Mitsuo Sugano

遠き昔にビルマ語を専攻
好きな本
「モモ」、「はてしない物語」
牛島信明訳「ドンキホーテ」
「パパラギ」
どの本もすばらしい翻訳です

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最新の記事 Mitsuo Sugano

人生は覚えた言語の数だけ並存する。だからいま136歳

言語とは自分が選んで生きていく世界のこと。そこで住人になることは、その言語の担い手のなる事でもある。

リバイバルはメキシコ的に!ロシアの大衆版画芸術

忘れられたロシア大衆版画をメキシコ流に再現しようとする版画家、アレハンドロ・バレートとの対話

カルタヘナのドアノッカーは覚えている。屋敷の過去も、町の歴史も

「百年の孤独」なんて何のその。ひとりぼっちで何百年も、屋敷と一族の盛衰を見守り続けるコロンビア、カルタヘナのドアノッカー。

パラグアイ出身の芸術家エンリケ・コジャールとの対話

同郷出身者との交わりに安らぎを覚え、幼い頃離れた故郷への想いを絵画で探し始めるエンリケ青年。ブエノスアイレスで働きながら、美術学校教授の絵画に対する厳しい姿勢に学んだ青年は、美術の新境地を求めて厳しい旅を続けている。

ラテンアメリカのクリスマス動画は涙と笑いがいっぱい

ユーモアいっぱい、動画で楽しむラテンアメリカのクリスマス!

英語を捨ててスペイン語へ。コスタリカ移民のわが家族と言葉(下)

後半ではカリブ・アフリカ系移民の子孫であるという自覚と、自分自身が話しているスペイン語は支配者の言葉であり、差別と支配の道具であったという事実に反目しながらも、著者がスペイン語を自分自身の言葉として獲得して行くまでが語られている。

英語を捨ててスペイン語へ。コスタリカ移民のわが家族と言葉 (上)

シャーリー・キャンベルの両親は、子供らにもう英語で話しかけないことにした。子供らがこの国で、少しでも生きやすくなればとの思いからだったのだろう。

1982年、ソビエト連邦市民、西側代表・インターネットと邂逅(かいこう)する

1982年偶然な出来事からソビエト連邦初のインターネット利用者となったある科学者の話。ユーチューブもフェイスブックもWebサイトさえまだ無かったが、そこで得られた感動や連帯はインターネットの開拓者たちにとっては今と同じだ。

「何度倒れても、立ち上がる限り負けてはいない」ドン・ペペ名言集

元ゲリラのにして謙虚、マリファナの販売を合法化。名演説で世界の注目を集めるが、率直すぎる発言で困ったことに。ドン・ぺぺことウルグアイの前大統領ホセ・ムヒカの名言を紹介します。

ミャンマー:村民が、村民のために考え描く、村民の未来図、ビレッジブック

「私たちが村で本当に必要としているのは何?水?それとも電気?どのように実現するの?」絵地図を作りながら自分たちで考える村の未来図、ビレッジブックを紹介します。