ブルガリアの伝統料理を訪ねて 第1回:野生のハーブ編

(原文掲載日:2022年6月28日)

ルキエ・イジロバさんと彼女の作った「バクラバ」。バクラバは、何層にも重ねた生地を焼いて作る甘いお菓子。写真は本人の許可を得て使用。

この記事は、デシスラバ・ディミトロバとネベナ・ボリソバによる全3回シリーズの第1回。ブルガリアの異なる地域に暮らす3名の女性起業家たちは、各々どのようにして伝統料理を復活させたのか。またその活動が、今や世界規模となっているスローフード運動の後押しを得て、いかにして観光客を増やし、過疎化に立ち向かったのかを伝える。

ブルガリアの食文化は、伝統とレシピの宝庫である。いわゆる手間暇のかかる郷土料理(と呼ぶのは、何と言っても手作りであり、その土地の文化が詰まっているからである)は数多くあり、地域ごとに異なる。その多様な料理は、文化と歴史の結晶であるにもかかわらず、地元の人々にさえ徐々に忘れられつつある。工場生産された食品が流入することにより生活様式が一変し、かつての生活の記憶が風化しつつあることが原因だ。ただ、ここ数十年にわたるブルガリアの村落における過疎化も大きな要因である。

イアボルニッツァ村アンティモボ村プレブン村の位置を示したブルガリア地図。出典:Wikipedia(CC BY-SA 3.0)

だが、地元の伝統料理を復活させることにより、その流れを食い止めようとする人々がいる。そんな3名に話を聞くことができた。彼女たちの住んでいる場所は遠く離れているが、抱いている思いは同じだ。その地域の住人として、地元の伝統を守るのが自分たちの使命だという思いだ。

また、彼女たちは皆、世界的なNGO(非政府組織)である「スローフード」の支援を受けている。スローフードは、1986年にイタリアのカルロ・ペトリーニ氏によって設立された団体である。この団体の目的は、彼女たちのような人材を発掘し、市場への参入を支援することだ。また、地元だけでなく世界的にも知名度を高める手助けもする。

イアボルニッツァ村の魅力的な料理とハーブ

「もう料理は終わったので、お話しできますよ」と言ったのはルキエ・イジロバさんだ。そして、地元の料理について話し始めた。イアボルニッツァ村はブルガリアの南西部にあり、ルキエさんはそこでゲストハウスとレストランを経営しているのだが、訪れる観光客や一般客にも地元の料理をふるまっているのだという。

村の名前は、「プラタナスの木」を意味する「イアボル」に由来する(ブルガリア語でこの言葉は通常カエデの木を指すのだが、この場合は異なる)。樹齢が数百年の木がこの地には多く自生する。イアボルニッツァ村の選挙人名簿には、800名が登録されている。ブルガリアの村としては少なくない人数だが、全員がそこに定住しているわけではない。

ルキエさんは、「ポマク」と呼ばれるブルガリア語を母語とするイスラム教徒である。イアボルニッツァ村では唯一のポマク人だ。この村は夫の生まれ故郷だが、ルキエさんは1972年に移り住んできて教師の仕事をしていた。村人たちには、優しく受け入れてもらっていると感じている。ただ、常に周囲との違いを感じてきた。ポマク人が歩んできた道は、他のイスラム教徒やキリスト教徒とは歴史的に異なるからである。ルキエさんは1996年に退職し、ゲストハウスを開いた。それが評判となり、村にはそのゲストハウスを目当てに観光客が訪れるようになった。

村はベラシツァ山脈の麓にあり、ハーブやスパイスがふんだんに採れる。伝統を大切にしているルキエさんは、野生のハーブを使って料理をすることをこよなく愛する。現代人の舌に合うようにレシピを「現代風」にアレンジすることもある。さらに、自分で作った料理を広めるために『ウインター・ベラシツァ』という地元のイベントを毎年主催している。そのイベントでは、25種類以上のご当地レシピが参加者に披露される。

ルキエ・イジロバさんが作ったおかゆ。写真は本人の許可を得て使用。

ルキエさんは、春の間に採った「野草」の一部を乾燥保存や冷凍保存して、冬の間も使えるようにしている。ネトルギシギシ、この辺りの山にしか自生しないワイルドガーリックの一種もそうして保存しておくのだ。

「春になると、山からいろいろな野草を採って来て、おかゆを作るんです。リンデンタイムセイヨウオトギリなどをハーブティーにすることもあります。そのハーブは全部、この辺りでよく採れるんです」とルキエさんは語る。そうしたハーブや伝統料理の知識は、村の年配者たちに聞いて得たものだ。その知識を今度は、意欲的な次世代の2人に伝えている。ルキエさんの娘とまだ幼い孫娘だ。

„Когато дойдох в селото, се чудех какво все берат хората по ливадите, как сладко мирише, особено дивият чесън. В менюто ползваме билки, характерни за района. Много хубава салата например става от тученицата – към свежите листа добавяме лимон, зехтинче, скилидка чесън, две лъжички майонеза и кисело мляко. Тази салата е прекрасна!“

この村に来てみて、村人たちが山から採ってくる野草の種類の多さに戸惑いました。こんなにもいろいろな香りがあるんだとびっくりしたんです。ワイルドガーリックのにおいは特に強烈でした。お店で出すメニューには、ここでしか採れないハーブを使っています。例えば、スベリヒユはとても美味しいサラダになるんですよ。摘みたての肉厚の葉にレモン汁とひまわり油をかけて、ニンニク一片を加え、マヨネーズを小さじ2杯、あとヨーグルトを少し加えるんです。出来上がったサラダは絶品ですよ。

他にもルキエさんは、パイなどの焼き菓子、ジャム、バルカン半島の伝統的野菜ペーストである「リュテニッツァ」など保存がきくものに加工し、食材が無駄にならないようにしている。また、自身の経営するレストランでは、自家栽培した野菜しか使用しない。さらに、炭酸飲料は買わずにモモやタンポポ、セイヨウニワトコでジュースを作るなどしている。

自らの境遇について問われたルキエさんはこう答えた。「これまでの道のりは、いばらだらけでした。でも、それでよかったと思っています。だって、そのおかげでこうしてやりたいことができているんですから」

 

この記事は、自分たちの伝統文化を取り戻すため、ブルガリアの伝統料理を復活させようとしている人々について書いた全3回シリーズである。過疎化の進む地域で活躍する女性起業家を一人ずつ紹介する。本シリーズは以下の3記事で構成されている。
第1回:イアボルニッツァ村の「野生のハーブ編」
第2回:プレブン村の「祖母の味『タルハナ』編」
第3回:アンティモボ村の「忘れられたおばあちゃんの味編」

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