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イスラエル:アラブ系イスラエル人、奉仕に反対する

「アラブ系イスラエル市民」は、ユダヤ人ではないがイスラエル国民であるアラブ人またはアラビア語を話す人びとを指すのに使われる言葉である。(定義:Wikipedia [En])

アラブ系イスラエル人コミュニティーは140万人あまりから成っている(イスラエル人口のおよそ19.8%)。二つの民族性の間でいまだ続く争いにより引き裂かれた国で、彼らの二重アイデンティティーは非常に複雑である。イスラエルのアラブ市民の多くは、本質的に「ユダヤ国家」であるというだけで、国家が積極的に彼らを差別していると感じている。アラブ系イスラエル人の青年は、彼らが同胞と戦うといった困難な立場に置かれることがないよう、兵役の義務が課せられていない。しかし、最近では、全てのアラブ系イスラエル人青年が何らかの国家奉仕に関わることを命じる法案を通過させようとする政府のイニシアチブがある。これには恵まれないコミュニティーや町にある組織での様々なボランティア活動が考えられる。

この提案は、アラブ系イスラエル人リーダーの多くから不評であった。ここでは、マイノリティのこの複雑な社会的立場についてブライ語で書かれたユダヤ人とアラブ人のイスラエル市民のブログエントリーをいくつか紹介する。

イスラエルの弁護士でコンサルタントのAvraham Pechterはブログの中で、国家奉仕案についてアラブ系イスラエル人コミュニティーの数人のリーダーたちの問題ある反応のし方について説明している:

政府は2か月前に、アラブ系イスラエル人コミュニティー内での国家奉仕を促すことを決めた。現在兵役を免除されている青年は、病院、コミュニティー・センター、薬物リハビリセンター、学校、診療所、または他の慈善事業などでボランティアをするよう求められた。明らかな安全保障と倫理上の理由から、イスラエルのアラブ人は兵役義務を免除されている。パレスチナ人と戦うという厄介な立場には置かれていないのだ。それでいながら、この国家奉仕法案が大いに有益になるであろうアラブ系イスラエル人コミュニティーの社会的地位向上や同化への意図も示さずに、この国での平等を求めている。これは現状を維持しようとする偽善的な行動だ。違いを強調し、貧困や犯罪を深刻化し、結果的には彼らの内部的な政治的利益をもたらすのだ。

アラブ系イスラエル人国会議員ジャマル・ザハルカは、国家奉仕委員会が設置されるのを受けて、「アラブ人社会は、国家に奉仕する者を除外し、そして彼らは世間からつまはじきにされる」と主張した。ザハルカの見解を支持する他のアラブ人コミュニティーのリーダーたちは、「国家奉仕はアラブ人を物理的に根絶させるための第一歩だ」と述べた。

この話の道理はどこにあるのか聞きたい。アラブ人の青年たちは彼らのリーダーが請願したために免除されている一方で、なぜイスラエルの青年たちは奉仕しアラブ系コミュニティーの福祉を手助けしなければいけないのか?アラブ系コミュニティーのリーダーたちは当然のように、彼らのコミュニティーで犯罪、薬物使用、暴力などが増加していると訴えているが、国家奉仕のボランティアや財政的支援をもっと要求している。その一方で、ボランティアをしようと希望する人を「裏切り者」や「邪魔者」とレッテルを貼っている。

他のイスラエル人はブログでこのように反応している:

イスラエル政府は、アラブ系イスラエル人コミュニティーに対する国家奉仕を義務付ける法案を通過させようとしている。やはり抗議が起こり、この法律についての彼らのコメントや主張を読むとぞくっとするようなものもある。「これは我々の若者のイスラエル化に繋がるものだ」と、アラブ系イスラエル人議員は主張している。

ちょっと待って。あなたたちはもうイスラエル人じゃなかったの?

それとも、国家奨学金や、政府の年金、健康保険、水道や電気サービスを受けるときだけイスラエル人になるとか?今日ハイファで、この新法案について話し合うために委員会が召集された。そこで発言された意見や主張を読んでいると、これからどうなるのか考えてしまう。2つの異なったコミュニティー間の溝を埋めるのは不可能だろう。

以下のブログは、イスラエルのアラブ人が、イスラエル生まれでクリスチャンのアラブ人でいることがどういうことなのか説明している:

イスラエル生まれのクリスチャンアラブ人としての私のアイデンティティーは複雑でややこしい。私は完全にイスラエル人と感じているのに、アラブ側からの声は私はパレスチナ人だと言う。我々の祖先はここで60年前に征服された。イスラエル人たちは、私たちをイスラエル人と感じさせないのだ。彼らは私たちを違った目で見る。私たちが何者なのか私にはよく分からない。もし私たちがこの国に反抗すれば、イスラエル人として自国に刃向かったといい、ユダヤ人たちは私たちを辱めるだろう。しかしその一方で、自分が住んでいる土地だといってイスラエルを守ったとしたら、パレスチナ人は私たちを「裏切り者」と呼び、自分たちの民族を忘れてしまった、我々がどこから来たのかを忘れてしまったのだと言う。でも本当のところ、彼らはユダヤ人よりももっと私たちのことを憎み軽蔑しているのだ。そしてこの国のユダヤ人たちはパレスチナ人と同様だという理由でアラブ系イスラエル人を憎んでいる。だったら私たちはどっちに属するのだろうか?

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