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「全てが検閲される息苦しさ」タイからネットの自由は消えた

クーデター反対運動、2014年5月29日、バンコクにて。プラチャータイ(訳注:オンラインニュースサイト)撮影 (CC BY-NC-ND 2.0)

クーデター反対運動、2014年5月29日、バンコクにて。プラチャータイ(訳注:オンラインニュースサイト)撮影 (CC BY-NC-ND 2.0)

筆者の安全保護のため、この記事は匿名での公開といたします。

5月20日にタイ陸軍プラユット・チャンオチャ司令官が戒厳令を布告した時、メディア関係者はすぐにそれを感じた。戒厳令により、軍に否定的な報道はもう一切許されなくなった。たとえそれが株式市場の下落傾向であっても。2014年5月22日には完全に支配権を握り、自分たちを「国家平和秩序評議会(NCPO)」と名乗った。

先週(訳注:原文公開日は2014年5月31日)のクーデター後、全ての無料チャンネルで映像が消え、通常番組のかわりに愛国歌ばかりが繰り返し流されていた。数日の間は、軍用TVチャンネルだけがニュースを流すことを許可された。もちろんクーデターに肯定的なニュースばかりだが。評議会の命令により、通常のメディアもネット上のメディアも、軍の批判は一切禁じられ、「国家の調和や社会の秩序に有害」になりうるコンテンツをシェアすることも禁じられた。インターネット接続業者にはNCPOへの通報義務が課せられた。

タイでは表現の自由は危機にひんしている。全てが検閲されているような雰囲気を感じる。単に評議会を批判するだけで軍事法廷行きだ。メディアが機能できない時、情報不足はデマの温床を生み出す。ネット上ではどんどんパニックが広まっている。ソーシャルメディアはいつ閉鎖されてもおかしくない、と公務員らがネット上で活動している友人や家族にそっと警告しているからだ。インターネット自体が停止されるかもしれないといううわさもある。たとえそれがまだだったとしても。

表現の自由はなぜそんなに重要なのだろうか? 2010年の赤シャツデモに対する軍事弾圧では、TV局はその状況を報道することを許されなかった。軍はデモ隊を追い払うのに本物の武器を用いて、98人の死者を出す結果になった。十分な情報がない中、国民の半数はバンコクの真っただ中で大虐殺を行ったことについて軍を支持し、まるでデモ隊は殺されて当然であったかのような反応を示した。表現の自由は、人権侵害を防止する安全装置なのだ。メディアに見張られていることがわかっていると、悪いことはやりにくいものだ。

評議会の出す規則によって、タイのネットの自由は破壊されるかもしれない。パニックと恐怖は、自己検閲へとつながっていく。ネットの規制は、軍やサイバー警察によって行われるだけでなく、それに類したことが自分自身の知り合いの間でも起きる。 友人や家族間の信頼関係は壊れ、時にはお互いを当局に密告するようなことも起こる。まん延する恐怖は自己検閲につながるのだ。

タイの「クーデター自分撮り」@MarcoTexRangerによるTwitter投稿

タイの「クーデター自分撮り」@MarcoTexRangerによるTwitter投稿

この状況下で、インターネットは私たちの頼みの綱である。評議会は今の状態は一時的なものだと言うが、「一時的」が正確にはどれだけ続くのか、状況がどのくらい悪くなりうるのか、誰にもわからない。メディアは、市民が自分撮りや花の写真(訳注:兵士に花を渡す写真)をネットでシェアする姿を報じている。でもそれは、クーデターに対する全国民の反応を映しているわけではない。むしろ、許されている行動が唯一それくらいなのだ。沈黙は同意という意味ではない。私たちだって黙っていたくはない、だが、軍事法廷で裁かれる危険を誰が冒したいだろうか? 個人的には私は、軍事力によって権力を掌握することにも、表現の自由を制限することにも、断固反対している。表現の自由は、国内ではもう行使できなくなった。かすかな希望とともに、タイにインターネットの自由が戻る事を願っている。

グローバル・ボイスは、協力者の身を守ることを大変真剣に考えています。彼らの安全のため、著者名記載を省きました。

校正:Mayumi Amano