
北ジャカルタ・ムアラバルに住むフェリ・ヤディが、最近完成した岸壁の上に立つ。この岸壁は住民の生活を守るために作られたが期待通りに機能するかどうか、彼は疑問を持っている。「過去にもあったように、この護岸もいずれ壊れてしまうと思う」と、彼は言う。写真:ムハマド・ファドリ/GroundTruth
この記事はクリス・ベントレーが当初2016年9月16日に、 PRI.orgで公表したものである。記事共有の合意の下にここに再掲する。
ジャカルタの多くの住民がそうであるように、デディ・セティアワンも市内13河川のうちのある川沿いにできたカンプンと呼ばれる集落に住んでいる。この地域一帯の未舗装道路は、屋台でスナック菓子を売る人や、携帯電話クレジットを売る人たちでごった返している。住民は竹製の粗末な家や煉瓦造りの小さな家の間に洗濯物をつりさげて干している。街を縱橫に流れる河川には、両岸に渡したロープに沿って木製の舟が係留されている。
ジャカルタの河川沿いでの生活は解決すべき課題が多い。同市は、世界の主要都市域の中でも最悪の洪水被害に見舞われている。その理由の一つは、市内13河川がモンスーンによる降雨で増水し、その結果人口密集地帯で氾濫をおこし、一帯がみるみるうちに海面下に飲み込まれてしまうからである。
2013年には洪水が押し寄せ、セティアワンは大慌てで自宅の二階に避難した。そして洪水が引くまで、他の場所で起こっていることについて誰とも連絡を取り合うことができなかった。
「あの当時は、コミュニケーション手段がなかった」と、彼は言う。
しかし、ソーシャルメディアの発達により状況は一変した。
「互いに連絡を取り合う際には、今は主にワッツアップとFacebookグループを使っています」と、彼は言う。
言葉は有機的に広がっていく。上流に住む人は自分の街の洪水の様子を画像にして友達にメールすることができる。そのため、下流に住む友人は洪水に備えることができる。
インターネットを利用するほうが、当局の発表を待っているよりも早く洪水情報を得ることができる。その上、インターネットで得られる情報は、現場にいる人から送られたものだからより信頼性が高いと人々は言う。
セティアワンより上流に住むファジャール・イナヤティの言うところによると、最近の洪水の際には、彼女の友人は政府が情報を発信する前に情報を共有していたし、更には、地元メディアがそれをニュースとして取り扱う前にさえ既に写真を共有していた。

乾季の干潮時でさえ、海水がジャカルタのムアラアンケ地区の街路に溢れ出ている。住民の多くは、近くのジャカルタ湾で漁業を営む漁民である。写真:ムハマド・ファドリ/GroundTruth
「私たちがいた場所には、洪水は到達しませんでしたが、友達が洪水情報を共有してくれました。」とイナヤティはいう。「彼らは洪水の現場にいたのです。だからその情報は、事実に基つ゛くもので信頼性が高いと確信しています。」
彼女と隣人たちはソーシャルメディアの情報で洪水に気づき、海水の浸水を食い止めるために土嚢の準備を始めた。
もちろん、ソーシャルメディアの情報はときには信頼できないものもある。風評はいち早く広まる。そして正しい情報も、自然災害の混乱の中に埋没してしまうこともある。
より早く、信頼性の高い情報が必要である
そこで、PetaJakartaの登場となるわけである。つまり、PetaJakartaは、リアルタイムでオープンソースのインターネット上のジャカルタ市街地図を利用することができる。また、洪水に関するツイートを自動的にフィルターに掛け精度を上げる。そうすることで、ジャカルタ市の公式情報との間のギャップを埋める機能を持っている。
誰かが「バンジル」(インドネシア語で洪水のこと)とツイートし@PetaJktとタグ付けをすると、PetaJakartaは自動的に反応し、そのツイートが正しいかどうかをジオタグ付きの写真で検証するようユーザー側に発信する。つぎに、PetaJakartaは、ユーザー側から集まったすべての情報をジャカルタ市が提供する公式データと結びつける。そうすることで、分刻みの洪水情報地図をインターネット上に展開すことができるようになる。結果として、この地図情報は、他のソーシャルメディア情報より信頼性の高いものとなる。
「4人が同一現場をそれぞれ異なったアングルで撮影していれば、他の者は現場の状況を脚色することはまず不可能だ」と、エティエンヌ・ターピンは言う。カナダ生まれの彼は、マサチューセッツ工科大学都市災害リスク研究所の設計及び科学研究員である。そして、共同研究者のトマス・ホルダネスとともに2014年にPetaJakartaを立ち上げた人物である。現在二人は、主に、ジャカルタ市グントゥール地区の事務所から集まった地元の人たち8人で運営を行っている。
ホルダネスとターピンは、減災復興を研究している。それ故に、彼らはジャカルタに惹きつけられたのである。ターピンは、インドネシアが「生きた災害研究室」と呼ばれているのを以前聞いたことがあると言う。そして、ジャカルタが「いわばその研究室の中心である」と彼は言う。

チリウン川(ジャカルタ市内を流れる13河川の一つ)沿いのスラム街。河岸に集積したゴミが、モンスーン期間中の高水位を示す。写真:ムハマド・ファドリ/GroundTruth
ある推計によると、ジャカルタは世界で最もツイッターの回数が多い都市でもある。つまり、ターピンに言わせるとジャカルタはデータの金脈であり、いわば「人間検知器」といった機能が充満している。だから、災害を追跡したりリアルタイムの情報を入念に調べたりするのに適した都市なのである。
ジャカルタの洪水情報について、リアルタイム洪水地図と従来型の6時間毎に更新されるPDF形式の地図を比べてみよう。
「仕事を早退し子供を学校に迎えに行くべきか、あるいは、年老いた両親の様子を見に行くべきかといった判断を迫られたとき、6時間毎に更新される地図情報では確信を持った決断が出来ません」と、ターピンは言う。
情報のリアルタイム化は、災害管理の民主化につながると彼は言う。
「判断材料の提供が行政の手にのみに委ねられていたら、情報伝達が滞る可能性があります。しかし、リアルタイムの情報を集め、それを誰もが利用できるように共有化すれば、3100万の人が自らの手で、『こちらの方向へ行くべきだ』とか『あのあたりは避けるべきだ』といったことを判断できるようになるのです」
PetaJakartaのスピードと正確さ故に、政府職員でさえ PetaJakartaに乗り換えた者もいる。 PetaJakartaがインターネットで使えるようになるとすぐに、ジャカルタ知事はツイッターのフォロアーに、 PetaJakartaを使って洪水についてツイートするよう促した。
アント・スギアントは、ジャカルタ市北部洪水常襲地帯のアンチョールで働く市職員であるが、 PetaJakartaは、洪水対応時に重要な役割を果たす道具となっていると語る。
4月の洪水の際に市の職員たちは、主要道路から洪水を排水するためにポンプの適切な配置場所を決めたり、車の中にドライバーが閉じ込められないようにするために閉鎖する道路を決めたりしなければならなかった。その際、スギアントはPetaJakartaの情報を用いて、市職員が適切な判断を下せるよう手助けをしたと、言う。また、スギアントたちは作業中にも自分たちが写したジオタグ付きの写真をPetaJakartaに配信することを怠らなかった。
Petajakartaにより、ジャカルタ市の洪水対応方法はトップダウン型から市当局と住民との協力型に変わリ始めたと、スギアントは言う。
「住民に情報を与えることができるのは、市当局だけではないのです」と、スギアントは言う。「市職員は住民から情報を得ているのです。持ちつ持たれつです。」
他所の手本
さらにPetaJakartaは、インドネシア以外でも認知されるようになっている。米国連邦通信委員会と国際赤十字赤新月社連盟は、災害に対する地域の取組事例として PetaJakartaを取り挙げている。

北ジャカルタの航空写真 市北部のほぼ全域が海面下に没している。写真:ムハマド・ファドリ/GroundTruth
もちろん、どんなに優れたオンラインマッピングであっても、デディ・セティワンやファジャール・イナヤティなどのジャカルタ住民を悩ます洪水を実際に防止する手助けをすることはできないだろう。洪水の防止には、新しい都市計画概念の導入や全面的に舗装をされた地形をいくらかでも修復しようとする緑化基盤整備への投資といった雨水管理システムの全面な見直しが必要になるだろう。
地球温暖化に伴う海面の上昇は、新たに常態化することとなろう。そういったことに適合しようと懸命に努力をしているジャカルタ市などにとって、PetaJakartaなどのオンラインツールは、市民が避けることのできない現実と向き合い、よりよい生活を営むための手助けになるに違いない。また、このツールを利用することにより互いの絆が強まるに違いない。
Living with Rising Seasで全シリーズを視聴できる。