ロシアのウクライナ侵攻におけるAIの役割 AI専門家アントン・タラシュク氏に聞く

米国のアフガニスタン占領、ロシアのウクライナ侵攻など、21世紀の戦争はハイテク戦争と称され、人工知能(AI)にますます依存している。もっとも、最近のハマスによるイスラエル攻撃は、ドローン、データ、デジタル・ツールを過信すると、セキュリティに壊滅的な抜け穴を生む可能性があることを示している。

はるかに戦力の勝るロシアの侵略に対するウクライナでの不釣り合いな戦争は、AIによってどのように行われているのか理解するため、Global Voices はデータとAIの専門家であるアントン・タラシュク氏に話を聞いた。アントン・タラシュク氏は、キエフに本拠を置く企業 Mantis Analyticsの共同創設者兼専門技術責任者でもある。彼はまたジャーナリストで、時事問題の解説もしている。

このインタビューは、キエフでの面談後、電子メールで行われた。スタイルおよび表現を簡潔にするために編集している。
 

アントン・タラシュクの写真、許可を得て使用

フィリップ・ヌーベル (FN): ウクライナでの偽情報戦においてAIはどのように利用されていますか? 誰がそれを利用しているのでしょうか — それは政府だけでしょうか、それとも他でも利用されているのでしょうか? 

アントン・タラシュク (AT): はじめに、ロシア・ウクライナ戦争が史上最もデジタル化され、AIに依存した紛争であることを認識しましょう。AIは戦場においても、情報領域においても重要な役割を果たしています。実際、本格的な戦争は当初、武力衝突ではなく情報戦によって始まりました。2022年2月24日以前に、ロシアはウクライナ国民に混乱、恐怖、不信感を植え付けようとサイバー攻撃や敵対的な情報戦を積極的に開始していました。

それらは成功したでしょうか?戦争の展開を見ると、戦略的には成功しなかったことがわかります。しかし、特に初期段階では、ロシアは戦術的な成功を収めました。例えば、ロシアの砲撃や空爆を誘導するために、ロシアの工作員が特定の落書きを路上に残したと、事実に反する主張をした「マーキング」キャンペーンを考えてみましょう。これはばかげているように聞こえるかもしれませんが、人々は実際にこれらのマークを探していました。もし誰かがこの偽情報の「マーキング」に関与していると誤解されたら、その人は困ったことになったかもしれません。その後、これは混乱とパニックを広めようとする、おそらくロシアによる偽情報キャンペーンであることが明らかになりました。

このような偽情報キャンペーンにおけるAIの役割は重要です。生成テクノロジーを使用すると、テキストおよびビジュアルコンテンツの制作コストがほぼゼロに削減され、必要とされるのは基本的なデジタルリテラシーのみです。そのような状況下では、AIと互角に戦えるのはAIだけです。人間の判断力では求められる速度で対抗することができません。したがって、生成テクノロジーを採用するしかありません。

我々のテクノロジーのユーザーとして、当初、政府部門、特にウクライナ国家安全保障・国防会議を重視していました。しかしながら、我々は政府や治安機関だけに照準を合わせているわけではありません。情報戦は企業部門にも急速に拡大しています。AIを利用した偽情報キャンペーンや、ディープフェイクを利用した詐欺などにより、毎年数十億ドルの損失が発生しています。防衛、政治、ビジネスの意思決定を可能にする情報インフラ全体が危険にさらされているのです。そういう訳で、私たちは企業部門へ積極的に進出しようとしています。

FN: ロシアは、ウクライナだけでなく、グローバル・サウスを含む他の地域に自分たちのプロパガンダを押し付けるために、AIをどのように利用していますか?

AT: グローバル・サウスの国々の多くは、条件付きながら、選挙制民主主義を採用しています。これは、世論が重要だということを意味します。つまり、世論に影響を与えることがきわめて重要になるということです。このことは、次は情報戦がいかに重要かを浮き彫りにします。これらの要因すべてと、いわゆる「西側」に対する歴史的懐疑とを考え合わせると、ロシアが自国のメッセージを広めようとする理由がはっきりします。

私たちの評価では、ロシアの情報戦が概して反西側感情を助長しながら繰り広げられていて、しばしばロシアをとらえどころのない「反西側陣営」のリーダーに仕立て上げているということです。プーチン大統領が「反植民地主義」という美辞麗句を掲げて突然登場したことを覚えていますか?それはグローバル・サウスにとって、おあつらえ向きのプロパガンダになります。

ロシアは、このようなメッセージを拡散するのにさまざまな策略を巡らせ、悪意の情報(真の情報だが、悪い意図がある情報)だけでなく、正真正銘の偽情報(偽りの情報であり悪い意図がある情報)も流しています。ウクライナに関して言えば、ロシアが広めている内容はまったくとんでもないものです。

特に従来のメディア・インフラの弱体化が進む中、AIは情報戦の拡がりの中で、ますます中心的な役割を担うようになっています。西側諸国は備えができているでしょうか?手遅れになる前に、備えておいた方がいいでしょう。我々が初めてロシアの侵略という試練に立ち向かっており、解決策へのヒントはここウクライナにあります。

FN: 顔認証についてはどうでしょう?どのような状況で利用されますか?また、利用されることに危険領域があると思われますか? 

AT: 率直に言うと、今日の状況下では詳細な諜報活動を通して豊富な洞察を得るには、人々が何を議論しているか、どこでどのような方法で議論しているかを注意深く観察する必要がありまます。まさにこれが私たちの専門分野です。

ビジュアルコンテンツを分析すると、「危険領域」に分類されるような難しい問いが生じます。パリを拠点とする亡命ロシア人経済学者 セルゲイ・グリエフ氏は、ある国々を「情報独裁国家」あるいは「情報操作独裁国家」とうまく表現していますが、それはロシア式に人々の情報空間人為的に操作する国のことです。

このような情報独裁国家に反対するために、もし私たちがもう一つ別の監視国家を構築しているのだとすれば、そのことにいったい意味があるのでしょうか。私たちは民主主義を良しとしているのです。私たちはそのことをとても深刻に受け取っています。

それにもかかわらず、これは私の未来予測ですが、透明性に関する私たちの根本的な信頼は、近い将来一部再考の必要があるでしょう。それはどこかの企業や団体の意向によるものではなく、ドイツの哲学者ユルゲン・ハーバーマスの言うところの「公共性の構造転換」 によるもので、新しいテクノロジーによってもたらされました。社会はこの変化に備える必要があります。

FN: ウクライナには AIの使用や管理に関する、時代に即した法律はありますか? 

AT: かなりの期間、ウクライナはAI規制を最小限に抑えた運営の最先端を走っていました。現在、このテーマにはますます注目と議論が集まっています。デジタル改革省は最近、AI規制のロードマップを発表しました。

とりわけ防衛技術の分野で、多くの新興技術がAIに大きく依存していることを考えると、我が国の規制の枠組みをEUおよび米国の枠組みに合わせる必要性が徐々に差し迫っています。これは漠然とした検討課題などではなく、ベンチャーキャピタルから投資を獲得するといったビジネスの基本的な事柄も、この整合性に左右されるかもしれません。

明らかなのは、過剰な規制でAIのイノベーションを抑制することなく、促進する方向へと導かなければならないということです。これがEU市場を特徴づけると主張する専門家もいます。シリコンバレーのスローガン「素早く行動し、破壊せよ」は、紛争時にはあらゆる混乱が生命を脅かす結果をもたらす可能性があり、私たちが置かれている状況下では危険すぎるかもしれません。一方で、中国とロシアの中央集権的なトップダウンのAI規制のリスクもわかっています。

ウクライナが今後進むべき道のかじ取りには課題があります。私たちはこれに立ち向かうでしょうか?立ち向かうと私は思います。なぜなら他に選択肢はないのですから。

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