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オーランド銃乱射事件:サンフランシスコで追悼集会、より大きな愛で差別に立ち向かうことを誓う参加者たち

(原文掲載日は2016年6月14日です)

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6月12日、フロリダ州オーランドのナイトクラブ「パルス」で銃乱射事件が起きた。サンフランシスコでは、犠牲者への敬意を表するため何千人もの人々が集まった。写真:ティム・レッドモンド(48hills.org)許可を得て転載

多くの方がそうであったように、私もまた、昨日目覚めるとオーランドの銃乱射事件のニュースが聞こえてきた。「クラブ」、「銃乱射」という言葉、そして容疑者の名前を耳にした。

イスラム名を持つ人間によって襲撃事件が起こるたびに感じるその痛み、怒り、葛藤の大きさを、私は果たして表現できるかどうか分からない。それはまるで息つく暇もなく、繰り返しみぞおちを拳で殴られているような感じだ。コミュニティの一員として追悼の意を示したいと思うが、喪に服すことすらも恐ろしいと感じるのだ。事件とは関係のない人まで影響がおよぶのでは、と考えると恐ろしいのである。攻撃者の思想とかけ離れた人もこれまで、この手の暴力の標的となっているからだ。「高いリスク」を背負うことから、「二次的な被害」にあうことまで、家族や友人と同じく、心が痛む出来事の数々を、私自身も全て目の当たりにしてきた。批判をすることは理想主義のようで、被害者づらをするべきではないと言われた。だからその代わりに、趣味の悪い冗談のネタとして使うのだ。それはなんの解決にもならないというのに。

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「トランプのヘイトスピーチはオーランドの犠牲者に対する侮辱だ」
オーランドのナイトクラブ「パルス」で起きた銃乱射事件の犠牲者に向けた、サンフランシスコ追悼集会の参加者。写真:サナ・サリーム

昨日、この事件のニュースが公表されていくにつれて、コメントが少しずつあがってきた。私はこの哀悼の意をどのように表せばよいのだろうか。私のようなパキスタン人のイスラム教徒は、どんな言葉を発するのが妥当なのであろうか? 最初に私が思いついたのは、なぜこのような精神異常者が銃を持つことが許されたのか、というものだった。けれど、もしもこんなことを投稿しようものなら、宗教過激派の弁明をしているのか、と言われるだろう。かといって過激派を非難すれば、彼らの犯した罪をお前が代わりに謝罪せよ、と言われるだろう。そして、そのとおり謝罪すれば、イスラム恐怖症に迎合しているのかと言われるのではないか。では、黙っていれば? 無関心であることと同じだと、言われるであろう。

うまく表現できず、嘆かわしい気持ちと不満を抱えたまま、サンフランシスコの通りに集う何千人もの人々に加わるために家を出た。LGBT運動の中心地であるカストロ通りの雰囲気は、色鮮やかでありながら厳粛なものだった。

私は次々とやってくる他の何千もの人々と一緒に立っていた。集まった人たちは、それぞれが感じた恐怖や痛みについて声を上げていた。また、憎まれたり、疎外されたりするのが、どんな思いなのかを語った。しかし何よりも重要なのは、嘆きの渦中にいてもなお、一人ひとりが決して報復手段には訴えないという態度を示していたことである。彼らは「Not in our name(我々の名の下に攻撃をするな)」と主張していた。それぞれの主張者が、この事件がアメリカや世界中にいるイスラム教徒へのさらなる攻撃に利用されることのないよう、懸命に訴えていた。

私は、両手で頭を抱え、泣き崩れる老年の男性を目にした。彼のパートナーは「勝利を我らに」を耳元で歌って、気持ちを落ち着かせた。私は、手をつなぎあう人々、あかりの灯ったろうそくを持つ人々、見知らぬ人どうしで抱き合う人々を目にした。何千人もの群衆の中で、我々一人ひとりにそれぞれの言い分、反応があり、それを共有することが許されていた。私は私自身でいられた。ありのままの姿で、自分のことを証明する必要もなく、他のみんなと同じように喪に服すことができた。今回の激しい憎悪に対し、むしろ、より大きな愛情や受容の心、思いやりの心を持って応えようと誓う人々を見た。

昨晩、見た街は、またとない光景だった。ああ、サンフランシスコよ。嘆きの中にあっても、なおあなたは美しく、勇敢で、信じられないほど熱意にあふれている。

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「LGBTコミュニティと、そしてイスラム系アメリカ人の仲間たちと団結しよう」
「[中略] 嘆きの渦中にいてもなお、一人ひとりが決して報復手段には訴えないという態度を示していた。そして『Not in our name(我々の名の下に攻撃をするな)』と主張した」 写真:サナ・サリーム