【訳注:この記事の原文は2015年6月13日に掲載されました】
この記事は、当初エリザベス・ロイトが Ensia.com(国際的規模で展開されている環境問題解決策に焦点を当てた記事を扱う雑誌)に投稿したものである。記事共有の合意のもとにグローバルボイスに再掲する。また、この記事は非営利の調査報道機関Food & Environment Reporting Networkとの共作によるものである。
春も半ばだが、アメリカのデトロイト市近郊のポールタウンにあるキャロライン・リードレイのライジング・フェザント・ファームの畑はまだほとんど手付かずである。これからあふれんばかりに豊富な作物を生みだす気配すらない。リードレイが、この1/5エーカーの土地から作物を出荷するのは、まだ何カ月も先になる。しかし、この人当たりのいい若い農婦は、降りしきる雪もいとわず、冬からほとんど毎日働きずめだった。一日に2回、彼女は自宅脇の農園にある小さな温室まで雪をかき分けて行き、もやしやつまみ菜、マイクログリーン(訳注:ベビーリーフと新芽野菜の中間)を植えた100個ほどの鉢に向かって散水器を振るうのが日常の仕事だった。彼女は、このようにして生産したマイクログリーンを、年間を通して出荷し、市の東部にある市場や、料理に地元産野菜を添えたいレストランに納めている。
リードレイに代表されるような共同農園や収益型農園は、デトロイトで活況を呈している。2014年には約40万ポンド(18トン)、600人分をゆうに賄える量を生産している。その数は、市民農園や市場向け農園、家庭菜園や学校の農園など、合わせて1,300か所以上になる。
脱工業化社会のアメリカの各都市にある他の農園も同様に、生産量が豊富である。2008年には、フィラデルフィア市内にある226か所の市民農園および不法耕作地で、おおよそ200万ポンドの夏野菜とハーブが生産された。これは、490万ドルに相当する。ブルックリンにあり、全力を挙げて生産に励んでいる2.75エーカーのAdded-Value Farmからは、4万ポンドの果実と野菜が生産され、レッドフックの低所得者居住区に投入されている。ニュージャージー州カムデン市(人口8万人、大型スーパーマーケットが市内に一軒しかない極貧都市)内44か所の市民農園は、異常に雨が多く冷夏といわれたある夏の間にほぼ3万1,000ポンド(14トン)の野菜を生産した。これは、野菜の成長期の間に、508人に1日3食分の食糧を賄える量である。
カムデンやフィラデルフィアのような市民農園にしろ、リードレイらのような収益型農園にしろ、研究者がわざわざ手間をかけてちっぽけな都市農園の産出量を把握しているのは、国内各地で地元産食品運動が芽生え、地元産食品の愛用者が情報を欲しがっていることの証である。都市内で市場向け農園を営む若者が増えている。その結果、「地元産」野菜が、いまやウォルマートからホールフーズにいたるまで米国中のマーケットに溢れかえっている。また、世界中の150か国以上の国で、野菜の地産地消の動きが広がっている。
国際連合食糧農業機関(FAO)によると、全世界で8億人が、都市内で野菜や果物を栽培し、または家畜を飼育している。また、ワールドウォッチ研究所の報告によると、これら都市内の生産量は、驚くべきことに世界の食糧の15~20パーセントにあたる。発展途上国では、都市住民は食べるために農業に従事する。一方、米国では、都市内農業は、金もうけのためまたは主義主張に支えられて営まれることが多い。米国農務省は、都市内農家の人数は調査していないが、都市農業事業を支援するため、教育やインフラ整備の基金計画は実施している。そうした計画への需要の多さからみて、また、都市農業に関して特定の都市で実施された調査の結果からみても、都市農業が急成長していることは間違いない。こういった都市農業の趨勢はどちらの方向へどれだけ伸びていくのだろうか。都市内農家は、都市内の作物需要の何割を生産することができるのだろうか。その作物の価格はどれほどになるのだろうか。また、それを食する栄誉に浴するのは誰なのだろうか。さらにまた、都市内で営まれる農業は、ますます人口が増加している世界の中で、食の安全に対して有意義な貢献をすることができるのだろうか。
都市の優位性
都市内農家のだれもがそうであるように、リードレイも自分が生産する農産物の新鮮さを能弁に語る。米国大陸を半分以上も横断して持ってきた豆苗をサラダに添えるよりも3マイル(4.8キロメートル)先から持ってきたものを添えるほうが、おいしくて栄養価が高いのは当たり前ですと、彼女は言う。「私が取引しているこの町のレストランは、以前はノルウェーから新芽野菜を取り寄せていました」とも言う。新鮮な食物は棚に置いておいても冷蔵庫に入れておいても長持ちするし、廃棄物の削減にもつながる。
都市内で栽培され消費される作物は、他にも利点がある。農繁期には、近郊で採れた作物は遠方から仕入れたスーパーマーケットの商品よりも料金が安くなる。また、輸送機関が停止し、流通経路が遮断されてしまったような緊急時には、近郊で採れた野菜がその穴埋めをすることができる。大型ハリケーン・サンディや今冬の猛吹雪の後は「市内のどこのスーパーマーケットの商品棚を見ても、あるのはわが社の生産物だけだった」と、ニューヨーク市に本拠を置くゴッサム・グリーン社の共同創立者、ビラジ・プーリは言う。同社は2か所の屋内水耕栽培所で年間272トン(300米トン)を上回るハーブとマイクログリーンを生産している。またシカゴにも水耕栽培所の設置を計画している。
都市内農家は比較的規模が小さいが、驚くほどの量の作物を生産している。その生産量は、農村部で生産される量を越えることがしばしばある。このような事象が生ずる可能性としては2つの理由があげらられる。第一の理由は、都市内農業は昆虫による重大な被害を受けることがないこと、また、シカやウッドチャック(訳注:リス科の哺乳動物。マーモットの1種)による食害対策の必要がないことである。第2の理由は、都市内農業は、数時間もかからずに数分で畑を見回ることができること、そして問題を発見したときはその場で対処できること、さらに最盛期を見計らって収穫ができることである。また、都市農園では作物を密集して作付することができる。なぜならば、畑を手作業で耕し、土を肥やす作業を頻繁に行うことができるし、水やりや肥料散布をこまめにすることができるからである。
市民農園は社会事業としての性質上、財政的には一般の企業とは異なった形で運営されている。つまり、市民農園は、売り上げによって組織を維持する必要がないし、職員に賃金を支払う必要もない。
市民農園は、利益追求型農園や資本主義と強く結びついた屋上農園ほどマスコミに取り上げられることはないが、米国においては、都市農業の最も一般的な形態である。市民農園とは、公有地または私有地を区画ごとに個人または共同で使い、人々が集団で世話をしている農園である。こういった農園は、ゆうに1世紀以上前から、米国都市の特徴的存在となっている。そして、利益追求型農園に比して総計では、はるかに多くの作物を生産し、より多くの人に作物を提供している。市民農園は社会事業としての性質上、財政的には一般の企業とは異なった形で運営されている。つまり、市民農園は、売り上げによて組織を維持するといった必要がないし、職員に賃金を支払う必要もない。その代わりに、市民農園はボランティアや低賃金で働いてくれる若者に頼ることとなる。また、ごくわずかな賃貸料か場合によっては無料で農地を借りる。さらにまた、市民農園の社会的・環境的取り組みを支援しているような、政府の政策や基金から、外部支援を引き出す必要がある。市民農園の社会的・環境的取り組みとしては、職業訓練、衛生教育、栄養教育があげられよう。また、雨水を土中に浸透させることや、都市内のヒートアイランド現象を緩和させること、および生ごみを堆肥に変えることにより、地域の気候変動からの回復力を上昇させようとする取り組みもその一つといえるだろう。
「出資者は必ずしも市民農園を農園経営だけで成り立たせようと思っているわけではありません。こうした農園は、直売所で販売したりレストランへ納めたりして、収入源を増やすかもしれません。また、レストランその他の生ごみを出す業者から、堆肥にする生ごみを収集して手数料をもらうかもしれません」と、メルク・ファミリー・ファンド(都市農業事業に資金を供給しているファンド)のプログラムオフィサーであるルース・ゴールドマンは言う。「しかし、野菜栽培による利幅は非常に薄いし、また、地域教育や10歳代の若者のリーダー養成事業にも取り組んでいるので黒字経営は見込めそうもありません」ともいう。
エリザベス・ビー・エイヤーは、最近まで都市農園のための研修事業を行っていたが、ブルックリン近隣のレファーツ・ガーデン内にある彼女所有のユース・ファームで栽培しているビーツについて、数年前に詳細な調査を行った。すなわち、彼女はビーツの取り入れに要する手間の数を数えた。また、取り入れたビーツを洗ってから売りに出す準備を整えるまで何分かかるかを数えた。「小さなことが、農園を成功に導くこともあれば失敗に導くこともあります。現在、4つのビーツを一束にして2.50米ドルで販売しています。近隣の人は喜んでそれを買ってくれます。しかし、ビーツ1つ当たり12セントの損失を出しているのです」と、エイヤーは述べている。でも結局、彼女は値上げには踏み切らなかった。「値上げなどしたら、誰も買ってくれなかったでしょう」と、彼女は言う。その代わり、カラルーの栽培に賭けた。カラルーはカリブ産のハーブ野菜で、栽培にそれほど費用が掛からない。しかし、よく売れるので、ビーツで出る損失を穴埋めしてくれる。「皆さん、カラルーが好きです。そして、カラルーは雑草のようによく育ちます。手間がかからないので、仕事が楽です」と、彼女は言う。そして最後に次のように付け加えた。「我々は、非営利団体です。ですから、利益を出そうとは思っていません。」
持続可能性と復元力
エイヤーの特売品に不満を持つ者は、まれだろう。しかし、そのような特売は、都市内で利益追求型農業を営む者を追い落とすこととなり得る。こういった農家は、混雑した都市内市場で競合する農家と張り合い、また、カリフォルニアやメキシコからスーパーマーケットに持ち込まれた廉価作物と張り合おうと苦心しているのが現実である。ライジング・フェザント・ファームのリードレイはずっと以前に、露地もの野菜を売るだけではやっていけなくなるだろうと察知した。そのため、彼女はビニールで覆った温室と保温設備に投資をした。この温室で採れる発芽したばかりの芽やモヤシ、アマランサスやコールラビの葉は年間を通じて育つ。しかも成長が早い。夏季には1週間で採り入れができる。そして、1オンス当たり1ドルを優に超える価格で売ることができる。
リードレイは裏の畑に目を向けながら次のように語った。「あのような野菜は、直売所に置いておくと、見栄えが良いのです。だから育てているのです。私たちが育てる野菜のおかげで大勢のお客が集まってくるのです。それに、露地栽培が大好きなのです」。しかし、リードレイが米国内の圧倒的多数の農家と一線を画し、副業にも就かずに済んでいるのは、マイクログリーンのおかげである。
コロンビア特別区大学は米国内では数少ない、都市部にできた最初のランドグラント大学である。ミチェザユ・アクサムはこの大学の農学者で、都市農家の生産性を高める援助をしている。リードレイのように富裕層向けマーケットに販売している農家も、エイヤーのように貧困層向けマーケットに販売している農家も、同じように対象としている。アクサムは、都市環境に適合するよう改良された植物種の栽培を促進している(例えば、2本の実を付けるトウモロコシを改良して4本の実をつけるようにしたもの)。また、彼はバイオインテンシブ法(訳注:最小の畑で最大の収穫をしようとする方法)を推奨している。この農法は、苗を濃密に植えたり、間作したり、堆肥を使う、輪作する、収穫期延長法を使うといったやりかたである。収穫期延長法とは、例えば、冬季用ビニールハウスの中でケール、ホウレンソウ、ニンジンといった寒さに強い野菜を育てたり、コールドフレーム(箱の上部に透明のふたをかぶせ、日光は入るが極端な寒さや雨は防ぐようにしたもの)に苗を植えたりする方法である。
「土壌の健全性を改善する方法を学ぶ必要があります。また、十分な日光が当たるように適切に間隔をあけて植える方法を学ぶ必要があります」と、アクサムは言う。彼はコロンビア特別区にあるたくさんの共同農園を調査してきて、実際に育った作物の量があまりに少ないのに驚いている。「畑を有効に使っていないのです。90パーセント以上の土地では、積極的な栽培が行われていないのです。野菜を育てたいと思う人はいますが、それだけで終わってしまうのです。」
「バイオインテンシブ法は、栽培法としては定着したとはいえないかもしれません。 この方法は、教える人によってやり方が左右されてしまうのです。」と、ローラ・J・ローソンは語る。彼女は、ラトガース大学造園学教授で「都市の豊潤性、米国における市民農園の世紀」の著者である。ローソンは、フィラデルフィアのある農園の話が忘れられない。その農園を見に来た人が、善意で「トウモロコシを植えておられる場所は、光合成に最適とは言えませんね」と言ったところ、農婦たちはその人にこう答えた。「いつもあの場所に植えているんですよ。あそこならトウモロコシの陰で小用を足せるでしょ」
アクサムが専念しているのは、都市内の学校や病院、食料品店といった大口の買い手の需要を満たせるよう、地元産食品の生産を拡大したり取りまとめをすることだ。食糧政策評議会(地元産食品の生産体制を強化・支援するために草の根組織や地方自治体が設立した組織)の話では、都市部のフードシステムの持続可能性を高め、活気あるものにするには、近隣施設への販売がカギとなる。それが地元農家の生計手段につながることは言うまでもない。しかし、生産規模の拡大には、より多くの土地が必要になるという問題が常について回る。従ってそこを耕すための人件費ももっと必要になる。それだけでなく、地域の土地利用などの政策変更や、販売のための専門知識、効率的な流通網も必要になる。
「地元の多くの施設は、地元産の食糧を調達しようと考えています。しかし、地元の農家が生産する食糧の量は十分ではありません。大量販売するためには、食糧を集約してくれる収集役が必要なのです。」と、デトロイトの農業経営者ノア・リンクは語る。彼の経営する商業農園、 フード・フィールドには、苗木を植えたばかりの果樹園、広大な面積のレイズドベッド、長さ150フィートの2棟の気密性ビニールハウス(このうち1棟はナマズのうようよいる細長い水路を覆ったもの)や養鶏場、養蜂箱、それに、これらの施設全体に電気を供給できる太陽光発電施設がある。
マイクログリーンは多くの商業農家にとって秘密兵器となるが、リンクは栽培していない。彼の農園は市内の一区画全体を占めていて、収穫量の多さだけでも収支が合うからである。アニー・ノバクは、2009年にニューヨークで最初に営利目的の屋上農園を共同で開設したが、十分な広さの用地を確保できていない。彼女の畑はわずか5,800平方フィート(540平方メートル)の低段レイズドベッドだが、CSA(訳注:Community Supported Agriculture、地域に支えられた農業)の顧客を満足させるには、そこで栽培する作物の種類をどれだけ豊富にしてもしすぎることはないと、いち早く気づいた。「ですから私は州北部の農園と組んで、低段レイズドベッドを多様な作物でいっぱいにしたのです」と、言う。いま、ノバクは付加価値のある特定な作物を中心に栽培している。「私は、自分が育てたトウガラシの辛さで悲鳴を上げるほどのチリソースを作って、売り込んでいるのです」と、彼女は語る。彼女はまた、レストラン用にマイクログリーンを育て、さらにハチミツを集め、ハーブ野菜や花卉(き)も育てている。「それに、ムラサキニンジンやエアルーム・トマトなど話題性のある作物を育てています。こういった作物によって、我々は食糧、緑の空間および自然とのかかわりのありがたさを学ぶ機会に接することができるのです」とも語っている。
時には、戦略的に作物を選ぶだけでは十分でないこともある。ニューヨークの2つのビルの屋上にあり収益を目的とした農園、ブルックリン・グランジは年間、5万ポンド(2万3、000キログラム)以上のトマトやケールそれにレタス、ニンジン、大根、さらに豆類その他を生産している。また、CSAという仕組を通して売りさばいたり、直売所で売ったり、地元のレストランへ卸したりしている。しかし、収益をさらに上げるために、養蜂家のための夏季講習会(受講料850ドル)およびヨガ教室やヨガツアーを実施している。また、エデニック・ガーデンの用地を貸したりもしている。ここからは、マンハッタンの100万ドルのスカイラインを眺めることができるので、写真撮影、結婚式、個人的な夕食などのために借りる人がいる。
「都市部の農園は、農村部の小農園と似ています。両者は同種類の問題を抱えています。つまり、人々は食べ物にお金をかけたがらないし、人件費は高額です。ですからこういった農園経営者は高付加価値農産物の販売やアグリツーリズム(訳注:農山漁村地域において自然、文化、人々との交流を楽しむ滞在型の余暇活動)などにより収入を確保しなけらばならないのです」と、ニューヨーク大学でフードシステム(訳注:食料品の生産から流通・消費までの一連の領域・産業の相互関係を一つの体系として捉える概念)および食糧政策を研究する応用経済学者のキャロライン・ディミトリは語る。
管理された栽培法
30センチほどの汚れた雪が凍ってきらきらの層になるような、ひどく寒い3月の朝、シカゴの都市農園経営者の仲間たちが、ワイシャツ一枚に運動靴姿で農作業をしている。しかし、手が汚れていないのが目立つ。この農園には、どこを見ても金属や木材の残骸が堆積されていない。鶏がビニールハウスの中で土をついばんでいる姿を見ることはない。それどころか、この農園では土をまったく使っていない。隙間なく植えられたバジルやルッコラの葉は、バーコードの付いた容器内の生育培地の中で芽を出している。容器は12フィート(3.7メートル)に積み上げられた棚に置かれていて、日焼けマシーンのように紫や白の光線が当てられている。送風機がうなりを上げ、水がどくどくと流れ、コンピュータの画面がちらちらしている。
ファームドヒヤ社は、環境制御型農業(CEA)を経営している米国内最大の企業で、、シカゴの工業地区のはずれにある9万平方フィート(8,000平方メートル)の倉庫の中で年間おおよそ100万ポンド(500トン)のベビーリーフ、バジル、およびミントを産出している。多くの水耕栽培農法、あるいはアクアポニックス農法では、養魚池から引いた水が野菜に養分を供給し、野菜がその水を浄化し養魚池へ戻す方式が採られている。ファームドヒヤ農園も同様に、輝く照明光とステンレスの棚でいっぱいで、未来志向的な雰囲気である。ここで働く人たちは、ヘアネットをかぶりゴム手袋をはめている。この農園は、天候や昆虫の影響を受けることがないし、また人件費の影響さえも受けない。そのため、約50軒のホールフーズ・マーケットをはじめ、都市部のスーパーマーケットと結んだ契約を年間を通して急速かつ確実に履行している。
「注文に追い付いていけない状況です」と、ディスクジョッキーから転職した生産主任のニック・グリーンズは言う。
CEAは、露地栽培農業とは異なり農薬を必要としない。また、水路へ窒素を放出するようなことはしない。CEAで採用している循環型灌漑法の水の消費量は、従来型の方法の1/10である。従来型農業で育てる野菜は年に5種類程度であるのに対して、高密度法で育てる野菜は25種類である。その中で、CEAの生産量は同種の露地栽培野菜の生産量の10~20倍となっている。つまり、理論上は、森林や草原を耕作地にするのを免れさせているということになる。
CEAは、都市型農業の未来を示すものになり得るだろうか。CEAは、確かに小さな耕作地から多量の食糧を産出している。しかし、都市型農業(こういった農業は、農場の築造や維持に大きな資本を必要とする)は、そのスケールメリットを発揮できるようになるまでは、もっぱらマイクログリーン、冬トマト、ハーブなどの高付加価値野菜を中心に栽培する必要がある。
フードマイレージを削減することは、輸送関連費用の削減につながる。同時に、輸送、梱包、および保冷に関連した炭素の排出量の削減にもつながる。しかし、屋内で化石燃料を利用して加熱したり保冷したりしながら人工光源により栽培すると、上記の削減効果は相殺されてしまう可能性がある。コーネル大学生物環境工学科名誉教授のルイス・アルブライトは、数値を丹念に調べた。すると、閉鎖方式の農業は割高で、エネルギーの消耗が激しいことが分かった。さらに、ある程度の緯度では太陽光発電や風力発電ではやっていけそうもないことも分かった。アルブライトの報告によると、ニューヨーク州イサカ市で水耕栽培により1ポンドのレタスを育てると、地元の発電所で8ポンド(4キログラム)の二酸化炭素が生成される。1ポンドのトマトを育てる場合は、レタスの場合の2倍の二酸化炭素が生成されると推定される。人工光源を用いずに温室で同量のレタスを育てた場合は、二酸化炭素の排出量は2/3減少する。
食の安全性
世界最貧レベルの国々では、都市住民はこれまでも食べていくために耕作してきた。しかし現在、耕作する人は以前より増えている。例えば、サブサハラアフリカ地域では都市内人口の40パーセントが、農業に従事していると推定されている。昔からの住民も最近の移住者も、同じように耕作する。なぜなら、彼らは空腹だし、作物の育て方を知っている。それに送電線の下や高速道路沿いなど隙間の土地は地価が安く、有機性の廃棄物を肥料にするのは安上がりだからだ。もうひとつ、食用植物を育てる理由はその価格である。発展途上国の国民の総収入に対する食糧費の割合は、米国民に比べはるかに高い。また、輸送基盤や保冷設備の脆弱さゆえに、果物や野菜などの腐敗しやすい食物の値段は格別、高価になっている。これら高付加価値の食物を集中的に育てることで、都市内農民は自分の食べ物を確保するとともに収入の足しにもしている。
米国において、都市内農業が食の安全に対し影響力を最大に発揮できそうな場所には、南半球の発展途上国と似通った点がいくつかある。つまりそうした都市や近隣地区では、地価が安く、平均収入が低く、新鮮な作物に対する需要が高いのだ。デトロイトは、上記の条件にぴったりとあてはまる場所である。同市の人口は70万人をわずかに下回り、また市内には10万か所以上の空き地がある。これらの土地の多くは、同市が最近、財政破綻したおかげで冷蔵庫の値段よりも安く購入することができる。ミシガン州立大学持続的農業科教授、マイケル・ハムの試算によると、同市は、利用可能な空き地内でバイオインテンシブ農法を用いることで、現在市内で消費されている野菜の3/4および果物のほぼ半分を生産することが可能であったとされる。
米国の都市内農業が、都市近郊や農村部の野菜農業にとってかわると考えている人はいない。都市には、十分な栽培面積がないし熟練した農家がいない。大概の都市は、ほぼ年間を通じて収穫できるような作物を生産することができない。都市内農業は遠距離からの供給の流れに割って入ることができるだろうか。ニューヨーク大学のディミトリは、そうはできないと考えている。彼女の言うところによると、米国の食糧供給の大きさや、それが地球規模であることを考えると、米国各都市の都市内農業は、「遠距離からの供給に影響を与えないでしょう。そして、経済的観点から見ると完全に非効率です。都市内農家は、求められるだけの量を供給することはできません。また、都市内農業は、スケールメリットを利用し、資源をさらに有効に使うには規模が小さすぎます」。
市民農園の耕作者たちは利益は度外視しているが、近隣地域に何の変化ももたらさないというわけではない。カムデンで生産される3万1,000ポンド(14トン)の作物はさほど多量とは思えないかもしれない。しかし、それを運良く手に入れた人にとっては、大変大きな取引だ。「収入の非常に少ない人たちが住む貧しい地域では、こういった農園で育てられた数千ドルの野菜や果物は、裕福な家庭の人たちには考えられないほどの大きな変化をもたらす」と、ペンシルベニア大学都市及び地域計画科助教授、ドメニク・ビティエロは語る。
個人、政府機関及び慈善団体が支援する地域ガーデニングは定着していると、歴史は語る。こうした農園がどんどん生み出しているのは、結局のところ作物なのかもしれないし、それとも、作物はどこから来るのか、作物を生産するのに必要なもの、作物を料理して食べる方法、といった作物についての知識なのかもしれない。いずれにしろ市民農園は、集いの場および教室として、また人と自然をつなぐパイプ役として、なお大きな価値を持つことになる。都会の狭いスペースで果物や野菜を育てることが、経済的または食の安全上意味があるかどうかにかかわらず、都市内で作物を育てたい人は、その方法を見つけるだろう。ローラ・ローソンが言うように、「都市内農園は、地域はどうあるべきかという理想像の一部なのです。ですから、都市内農園は、千金の値打ちがあるのです」。