(原文掲載日は2019年2月6日です)
この記事は、中欧・東欧諸国を扱う地域ウェブマガジンであるブルーリンク(BlueLink)に掲載された記事(原題:A ‘coal curtain’ is the new Iron Curtain、著者: )に基づくものです。グローバル・ボイスとのコンテンツ共有合意により再掲載しています。
欧州連合(EU)が2050年までにクライメート・ニュートラルを実現するためには、発電業界と連携し脱石炭を進めることが必要だ。だが、かつての鉄のカーテンとほぼ同じ位置に存在する「石炭のカーテン」は、いまだに東西を分断しているようだ。東側諸国の大半が、石炭使用の段階的廃止に対し消極的な姿勢、あるいは反対を表明している。
2018年12月にポーランドのカトヴィツェで開催されたCOP24では、石炭業界で働く人々の権利に焦点を当てた議題が注目された。市民団体の代表者たちは、気候変動および大気汚染の緩和が始まるまでに残された時間はほとんどないとして、警鐘を鳴らした。
気候行動の先駆け
COP24開催のわずか数日前、EUは長期戦略を発表し、2050年までに世界に先駆けて大規模な「クライメート・ニュートラル」経済を実現するとした。クライメート・ニュートラルとは国内の温室効果ガスの排出量を、植樹による新しい森林の育成や二酸化炭素を地中深くに貯留する二酸化炭素回収技術などによって相殺しようというものである。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の最新の報告書では、今世紀末の時点で地球温暖化を1.5度未満に抑えるためには、排出実質ゼロを地球規模で達成することが鍵だと警告している。
市民社会団体の同盟である欧州ビヨンド・コール(石炭の先へ)(Europe Beyond Coal)によれば、3年前に採択された国連の気候変動に関する合意(パリ協定)を順守するためには、ヨーロッパおよび経済協力開発機構(OECD)の国々は、2030年(あるいは、国によってはそれ以前)までに石炭火力発電を廃止する必要がある。これについては脱石炭同盟(Powering Past Coal Alliance)に署名した各国の政府も同様の認識である。脱石炭同盟とは、石炭火力発電の段階的廃止に取り組む各国政府、企業、各種団体といった多種多様な組織が集結したもので、ヨーロッパでは英国、フランス、イタリア、オランダ、ポルトガル、オーストリア、スカンジナビア諸国などが既に宣言へ署名している一方、中央・東ヨーロッパ地域からはいずれの国も加盟していない。
古くて新しい分断
西ヨーロッパ諸国が石炭使用量を減らしているにもかかわらず、旧ソ連圏諸国の動きは逆行している。EU加盟国のうち最も石炭に依存するのが、ポーランド、ブルガリア、チェコだ。ポーランドではエネルギー源の約8割が石炭であり、同国エネルギー省は、電力部門や国内経済全体へ悪影響を及ぼしかねないとして、EUの温室効果ガス排出量削減に反対を示した。ポーランド国内では、老朽化した石炭火力発電所が大気汚染規制の要件を満たせないという課題を抱える中、新たに5基の建設が進行している。
エネルギーの46パーセントを石炭に依存しているブルガリアでは、気候・エネルギーに関する長期戦略がいまだに策定されておらず、また国連サミットにおけるEUの目標に反対を示している。2018年11月、首都ソフィアで数百名が抗議を行い、石炭業界の縮小に反対した。世界自然保護基金ブルガリア(WWFブルガリア)で気候・エネルギー専門長官を務めるゲオルギー・ステファノフは、エネルギー業界の近代化および移行準備をめぐる話し合いを開始すべき時期が来ていると考えている。ステファノフ長官は、最近「ブルガリアは石炭が永久に使用できると思っていることから、米国や他の国々よりも石炭への依存度が高い」ようだ、と発言した。
同じく、チェコ、ルーマニア、スロバキア、ハンガリーでも老朽化した発電所が引き起こす深刻な汚染への対策が課題となっているが、これらの国々の一部はクリーンなエネルギー源に移行する必要性を認識している。
ルーマニアでは鉱業部門が経済的プレッシャーを受ける中、同国エネルギー相は2040年までに石炭依存からの脱却の道を模索しなければならないと、初めて公式に言及した。
石炭火力発電の発電能力が比較的限定されているスロバキアでは、2023年を目途とする段階的廃止について、2017年から議論を開始しているものの、欧州ビヨンド・コールによれば(訳注:2020年2月現在リンク切れ)、いまだ国家政策としての明言はされていない。
エネルギーの19パーセントを石炭に依存するハンガリーも同様に、国の主要な二酸化炭素を排出する発電所の褐炭燃焼ユニットの2030年までの閉鎖を検討している。ヴィシュグラード・グループ(ハンガリー・ポーランド・チェコ・スロバキア)が足並みを揃えて、石炭価格上昇が見込まれる対策に抵抗を示す中、ハンガリーは驚くほどの意欲的進展を見せている。ハンガリーの気候政策担当副長官(deputy secretary of state for climate)のバーバラ・ボトスの説明によると、同国の動きは、EUのカーボンプライス(炭素価格)の上昇と、マトラ発電所で低炭素プロジェクトが既に構想中である事実が後押しとなっているという。
公正な移行とは、誰にとっての「公正」?
石炭使用の段階的廃止に関する議論は非常に難しいものだ。とりわけ、石炭火力発電に強く依存する国や、人口の大部分が炭鉱や火力発電所で働いている地域(他に雇用はない場合も多い)では難しい。
かつて1990年代に東欧で起きたような移行によるショックを避けるため、石炭からの転換に当たっては入念に準備をし、「誰も置き去りにしない方法で」舵取りがされねばならない。バンクウォッチ・ネットワークの文書によれば、「公正な移行(Just Transition)」の活動は、早期計画、公平な参画、明確な判断、適切な資金調達、適切な技能再教育、そしてクオリティ・オブ・ライフの向上を、全て統合するものだという。移行過程においては、労働者、地元当局、企業、市民団体、労働組合、教育機関、その他当事者など、影響を受ける全ての人々が対話および決定プロセスに関わるべきである。
公平な参画を保証するという理念は、かつてポーランドの鉱業拠点であったカトヴィツェが2018年のCOP開催地に選ばれた理由のひとつだ。COP24のミハウ・クリティカ議長は、「移行の影響を最も受ける人々を、会話に招き入れるべきです」と述べた。議長国としてポーランドは「公正な移行」という政治宣言を整え、クリーン経済を創るにあたって石炭業界で働く人々を置き去りにはしないと約束した。だが、シビル・ソサエティからは疑問の声が上がった。公正とは誰にとってのものか?石炭火力発電による大気汚染で苦しんでいる人々はどうなるのか?「公正な移行」とは、気候変動緩和の実際の行動をただ遅らせるためのものなのか?
汚れたエネルギー、汚れた空気
世界保健機関(WHO)によれば、EU内で最も大気汚染が深刻な50都市のうち、33都市がポーランド国内にある。多くの場合、住人は濃いスモッグに悩まされている。気候行動ネットワーク・ヨーロッパのジョアンナ・フリソスカは、ポーランドの現実に照らして「公正な移行」を論じる。「労働者という観点から公正な移行を検討することは間違いなく重要です。しかし、石炭による健康被害を受けている人々の視点も、検討する必要があります」と彼女は主張する。
欧州気候基金のメンバーでブルガリアのジュリアン・ポポフ元環境大臣は、西ヨーロッパと他のヨーロッパ地域との分断は大気質の面でも見受けられる、とツイッターで発言した。欧州環境庁の大気質に関するデータからは、東ヨーロッパおよびバルカン諸国に住む人々は、より高濃度の大気粒子状物質に晒されていることが分かる。この微小粒子(いわゆるPM10やPM2.5)は、呼吸器疾患や心血管の疾患を引き起こし、若年死と関連があるとされている。大気粒子状物質の主な発生源としては、石炭や木材の燃焼、ディーゼルエンジンの不完全燃焼で生じる煤(すす)、廃棄物焼却である。
石炭依存からの脱却は、温室効果ガスの排出を削減する手段として最も費用対効果が高いもののひとつだ。そればかりでなく、大気質、健康、エネルギー安全保障という意味でも、大きな恩恵をもたらす。既に、EUにおける脱石炭戦略や、旧石炭火力発電地域における再活性化計画の提案がなされている。
「ブルガリアの主要な石炭火力発電地域は、国際貿易ルートの戦略上、非常に好立地にあります。これらの地域は複数のヨーロッパ回廊内にあり、温泉地に近く、経済の多様化が大きく見込める大都市にも近い。孤立した地域ではないのです」と、ブルガリア・グリーンムーブメント党の共同党首を務めるボリスラフ・サンドフは言う。
さらに、サンドラは「経済的および社会的な選択肢は他にも多くあります。それによって、単なる失業や人々の移住ではなく経済成長と国民の繁栄をもたらすような、公正な移行が実現できるのです」とも述べた。
COPにおいて「公正な移行」を論ずる市民の代表者たちは、これは良き統治の問題であり、人々への教育および周知の問題であると合意した。
(訳注:鉄のカーテン(てつのカーテン、英: Iron Curtain)は、冷戦時代のヨーロッパにおいて東西両陣営の緊張状態を表すために用いられた比喩である。https://ja.wikipedia.org/wiki/鉄のカーテン より引用)