表現力のことで、表現をする時の引き出しの中身のようなもの)の一部となるのです。

OM:すべての絵画に共通の特徴を持たせ、特に最高レベルの象徴性を共有させる場面を設定する上での、知的で創造的なプロセスとはどのようなものなのでしょうか?

AB:毎回、作品を作り始めると、奈落の底に落ち、未知の世界に飛び込むような感覚になります。絵を描いていないときは、その時、興味を持った内容について色々と調べものをしています。時事的な話題がきっかけになることもありますが、それだけは満足できません。その歴史を調べたり、過去やそのテーマについて書かれた本、そして、そのテーマで制作された美術品の影響を見るのが好きなんです。でも、その内容が絵に反映されたり、されなかったり、ある意味では絵を描くたびに調べもというウサギの穴にはまってしまいます(訳注:「不思議の国のアリス」を引用した、超現実的な体験をするとの意)

「Fields of Energy」 2019年 リネンに油彩 約40x50cm (Courtesy of the artist and Galerie Thaddaeus Ropac)

OM:最近のインタビューで、「私の絵には、物事が別のものになっていく様子を見ているような、変成していくような感覚を持たせたいと思っています。それは想像力や記憶、夢を映し出す鏡のようなもので、物事は常に変化しているからです」とおっしゃっていますが、そのような哲学は、どのようにしてあなたの中で成長し、そして、どのような要素がそれを形作ったのでしょうか? 

AB:私は常に想像力、記憶、夢、幻覚がどのように機能するのかに興味がありました。これらの要素はすべて私たちの世界を形作り、合理的思考を超越するものと私たちを結びつけています。これは、私を魅了して止まないのです。

OM:2019年の作品「Thought Police」のタイトルは何を参考になさったのでしょうか?

ABこのタイトルは、ジョージ・オーウェルの小説「1984年」参考にしました。私は最近、このような予言的小説について多くのことを考えています。特に私たちの時代にとっては、必要ではないでしょうかね!

アリ・バニサドールは、ワズワースのコレクション(ゴヤ、ウィリアム・ブレイク、広重、マックス・エルンストなど)の一部をキュレーションしている。2021年11月3日から1月30日までギリシャのアテネのベナキ博物館で個展を開催し、来年春にはニューヨークのカスミンギャラリーでの展覧会に合わせて、リッツォーリ社からモノグラフが出版予定。

Photo Credits:ジェフリー・スタージェスとアダム・ライヒ

校正:Sari Uchida
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